2-6
明け方まで寝室で過ごし、それぞれ味見程度の睡眠をとった。
朝日が差し込むとともに部屋を出て、リビングへ向かう。ドア越しに中を見ても煙草が飛んでいる様子は窺えなかった。
リビングの壁には黒いすす汚れが点々としていた。床にも灰が落ちている。昨夜そのままにしていた空き缶やスナック菓子の袋も散らばり、食べ残しが床に散乱してもいる。
僕はソファの下を確認した。吸い殻が二本転がっていた。
「これ、行田が昨日持ってきた煙草だ」
吸い殻に書かれた銘柄を見ると、ひとつがオレンジ、もうひとつがフランス製の煙草だった。
行田はローテーブルの上に置いていたフランス製の煙草を開けた。
「一本減ってる……」
僕はオレンジを確認した。箱は空になっていた。
「オレンジに限らず、あの店の煙草が全部、殺人煙草だったってことか?」
行田が言いながら、フランス製の煙草を床にぶちまけ、一本一本念入りに踏み潰した。
「オレンジはもう、空だろ?」
「ああ、これはもう空だ」
「そっちのカートンは?」
「これはイギリス土産で貰ったものだから、問題ないはず」
僕は胸につかえがあるような気持ち悪さを感じ、気を紛らわせようとテレビをつけた。
早朝のニュース番組が映し出される。
八幡山でまた、殺人事件が起きたようだ。
例の連続殺人と同じ手口で、真夜中ひとり暮らしの一室で、男性が複数箇所、鋭利な凶器で体中を突き刺され殺されたらしい。
被害者は世田谷区八幡山に住む五十代の男性。嫌煙家として知られ、単独で煙草抗議デモ活動を行っていたとのこと。近隣住民から騒音苦情が相次ぎ、昨夕、交番の巡査二名が男性の自宅アパートを訪れたところ、血だらけで倒れているのを発見された。
被害者男性の顔写真が画面に表示される。
ひとりデモ男だった。
『現場には複数の煙草の吸い殻が落ちており、警察は今月起きた二件の殺人事件と同一人物の犯行とみて、捜査を続けています』
僕らは顔を見合わせた。
ひとりデモ男は、あの店で購入したオレンジを僕から強奪している。
「これって、あれだよな?」
行田が、ローテーブルの上の吸い殻を指さしながら言う。僕は頷いた。
店主が言っていた「スマートなやり方」。これがそれなのだろう。
「一昨日、俺、ひとりであの店に行ったんだよ」
「ああ、それでおまえが買ったオレンジを、デモ男に奪われたんだろ」
「そう。そのときに、店に入ったとき、店主は店の奥にいたんだ。レジ台の奥のドアは閉まってたんだけど、声が聞こえてきたんだよ。呪文みたいな不気味な声」
行田が片眉を上げる。
「呪文って……あいつが煙草に呪いでもかけてたってのか?」
「いや、そこまではわからない……。でも、あの店主が今回の事件に大きく関わっているのは間違いないだろう」
行田が頭を抱え、忌々しそうに首を横に振る。
「とにかく、おまえはもうこの事件には関わらねぇほうがいい。これは刑事事件だ。遊びでどうこうできる話じゃねぇ」
「でも一応、被害者男性の家で見つかった煙草が、あの店で購入されたものだと警察に言っておかないと」
「やめとけ。そんなことしたら、買った煙草を奪われたことまで説明しなくちゃいけなくなる。殺される前に被害者と一悶着があったなんて知られたら、それだけでおまえも重要参考人だ」
「でも、あの店との関わりを伝えないことには」
「ううん。確かにな。……まぁ、煙草を奪われただけで、事件現場に証拠が残ってるわけじゃねぇしな。痛くもねぇ腹を探られる前に、情報提供しておくほうが得策か……」
行田は財布とスマホをポケットに入れた。前髪をたくし上げ、歩き出す。
「じゃあ、ちょっと署へ行こう。警官の俺と一緒のほうが妙な嫌疑をかけらずに済むだろ」
「そうだな、行こう」
僕らは警察署へ向かった。
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