皆藤ツグミの回顧録4
「ヒョーゴ君、ミリアが…、ミリアが!」
「落ち着け! レオも来ている。俺たちは安全な場所へ!」
ヒョーゴ君はそう言うと、私にヘルメットを渡し、バイクの後部座席に乗せる。そのわきを一台のバイクが通り過ぎた。ミリアの恋人、レオ君だ。ヒョーゴ君は片手をあげて彼に合図を送ると、バイクを出発させた。
「どこに向かってるの?」
「この先に尾藤教授の別荘がある。そこに一時かくまってもらおう」
そこなら安全で、ツグミをしばらくかくまうことができる――私を安心させるように、そう話すヒューゴ君。私はその背中にしがみつくことしかできなかった。
「皆藤君、大変だったね」
尾藤教授はコーヒーの入ったカップを渡しながら言う。「地域歴史探索部」から赤堤大学に進学した学生の多くが、彼のゼミに所属する流れができている。
「さっきレオ君から連絡があった。ミリア君は残念ながら攫われてしまったらしい」
「そんな! 私をかばったせいで・・・」
私は肩を落とした。私をかばわなければ、ミリアは無事に逃げ切れたかもしれない。ネット小説とは展開が違いすぎて、過去の知識は役に立ちそうにない。どうすればいいんだろう――この先のことを考えると震えてくる。そんな私に尾藤教授は話しかける。
「ツグミ君とミリア君は魔女として覚醒した可能性が高い。組織はずっと魔女の力を狙っていた。ミリア君を手に入れた今、何か良からぬことを考えているはずだ。情報は私の方でも探ってみるが・・・、待つしかないな」
私だけが無事に逃げられてしまった。これからどうすればいいのだろう。
「ツグミ君には支給魔力の使い方を覚えてもらう。それに、今まで学んでいた魔法陣や魔法道具の知識が生かせるはずだ。君や、ミリア君が使う道具なんかも用意しておいた方がいい。同じ時代に魔女が2人いたことはない。魔女の力を使いこなせれば、ミリア君を助けることができるかもしれない」
尾藤教授の言葉に、私は決意する。魔法を使えるようになって、ミリアを助けるんだ!
尾藤教授の別荘にかくまわれて1週間目のことだった。部屋で休んでいた私のもとに、あの和紙が再び届いた。そこには、日時と場所とともに、次の一文が書かれていた。
「7番目の魔女へ この街を救う最後のチャンス。すかいらいんたわーの展望台に上りなさい。アナタの親友を助ける機会があるから」
尾藤教授の別荘には、私とヒョーゴ君、そしてレオ君が集まっている。
「この和紙によると、ミリアはスカイラインタワーの展望台に連れていかれているらしい。おそらくこの和紙は3番目の魔女の予言だ。これまで3番目の魔女の予言は、赤堤市を襲った様々な災害を回避するのに役立ってきた。この予言を信じてみる価値はある。俺とヒョーゴでミリアを奪還する。ツグミはここで待っていてくれ」
レオ君は言うが、私は首を横に振る。
「いえ、予言の紙は私に展望台に来るように言っているわ。私が行かないと、ミリアを助けられないんじゃないかと思う。お願い、私も行かせて!」
私は2人に懇願した。
「ツグミ、俺はお前に感謝してるんだ。お前が母さんの病気を指摘してくれたおかげで、大事になる前に母さんは手術して元気になることができた。あのままだと、きっと俺たち家族はどうしようもないことになっていたと思う。お前は恩人だ。そんな恩人を危険な目にあわせることはできない」
「お前に何かあったらミリアに合わせる顔がないしな」と苦笑しながらレオ君は言う。でも――。
「私にだって、すこしだけど時間を操る魔法がある。あいつらが何を計画しているのかは分からないけど、私の魔法があれば計画を防げるかもしれない。お願い! 一緒に行かせて」
私を援護してくれたのは尾藤教授だった。
「組織は大規模な魔術を展開しようとしているみたいだ。鐘ヶ淵君も組織に洗脳されている可能性がある。もしそうなら、鐘ヶ淵君を止められるのは同じ魔女の皆藤君しかいない」
ヒョーゴくんは頭を掻き毟る。
「くそっ・・・・、分かった。でも俺たちから絶対に離れるなよ」
仕方なしに言うヒョーゴ君。レオ君は黙って私に頭を下げた。私は不安を抑えられずに尾藤教授に尋ねた。
「ミリアは無事なんでしょうか」
「魔力に影響がないように、鐘ヶ淵君はおそらく五体満足でいるだろう。少なくともスカイラインタワーで何かさせるまでは無事でいるはずさ」
尾藤教授は断言すると、次のように言葉をつないだ。
「スカイラインタワーには魔女の館と同じように、地脈が走っている。あそこの地脈は魔女の館と違い、世界各地への出発点になるよう設計されているんだ。あそこで魔女の力を発現させたら、この町全体、もしかしたら全世界に魔法をかけることもできるかもしれない。でもそのためには、彼女をあの場所に連れていく必要があるんだ。救出のチャンスだ。皆藤君の力を借りることになると思うが・・・」
ヒョーゴ君はそれでも優しく私に言ってくれら
「ツグミ、怖いなあ無理することはないんだぞ。俺たちが何とかするから」
「ううん、ミリを助けるためだもん。私頑張るよ」
私は決意を込めて言う。尾藤教授の指導の下、あれから毎日みっちり訓練してきた。おかげで魔力の使い方と私の特性について理解することができたと思う。
武器も調達した。私とミリアに1丁ずつの拳銃だ。特にミリアは範囲内の人すべてに魔力を放出していたので、銃に魔力を籠めることで、銃弾が当たった相手だけに術が作動するようにした。これも、魔女の力を鍛える過程で作られたものだ。
魔力の使い方も勉強した。戦うための武器も作った。あとは、戦うだけだ。
「行こう、スカイラインタワーに!」
私がそう決断すると、ヒューゴ君とレオ君は力強く頷いた。
私たちはエレベーターで展望台に上ると、組織とミリアを待ち伏せした。私の特性は時間。訓練した私なら、相手の時を停止することは難しくないはずだ。
エレベーターで展望デッキに、後ろ手に縛られたミリアと、3人の男が展望台の前に立っていた。
「ミリア!」
私が叫ぶと、ミリアは身をよじる。何かしゃべろうとするが、猿轡をされていて話せない。隣の男は愉快そうに顔を緩めて、ミリアの猿轡を離した。
「ツグミ! 逃げて!」
こんな時まで私をかばおうとするミリアに、申し訳ない気持ちになる。そんな私たちを嘲笑するかのように、男は銃をミリアの頭に突き付けた。
「これはこれは。予備の魔女を連れて来てくれるとは気が利いていますね」
白衣の男が言う。男は語りだす。
「この町は狂っていると思いませんか? 魔女のおかげでこの国有数の都市に発展したのに、その功績を忘れんばかりになっている。だから魔女の力を使って夢を見せて、本来のように我々を崇拝させてあげようというのだ」
白衣の男は笑いながら叫ぶ。
「私たちを利用しようとしてるくせに! あなたが魔女の何が分かるのよ!」
「わかるさ! 私の叔母は魔女だったんだからな!」
私は驚く。
「叔母の力が夢とわかると、政府側の連中は洗脳に使えるのではと白眼視してきた。あまつさえ、魔法対策課からの刺客に狙われたことも一度ではない。それでも叔母は、自分の力をこの町の人々のために使おうとした。だがこの町の連中は叔母に何をしたと思う? 政府との軋轢を恐れて叔母を差し出したのさ!」
白衣の男は叫ぶ。その目には狂気が浮かんでいた。
「だからって、ミリアやツグミを利用していいと思ってるのか?」
ヒョーゴ君が反論する。
「おっと動くなよ。スペアがいるんだからこいつの価値はそう高くないんだ」
そう言ってミリアの頭に突き付けた銃を見せる。私は一瞬で魔力をあたりに展開させる。「時」の力を使い、その場にいる全員の動きを停止させようと試みる。
「な、なんだと」
白衣の男は動きを止める。だが、ミリアには魔力が届かず、彼女は拘束を振り切ってこちらに駆け込んできた。
「ミリア!」
私は迷わず彼女を抱きとめる。
「ツグミ、もう、無茶するんだから」
「ごめんね」
ミリアを無事に救出できた。その結果に、涙があふれている。
「洗脳は・・・・、されてないみたいね」
「私、一応魔女みたいだから、同じ魔女の魔法とはいえ、洗脳は効かないみたいよ。まあ、私のアカデミー賞ものの演技もあってのことだけどね」
どうやら組織は彼女を洗脳することはできなかったようだ。私は安堵する。だが、そこにスキが生まれてしまった。私の魔法は完ぺきではなかったことを思い知らされる。
「うおおおお!」
魔女の甥を名乗った白衣の男が叫び声をあげて私の魔法を打ち破った。手にかざした水晶が彼の力を増幅しているらしかった。そして、銃を私に向けて連射した。
「ツグミ!」
ミリアは私の前に出る。障壁は間に合わない。私とミリアの魔力が干渉し合って、うまく発現することができないのだ。私をかばった彼女の胸から血が噴き出してきた。
「いやああああああ!」
私は叫んでミリアに駆け寄った。
「くそが!」
レオ君が男を殴りつける。私は力が抜けていく彼女を抱きとめることしかできなかった。
「ミリ!」
「ツグミ、最後まで詰めが甘いんだから・・」
ミリアを抱きとめた腕は血に染まっていく。彼女の命が確実に失われているのが分かる。
「ミ、ミリ・・・、すぐに助けるから」
私は魔力を展開し、ミリアの時間を巻き戻そうとする。しかし彼女の魔女の力が反発し、魔法は発動しなかった。
「そんな・・・、なんで!」
私は涙を流しながら魔法を何度も試みる。そんな私の手をミリアは優しく握った。
「さっき言ったでしょ? 魔女の力は同じ魔女には通用しないのよ」
その言葉に、私に彼女を救う力がないことを悟る。
「ごめん、ミリ。私のせいで・・・、私が変な行動しちゃったから・・・」
小説ではミリアは死ぬことなくレオとハッピーエンドを迎えたはずだ。私が物語に干渉したせいで、ミリアは命を落とすことになった。私がこの世界に転生したせいで・・・・!
「ツグミ、泣かないで・・・・・。あなたと・・・友達になった・・ことを後悔したことなんてないから・・・・」
ミリアは力を振り絞るかのように言葉を綴る。
「あ、ありがとう。ずっと友達でいてくれて・・・・」
そう伝えると、ミリアから徐々に力が抜けていく。
「いやあああああああああ!」
私は叫ぶ。大好きな親友が、私のせいで死んでしまった。そんな私をヒョーゴ君は痛ましそうに見ている。レオ君は死んだミリアの傍で無言で目を閉じた。
その時、思いついた。私の力は時。ミリアには魔術がきかないけど、世界中の時間を巻き戻せば、ミリアを助けることができるかもしれない。そしてここは地脈とつながっている。ここで大規模な魔法を使えば世界に影響を与えられる。魔女の膨大な魔力と、私の存在を掛ければ・・・。
「ツグミ?」
決意を秘めた私の顔を見て、ヒョーゴ君がいぶかしげに見る。私はレオ君から預かったハリネズミのぬいぐるみと銃を取ると、ミリアからもらったロケットを渡し、彼に笑いかけた。
「このロケットの中の銃弾には時間を3時間だけ戻す魔法をこめてあるわ。ペンダント事態にも魔法がかかっている。あなたを守ってくれるはずよ」
そう言うと、ミリアが立っていた位置に移動する。そこが、地脈につながる合流地点だ。
「ツグミ! やめろ!」
ヒョーゴ君が叫ぶ。私の存在をかけたとしても、巻き戻る時間は1ヵ月が限度だろう。だけどそれでも。ミリアが生き残る道があるのなら・・・。
「ツグミ―!!」
ヒョーゴ君が私の肩を掴もうとする。しかし、私の魔力に防がれて近づくことはできない。
「時よ。巻き戻れ! ミリアが楽しく生きられる時間まで。今度は彼女が生き残られるように!」
世界が白く染まる。私からとめどなく魔力が抜け落ちていく。全身から地脈に魔力が吸い取られていくのが分かった・・・。
そして世界は逆再生をはじめ、巻き戻しは加速する。気が付けば、私の意識は地脈に溶けていった。
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