霊地にて1
展望台の最上階には、地脈から魔力が大量に上り、赤堤市全体に降り注いでいるのが分かった。ナンバー2はそれを見てほくそ笑む。ここに洗脳の魔法を流せば、市内全体を掌握することができるのだ。
ゴウトや漆原兄妹の勝敗に興味はなかった。ここで魔法を発現させさえすれば、勝利は「暁の空」のものなのだから。
ナンバー2はタワーに近づこうとする。しかしその時、1発の空砲が響いた。
「おとなしく、そのぬいぐるみを渡せ」
ヒョーゴが銃口をナンバー2に向ける。その隣にはミリアとレオがナンバー2を厳しい表情で睨んでいる。だが、3人を前にしてもナンバー2は余裕の表情だ。
「7番目の魔女、鐘ヶ淵ミリアか。でももう遅い。私がこの場所に来るまでに決着をつけるべきだったな」
「動くんじゃねえよ」
ヒョーゴは発砲するが、ナンバー2は結界装置を作動させて銃弾を防ぐ。
「そんな結界、私に通用すると思わないで!」
ミリアは魔力を込めて銃を放つ。ガラスの割れる音がして、ナンバー2の結界は破壊される。しかし、ナンバー2は余裕の表情を崩さない。
レオがナンバー2に突撃するが、ナンバー2自身が放った水の衝撃に吹き飛ばされる。そして、カバンからぼろぼろになったぬいぐるみと水晶を取り出す。
「これを手に入れてから今日まで様々な実験を行ってきた。私の洗脳の力なら、こいつから魔力を引き出すことができる。一歩、おそかったな」
そう言って魔力を練り込む。魔法を発動されたら終わりだ――ヒョーゴは発砲するが、ナンバー2は魔法で障壁を作って銃弾を防ぐ。
「この程度の銃撃なら、結界装置がなくても十分防げる。さあ、始めようか」
モググから魔力が水晶に流れ、その流れをナンバー2は展望台に向かって放つ。魔力がこの町全体に流れ込もうとするのが分かった。
「さあ、8番目の魔女の使い魔よ! 洗脳の力を広げてしまえ!」
ナンバー2が叫ぶと、水晶から青い光の線が伸びていく。モググの魔力が洗脳の力に塗り替えられていく。
その時、ミリアが勢いよく床に手をついた。
「今!!」
ミリアの声に反応して、展望デッキの床に複雑な模様の魔法陣が浮かぶ。
「なんだと!?」
ナンバー2は思わず叫ぶ。
ミリアは魔力を魔法陣に込める。すると魔法陣は光り輝いてその場にいる2人を飲み込んだ。
「ツグミは返してもらうよ!」
モググが光を放ち、あたりに溶け込んでいく。ミリアの声を聞き届けたように、世界は白い光で包まれた。
気が付くと、ミリアは家の前の道路を歩いていた。小さいころからツグミと2人、この道を通って学校に向かったものだ。そしてミリアは道沿いにある公園に入っていった。
ベンチに人影があった。ツグミ! やっと見つけた! ミリアは近づく。だが振り向いたのは50代くらいのやせて背の高い女性だった。
「こんにちは。6番目の魔女さん」
声を掛けられてミリアは戸惑う。
「え・・・、あなた誰? それに6番目って?」
ミリアが驚いてつぶやくと、女性はたおやかに微笑んで、ミリアに答えを返す。「間違いなく、あなたは6番目の魔女ですよ」と。
「世間ではこの街に7人の魔女がいたとされるけど、それは間違い。私は、5番目の魔女は、魔女じゃなかったから。治癒の力を持つ魔法使いは、魔女のなりそこないなのよ」
ミリアは戸惑う。治癒の魔女が魔女じゃないって? 自分が7番目の魔女ではなかったのか。
戸惑うミリアを見て、女性は笑う。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。私は黒岩セイカ。短い間だけどよろしくね」
丁寧に挨拶されて戸惑うミリア。
「あの、私ツグミを探しに来たんですけど」
思い切って尋ねるミリアだが、セイカさんは気にせず言葉を続ける。
「そもそも魔女ってどうやって作られるか、ミリアさんはご存じ?」
「いや、しらないし。私はツグミの居場所を聞いているんだけど」
堂々と質問を無視したセイカに驚きながらミリアは反論する。しかし、セイカはマイペースを崩さない。
「最初の魔女・・・豊饒の魔女は地脈の流れを操り、この赤堤の町の隅々まで大地の魔力が行き渡るようにした。その結果、大地の魔力が他の場所の何倍も溜まっていく地点が生まれたの。この公園のようにね。その場所は霊地と呼ばれているわ」
ミリアは思わず公園を見渡す。小さいころ、この公園でツグミと毎日のように遊んでいたが、ここは霊地だったのか。
「人の記憶や魔力は魂に宿るとされているわ。そして、人が死ぬと魂は地脈に帰る。霊地で長い時間を過ごすことは、その分だけ過去の人間の記憶に触れるということなの」
ミリアの意志とは関係なくしゃべり続けるセイカ。次第にミリアもその話に引き込まれていった。セイカのようなタイプは自分が話したいことを話し終えるまで止まらない。ミリアは覚悟を決めた。
「じゃあ私たちが魔女の力に覚醒したのは」
「一つ、小さいころに長時間霊地で過ごしたこと。そしてもう一つ、あなたたち2人が過剰魔力保持者だったということよ」
過剰魔力保持者? 自分たちが? ミリアは戸惑う。しかしノルンのように魔力に悩まされた記憶はなかった。
「過剰魔力保持者は本能的に魔力を制御する術を追い求めることがある。そんな過剰魔力保持者が地脈に長時間触れるとどうなるか――、過去の人間の記憶から魔力を制御する術を無意識で読み取るのよ。そうして過剰な魔力を克服した者は、自分の中の可能性を開放することがある。それが魔女が作られる要因なのよ」
「6歳ごろから10歳くらいまでの期間に霊地で過ごすと覚醒するみたいね」とセイカさんは言う。その期間は、この公園でツグミと遊んだ記憶と一致する。そうして遊んでいた期間に、魔女としての基礎が育まれていったのか。
「地脈から制御方法を学んだとしてもすぐに魔力に目覚めるとは限らない。きっかけは人それぞれよ。あなたの場合は自分と友人の危機が、ツグミさんの場合はあなたの危機が引き金になったのね」
ミリアは思わず自分の手のひらを見つめる。
「じゃあ魔女じゃないセイカさんはどんな存在なんです? どうしてここにいるんです?」
「魔法は一般的に自分の魔力を使って力を発現することを言うわ。でも力の使い方はもう一つあって、地脈から力をくみ取って奇跡を起こすことができるの。でも地脈に流れる魔力は便利なだけじゃない。反対に地脈に牽きづり込まれてしまうこともあるのよ」
「ああ。この人、人の話聞かない人だった」
ミリアは思わず天を仰ぐ。しかし、今の話はツグミの置かれている状況を説明するものだった。
「地脈の近くで魔力を限界以上に使おうとすると、地脈に取り込まれてしまう。私や、ツグミさんのようにね。取り込まれたら人の記憶からも消えてしまう。不思議なことに、写真の情報なんかも消えてしまうの。もちろん、この街で撮ったものだけだけどね」
携帯の待ち受けにしていたツグミとの写真はいつの間にか消えていた。あれは、そういうことなのか。
「でもね、地脈の傍で送還の魔法を使うと、消えた人を元に戻すことができるの。媒介になる人やモノが必要だし、大量の魔力も必要ね。あと、時間制限もある。記憶が消えてから1ヵ月が月が限界よ。ツグミさんを助けたかったら、この機会を逃してはいけないわ」
ツグミを取り戻す方法はあるのだ! ミリアの顔に喜色が浮かぶ。
「本当ですか!?」
「ええ、実は私がそうなの。娘を助けるために魔法を使いすぎて、消えてしまった。娘は記憶の穴から私のことを推論した。あきらめずに地脈の前で送還の魔法を使って私を引き戻してくれたの。他の魔術師の助力は借りたし、本人もかなりの魔力を使ったようだけどね」
ミリアは希望を取り戻す。
「でも、娘さんはよく送還の魔法陣と魔力を用意できましたね。力のある魔法使いが5人くらい必要だったって聞きましたけど?」
「実は私、魔力はそれほどではなかったけど治癒の魔法の開発者をしてて、それなりの地位があったの。そして娘は魔法陣を長く研究していたわ。私を戻す魔法を発現させようとしたのは、私を助けるよりも、半分実験の意味があったと思うわ」
さすが娘よね~、とセイカさん。会話が成立したかと思ったらなんかずれたことを言い出した。
「さて、この場所はあなたとツグミさんの記憶から再現された場所よ。ここから彼女を探して連れ戻すことができれば、ツグミさんを取り戻すことができるわ。ツグミさんを見つけたらここに来なさい。でも気を付けて。アナタと一緒にここに来た魔法使いがいる。彼は味方ではないんでしょう?」。
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