第3話 片目のドラゴンと

「おいおい、君、それは私の尻尾だよ」


 マリが一休みしようと座った岩はドラゴンの尻尾だった。


「ごめんなさい。岩だと思ったの」

「そうか。どう見ても岩ではないと思うが……君の眼は私の眼よりも悪いんだな」


 そう言って笑うドラゴンは片目が潰れていた。

 マリはお詫びに、と近くの森で拾った木の実を差し出す。


「いらんいらん。私はね、モノを食べないんだ。歳を取ったドラゴンは何も食べなくても平気なのさ」

「……本当に? だって、あなたやせ細ってるように見えるけど」

「ああ、やせ細っていき、最後は霧となるのがドラゴンなんだよ」

「それって……」


 平気なんじゃなくて、死ぬってことじゃないの? と言いかけたが、マリは言葉を飲み込んだ。

 仮にそうだとしても、マリには何もできないから。


「今、私が死んじゃうので可哀想だ、なんて考えになってないかい?」

「しっかりすっかりそんな考えになってるわ」

「そうか。じゃあ、その勘違いはしっかりすっかり取り除かないとなあ」


 ドラゴンは、わははと笑いながら語り出す。


「そもそも、死ぬのが可哀想、辛い、なんて思うのは私からすれば全く理解できないね。なんせ、我々ドラゴンは、気が遠くなるほどに長い年月を生きるもんでね。こう言ったらなんだけど、もうとっくの昔、何千年も前には早く霧になりたいって思ってたのさ」

「なるほど。じゃあ、長生きしすぎてもう飽き飽きってこと?」

「飽き飽きなんてもんじゃないさ。飽きすぎて、片目も潰れた」

「え!? その目は、生きるのに飽きて潰れたの!?」


 ドラゴンはまた、わははと笑う。


「端的に言えば間違ってない。何をするにも飽きすぎて、ちょいと無茶をしてみたら潰れただけの話だよ。まあ、潰れたことがなかったから、潰れた時は嬉しかったねえ」

「目が潰れて嬉しいのなら、確かに死んだら最高に嬉しいのかも」

「こうやって、君と話しているのも嬉しいよ」

「そうなの? 友達はいないの?」

「いないし、普通はドラゴンを恐れて誰も近づかないよ」


 マリは、そういえばここに来る途中にボロボロの看板に何かが書かれているのを発見していた。恐らくドラゴン注意とでも書かれていたのだろう。日本で、熊注意の看板があったのを思い出す。


「君は……この世界の住人じゃないのか」

「わかるの?」

「わかるさ。最後に出会ったのは、何百年ぶりだがね。何人もいたよ」

「そっか。その人たちは、元の世界に戻ったの?」

「さあねえ。悠々自適に冒険者になったとか、急いで帰りたいとか、色々いたけど、どうなったのかはわからないなあ。君はどうしたいんだい?」

「私は……」


 言ってマリは言葉に詰まる。自分は日本に、元居た世界に戻りたいのだろうか。


「まあいいさ。せっかく出会ったんだ。これを持っていきなさい」


 片目のドラゴンがゴソゴソと小さな水晶玉を取り出す。


「水晶玉?」

「お守り代わりだよ」


 そう言うと、水晶玉がキラキラと光り、可愛いネックレスへと変化する


「嬉しい。ネックレスとかプレゼントされたの初めて」

「そうかい。きっと役にたつ……といいなあ」

「ありがとう!」


 片目のドラゴンに別れを告げて、マリは次の村を目指す。

 ふと、自分がお婆さんになって死ぬよりも、ドラゴンが霧になるのは遥か先なんじゃないか。なんて考えながら。




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