ナンバー8
「えっと、今日は家には帰らないんだよね?」
すっかり日も落ちて暗くなった帰り道。ちょっと戸惑いながら訪ねたミリアに、アイラはけだるそうに答える。
「そうだ。こっちにうちのメンバーが用意したセーフハウスがある。アンタの荷物ももう運ばれてるよ」
どうやら駅に向かって歩いているようだ。セーフハウスとやらは駅の東側にあるらしい。こっちは高級住宅地なんだけどな・・・、ミリアはちょっとためらいながらもアイラについていく。駅前の商店街を進む2人は、なんともなしに雑談を交わしながら、まだ見ぬセーフハウスに向かって足を進めた。
駅から15分ほど歩いた時だった。車のエンジン音が鋭く響く。何事かと振り返るミリアに1台の乗用車が2人めがけて突っ込んでくるのが見えた
「くっ、いきなりかよ!」
アイラはとっさにミリアをつかんで道のわきに飛び込んだ。間一髪、2人は車を避けることに成功したが、急ブレーキをかけた車から3人の男が出てきたのを見て緊張を深くする。
真ん中に立つ男は、銀髪に染めた髪をオールバックにまとめていた。
「やあお嬢さん方、うちの若いもんが世話になったようだね」
「っお前! 組織の人間だな!」
アイラはオールバックの男を睨みつける。こんな街中で襲ってくるとは正気とは思えない。だが男は余裕の表情を浮かべながら話しを続けた。
「大人しくついてきてくれれば悪いようにはしない。抵抗するなら組織の魔法使いの恐ろしさを実感することになるよ」
気軽に話しかけてくる男のニヤつく顔を見て、ミリアは頭に血が上るのを実感する。
「ふざけないで! だれがあんたについていくか!」
気づいたらそう叫んでいた。アイラは隣でにやりと笑う。
「そういうこった。悪いが話は署で聞かせてもらおうか」
そう宣言するアイラに、男はまるで小さな子供に言い聞かせるかのように話しかける。
「うちの魔法使いを倒して粋がっているようだが、あれはただの下っ端さ。俺は組織から8のナンバーをもらった魔法使いだ。まぁ相手が悪かったとあきらめてくれ」
男は自信に満ちた表情で宣戦布告してきた。
「こんなに派手にやってうまくいくと思うのか? すぐに警察がくるぜ」
アイラは挑発するかのように吐き捨てる。おそらく通行人がもう警察に通報しているだろう。ミリアもそのことを疑わなかった。だが男は余裕の表情を崩さない。
「なあに、騒動はここだけで起こってるわけじゃない。それに、増援は私が始末すればいい話だ。こうやってな」
そう言うと同時に、ナンバー8は2人に向かって手をかざした。
とっさにミリアを突き飛ばして右に避けるアイラ。2人のいた場所を高速で何かが通り過ぎた。
「くっ、風の、衝撃の魔法か!」
アイラはそう吐き捨てると、上着から銃を取り出し、素早く発砲した。しかし銃弾はナンバー8の周りに現れた結界にたやすく弾かれる。
「これ便利だよね。魔力を操る技術があれば簡単に結界を作ることができる。組織が作った新型だよ。君程度の魔力じゃあこの障壁は崩せない。ちょっと痛い目を見てもらうけど仕方ないよね」
ナンバー8はサディスティックに笑う。先ほどの銃声で、あたりの通行人は逃げ出している。増援もほどなく駆けつけるだろう。だが、この魔法使いをどうやって倒せばいいのか、アイラは考える。
ミリアは驚いていた。即座に発砲したアイラの行動力もさることながら、結界を使ってあっさりと銃弾を防いだナンバー8の様子に、危機感を強める。
ナンバー8が再び手を翳す。アイラは素早く横に躱し、ミリアは駐車してあった車の陰に素早く身を隠す。アイラは隙を見て銃弾を撃ち込むが。あっさりと結界に阻まれた。そんな時、成人式のあの日からミリアを悩ませるあの幼い声が聞こえてきた。
「フッフッフ、どうやら出番モグね」
あのぬいぐるみはにやにや笑いながらミリアにあの魔銃を手渡す。「これであいつの結界を壊すモグよ」ぬいぐるみは自信満々でそう答える。
「アンタ…また急に出てきて!」
「おい、ミリア」
アイラの声に、見られた!と身を固くするミリア。しかし、ぬいぐるみの声はアイラに届いていない様子だった。
「急に独り言言いやがって。あの結界がある限りあいつを倒すのは難しい。あたしが引き付けている間に逃げるんだ」
そう話して横目にミリアを見てぎょっとする。ミリアの手には魔銃が握られている。
「その銃、どっから出したんだ?」
驚くアイラだが、ミリアは頭に血が上っていた。急に魔法の訓練をやらされて、家にも帰れず、白昼堂々と魔法使いが襲ってくる。わけのわからない状況に、ミリアは我慢の限界だった。
「この…いい加減にしなさい!!」
ミリアは八つ当たりするかのように、ナンバー8に向けて銃弾を放つ。ナンバー8は防ごうとするが、ガラスの割れる音がして結界が砕かれたことがわかる。
ナンバー8が驚いた表情を見せるが、すぐに不気味な笑顔を浮かべる。
「すばらしい。これが魔女の力か!」
障壁が壊されたはずなのに、嬉しそうな声を上げるナンバー8。そのとき、増援に来た3名の警官がナンバー8たちに銃を突きつけた。
「動くな! 両手を床に着けて跪け」
ナンバー8は手を挙げてゆっくりと振り返る。その表情は笑顔だ。そして不意に腕を振り下ろした。警官は反射的に銃を撃つが、ナンバー8の腕から放たれた衝撃で銃弾はあっさりと防がれた。そして手刀を3人の警官一人ひとりに振り下ろす。
ナンバー8と警官の間は3メートルは離れていただろうに、3人の警官はナンバー8が振るった手刀にあっという間に斬られて血を流す。あたりには倒れた警官と警官が持っていた銃だけが残った。
「正面からの攻撃は結界装置なしでも防げるか」
つぶやくアイラ。ミリアは銃口をナンバー8に向ける。銃に膨大な量の魔力が集まっていることにアイラは気づく。
「おい! そんなに魔力を籠めなくても」
アイラがミリアを咎めるが、ミリアは怒り心頭と言った様子でナンバー8を睨んでいる。
「おいおい、こんなところで暴走するんじゃねー!」
アイラはミリアを止めようとするが、組織の2人がナイフを手に駆け寄ったのを見て、そちらに向き直る。そして、襲い掛かってきた一人目を蹴り飛ばし、2人目と睨み合った。
「暴走するんじゃねえぞ」
アイラは戦闘員をけん制しながらミリアを窘めるが、ミリアの怒りは収まらない。拳銃に込めた魔力を、弾丸とともに放った。
魔力の弾丸は、ナンバー8の障壁を容易く破壊して、その胸に直撃する。ナンバー8は胸を押さえてのけぞるが、銃弾によってけがをした様子はない。ナンバー8は笑って衝撃を放とうとするが、手に風を作ろうとして失敗する。
「ばかな!? 風が集まらない・・・?」
戸惑うナンバー8だが、次の瞬間、アイラの蹴りが鳩尾に直撃し、痛みに息を吐く。戦闘員を見ると、一人は同じようにアイラの蹴りを食らってのたうち回り、もう一人は魔法の手に首を絞められて動けない様子だった。
「悪いが、もう終わりだ」
アイラはそう言うと、ナンバー8の顎を蹴り飛ばした。そして次々と戦闘員に襲い掛かってその意識を奪っていった。
「こ、殺したの?」
ミリアは恐る恐るアイラに声をかける。いきなり襲ってきた相手とはいえ、ミリアには相手の命まで奪う覚悟はない。アイラは緊張を解いて肩をすくめてみせた。
「気絶しただけさ。こいつらには聞きたいことがあるからな」
そんな話をしている間に警官の増援が集まり、男たちの逮捕と怪我人の救助を行った。また取り調べが始まるのか――自分も事情を聴かれるだろうとげんなりとしたミリアだったが、警官たちはアイラに敬礼するとすぐに去っていく。
「こう見えて、こういった場じゃ、そこそこ権力があるのさ」
アイラは皮肉気な表情を浮かべながら言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます