展望台での戦い2

「はあああああ!」

 テツヤがモニカに突撃する。土の鎧は彼の体を隙間なく守っている。だが、投げ飛ばせば問題ないはずだ。

「さっさと魔法を掛けろ!」

 テツヤが叫ぶと、妹のナツメがテツヤとモニカに向かって火の玉を放つ。モニカは素早く避ける。火球の追撃を放つナツメだが、モニカは少年を盾にするように移動する。同士討ちを狙ったのだ。

 火球がテツヤに直撃する。しかし、テツヤが纏う土の鎧がその炎を吸収する。

「なっ!」

 モニカは驚きの声を上げる。炎はテツヤを守るかのように土の鎧に纏わりついている。鎧の中の彼にダメージはない。そして鎧が燃え上がっている状態では、彼を掴んで投げ飛ばすことはできない。

 火喰い鳥、そう呼ばれる魔術師がいることをノルンは知っていた。自分の天敵と言える能力だからだ。火喰い鳥は、炎の魔術を吸収する能力のことを指す。どんなに強力な魔術でも、炎の要素が少しでも混じっていたら、そこからその魔術を吸収・使用することができるのだ。彼の場合は、炎を吸収する土の鎧をまとうことができる、といったところか。

 ノルンは炎の魔術以外は使えない。魔術のコントロールが不得手で制御が苦手なノルンは、アイラとは反対に魔力の形を変化させることはできず、身体強化も最低限しかできない。

「マタイの7には穴がる。アナタのことね」

 ナツメは見下したような目でノルンを見つめる。

「だまれ!」

 ノルンは悔し気な表情で炎の玉を撃つ。しかし、少女は素早く少年の陰に隠れる。炎はあっさりと土の鎧に吸収される。それならばと、モニカは少女を狙おうとするが、少年が少女の盾になるように動き、近づくことができない。2人のコンビネーションは付け入るスキがなかった。

 モニカはテツヤを攻めあぐねる。炎の鎧にさえぎられて、投げ技を放つことができない。相性は最悪と言えた。

「ふふふ、ナンバー5を倒した三枝モニカが手も足も出ないなんて。組織にアピールする絶好の機会じゃないか」

「ええ。この女は子供をかばいながら戦っているわ。この機会にさっさと仕留めてしまいましょう」

 ノルンは歯を食いしばる。自分がモニカの足を引っ張っているという現実が悔しく涙があふれそうになる。だが、泣いても事態は変わらない。

「君は魔術の制御ができないんだろう? 聞いたよ、君の過去を。君の家族も不幸だよね。気に入らないことがあるとすぐになんでも燃やしてしまう、君のようなイカれた子供がいるなんてね」

 少年の言葉に、ノルンは顔を青くする。ノルンは5歳のころに魔力に目覚めた。膨大な魔力があったが全く制御できず、しかも感情的になると魔力が炎となって発現した。生家が火事になりそうになったことも一度ではない。両親は次第にノルンから離れ、2つ下の弟ばかりかわいがるようになった。

 孤独なノルンをあわれに思ったのか、ノルンのうわさを聞いた尾藤教授が仲介人となり、魔力対策7課に預けられるようになった。暗く無表情だったノルンだが、スクワーレやモニカ達に出会ったことで少しずつ人間らしさを取り戻していったのだ。

「思えば君もかわいそうだよね。過剰魔力保持者として身の丈に合わない魔力を持ってしまった結果、家族にも捨てられるなんて」

「だまれ」

 その言葉を聞いて、ノルンに怒りの炎が上がる。自分はかわいそうではない。少なくともおいしい料理を作ってくれる間々田さんがいて、いつもかまってくれるモニカがいる。アイラは口うるさいけど対等に接してくれるし、なにより自分を信じて仕事を任せてくれるスクワーレがいる。自分をかわいそうというのは、彼らを侮辱することと同じことだと、ノルンは怒りに我を忘れそうになる。

「お前なんかに何が分かる」

 憤るノルン。モニカも怒り心頭の表情だ。

「うちのノルンに言いたいこと言ってくれますわね。後悔させて差し上げますわ」

 モニカは少年に蹴りを放つ。蹴りは少年の顔に直撃するが、炎の鎧に阻まれ、ダメージを与えることができない。そしてナツメが巻き添えを気にせず放った炎をよけきれず、後ろに吹き飛ばされる。倒れることはなかったものの、モニカの服は煤焦げていた。

 ノルンは観察する。あの鎧は効果がどれだけ広かろうが炎を吸収できる。面の攻撃にはめっぽう強い特性があるのだろう。だから重要になるのは点の力・・・・密度だ。ノルンは集中する。相手は鎧に自信があるのだろう。魔法を避けるそぶりはなく、もう一人の少女の盾になっている。魔法を当てるのは難しくない。

 ノルンは両手を前に突き出し、魔力を籠める。炎を広範囲に展開するのではなく、一点に集中する。炎の魔法を圧縮してレーザーのように放てば、あの魔法をうち破ることができるはずだ。

 余裕の笑みを浮かべていた少年だが、ノルンが込めた魔力の濃密さに顔を引きつらせる。

「馬鹿な・・・・、どれだけの魔力を詰め込んでいるんだ・・・!」

「アレを撃たせるわけには!」

 少女が炎弾をノルンに放つ。しかしその炎はノルンが作り出した火の玉にあっさり吸収されて消えていく。

「バカな! おい! あのガキだけを狙うんだ!」

「やってるわ! でも私の炎は勝手にあの子の炎に吸い込まれるのよ!」

「私だってミリアを見ていた。魔力を集中する方法だって勉強してるんだ!」

 ノルンは思い出す。魔力対策7課のメンバーだけでなく、炎もいつも自分を守ってくれた。家族を傷つけたのも先にノルンを傷つけたからだ。炎は自分の味方だ。炎を扱うことにかけて、自分より優れた魔術師はいない――ノルンは確信する。そして、圧縮された濃密な炎をナンバー8に放った。

 炎は少年に向かって猛スピードで進んでいく。膨大な魔力が込められた炎はナンバー8の鎧をえぐり取っていく。次の瞬間、土と炎の鎧は崩れ落ちていった。

「ばかな!?」

 少年は驚愕する。強力な炎は、反らすのが精いっぱいだった。焦りを感じたが、それでも冷静に、再度土の鎧を作ろうと魔力を集める。しかし、いつの間にか近づいてきたモニカに手を掴まれる。

「あら、そんなに慌ててつれないですわね」

 ニヤリと笑うモニカ。そんな彼女に慌てて少女が炎を放とうとするが、モニカは鎧のない少年を少女に向かって突き飛ばした。攻撃をためらったスキに、モニカは少年にタックルを仕掛ける。モニカの諸手狩りを食らい、テツヤは後頭部を打ち付ける。

「っ!!!!」

 テツヤは後頭部の痛みに悶える。モニカは素早く立ち上がるとその胸に掌底を放つ。テツヤは息を吐き、意識が刈り取られた。

 盾になってくれたテツヤが倒されたことでナツメに焦りが見られた。モニカをおびえた顔で見つめるが、次の瞬間、ノルンから放たれた炎が直撃して吹き飛び、柱に体を打ち付ける。ノルンはナツメに近づくと、手錠を掛けて拘束する。

「ノルン、見事でしたわ」

 モニカに褒められると、茫然として自分の手のひらを見つめるノルン。

「うん。ミリアやモニカに手伝ってもらったけど、私にもできたよ」

 失敗してばかりだけど、いつも助けてもらってるけど、自分の力で難敵を倒すことができた。ノルンは、そんな自分を少しだけ認めることができそうだった。

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