皆藤ツグミの回顧録3

 ミリアが手をかざすと手から魔力の波動が放たれたようだ。魔力の波動は、モンスターに確実なダメージを与えていた。攻撃対象はモンスターだけではなく、近くの椅子や荷物を吹き飛ばし、さらには新成人たちをも吹き飛ばす。吹き飛ばされたモノや人は、一様に傷ついている様子だった。

「すごい」

 思わずつぶやく。私たちを襲おうとしたモンスターは魔力の波動を受けて倒れたまま動かない。入口にもモンスターが現れたようだが、それは市長を護衛する魔法使いと戦っている様子だった。ちなみに最初のモンスターは刀を持った長髪の男に倒されている。

 ミリアは茫然とした様子だった。自分がモンスターを倒したこと、そして魔力が新成人たちを巻き込んだことが信じられない様子だった。レオが強引にミリアを引っ張り、会場から逃れたのが印象的だった。

「俺たちも逃げるぞ」

 ヒョーゴ君が言う。私たちも逃げ出すようにセレモニーホールを後にした。


 家に帰った私たちは、訪ねてきた警察の尋問を受ける。とはいえ、テロについて私たちが知っていることはほとんどない。だが、モンスターと一緒に新成人を吹き飛ばしたミリアのことはかなり疑われている様子だった。

 刑事が帰ったタイミングを見計らって、ミリアのところへ行く。ミリアはベッドに座ってうなだれていた。

「私…、とんでもないことをしちゃった。モンスターだけじゃなく、ほかの成人もふきとばしちゃった・・・」

「ミリだって被害者だよ? 悪いのはテロを起こした組織じゃない。ミリは悪くないよ」

「でも私のところに来た魔法対策課って人たちは私を疑ってる様子だった。ツグミ、どうしたらいいかな?」

 ミリアは憔悴した様子だった。

「ミリアを悪くなんて言わせない! 今度は私がミリアを守るから!」

 気づいたらそう宣言していた。ミリアは泣きそうな顔で「ツグミ、ありがとう」と言った。

 その日から、ミリアは大学もバイトも休んだ。私はなるべく彼女の傍にいるようにした。レオやヒョーゴも時間を見つけては見舞いに来てくれた。

 そして3日が立ったあの日、私の部屋にあの和紙が再び届いた。そこには、次のような一文が記されていた。

「7人目の魔女様。あなたの身内が襲われている。急ぎなさい。家族を守ることがあなたの心を守るのよ」

 組織の魔法使いの襲撃を予告するものだった。


 夕食のときだった。あの予告を聞いて、ミリアを私の部屋にかくまった。そしてあの予告通り、男たちが私の家に押し入ってきたのだ。

「あなたたち! 何の用なの!」

 お母さんが勇敢にも男たちに立ちふさがったが、男たちは容赦なくお母さんを突き飛ばす。お母さんが壁際まで吹き飛び、気を失う様を見て、私の中の魔力が再び目覚めた。

「アンタたちなんて、どっか行っちゃえ!」

 私が手をかざすと、突風が沸いて侵入者たちを吹き飛ばす。

「へえ、魔女が2人もいるんだね」

 侵入者の側にも魔法使いがいたようだ。ナンバー3と名乗った男は余裕の表情でミリアを一瞥する。2階にかくまっていたはずのミリアが下りてきて、男を怒りの表情で見つめた。

 ミリアは手から魔力の波動を放つ。しかし男はミリアと同じように魔力を放出し、その一撃を相殺する。

「なるほど、これが魔女の力か。素晴らしい威力だ。だが修練を重ねた私たちなら対処することも難しくない」

 そう言うと、ミリア目掛けて手を突き出す。風が生まれ、ミリアが壁に吹き飛ばされる。

「ミリア!!」

 親友の危機を感じ、私はミリアの前に立ちふさがる。男たちの前に出ると、不思議な力が体の奥から湧いてくるのがわかった。

「ミリアから離れて!!」

 私が両手を突き出すと、魔力の波動が男たちを襲った。ナンバー3は吹き飛ばされ、壁に激突する。

「ばかな! 魔女の力がこれほどとは!」

 壁を背にしながらつぶやくナンバー3。もう一人の男が虚空から銃を取り出して私に銃口を向ける。発砲音が響くが銃弾は私たちには届かない。それを見て、ナンバー3は私に手をかざそうとするが、今度はミリアの魔力の波動に追撃され、そのまま倒れ込んだ。

「ツグミ・・・、怪我はない?」

 後ろからミリアが心配そうな声をかける。私は思わず彼女を抱きしめながら、彼女に話しかける。家の前に警察の護衛がいたはずだ。しかし、組織の魔法使いに簡単に出し抜かれてしまったようだ。警察官は私たちを守ってはくれない――そのことが痛いほどわかった。

「ミリア・・・・、逃げよ? 誰も追ってこれないところまで」

 私たちは声をあげて泣いた。


 私の家で怒った騒ぎに、ミリのお父さん、カツヤさんはすぐに気付いてくれた。そして、家の前に倒れた警察官たちを見つける。もう警察は信用できない――そう話すと、カツヤさんは納得してくれた様子だった。

「わかった。ミリア、警備会社に勤めている白妙市の叔父さんのことは覚えているか? 彼ならしばらくミリアたちをかくまってくれるはずだ。これまでのことはある程度伝えてある。送っていくからちょっとだけ待ってくれ」

 そう話すと、携帯電話でどこかに連絡してくれた。

「ミリア、逃げなさい。白妙の叔父さんのところならかくまってもらえるから」

 ミリアの母であるアキミさんも娘にそう伝える。

「ツグミちゃんもミリアと一緒に隠れてくれるかな? あなたも追われているから、警備会社の別荘なら、しばらくは安全なはずよ。隠れている間に安全策を考えるから」

 アキミさんは言うと申し訳なさそうな顔で話してくれた。

「ツグミちゃん、巻き込んでしまってごめんね。アナタしか頼れる人はいないの。ミリアのこと、お願いしてもいいかな」

「はい。私にできることは少ないかもですけど」

 私がそう言うと、アキミさんはほっとしたような顔を見せる。

 私たちは最低限の荷物をスーツケースに入れ、カツヤさんが乗る車に乗り込んだ。

「倒れた警察の護衛と組織の連中は、私たちが出たら警察を呼んで確保してもらってくれ。時間稼ぎは頼んだぞ」

 カツヤさんが言うと、アキミさんは決意を込めて頷く。

「わかったわ。警察には私がうまく言っておくから。

 ミリア、ツグミちゃん。まずは自分たちの安全のことだけを考えるのよ。私たちのことは大丈夫だから」

「白妙の弟に連絡した。あいつの別荘でかくまってくれるらしい。2人とも、送っていくから準備してすぐに車に乗ってくれ」



 私たち2人は身を寄せ合って後部座席に座った。カツヤは2人が車に入ったのを確認すると、すぐに車を出発させた。

 車通りの少ない道路を進む。隣の市である白妙市に向かうが、カツヤは途中で後ろから車が尾けてくるのに気づいた。

「くそっ! 追手がもう来たのか!」

 追撃車は隣に並走すると、声をかける。

「警察の者だ。話を聞きたい。ちょっと車を止めてもらえるかな」

 カツヤは振り切ろうとするが、車との距離は縮まらない。そのときカツヤはハンドル操作を誤って、車はガードレールにぶつかった。

「2人とも、逃げなさい」

 カツヤは気を失う寸前に2人にそう伝える。ミリアは一瞬ためらったが、車を降りるとツグミと手をつないで白妙市に向かって駆け出した。

 道路を走りだすと、進行方向に小学生くらいの女の子が立ちふさがっていた。こんな時間にこんなところに立っているのは普通ではない。少女は2人に呼びかける。

「警察の者だ。事情を聴きたい。署まで来てもらおうか」

 その言葉にミリアは敵だと認定する。

「どいて!」

 ミリアは少女に向かって魔力の波動を放つ。だが少女はあっさりと波動を躱すと、両手を前に突き出した。

「燃えろ」

 火球はバスケットボール大に成長すると、こっちの方に飛んできた。そして2人の手前で破裂すると私たち2人を吹き飛ばす。倒れ込む私たちを追いかけるように、道路から大型トラックが止まったのが見えた。

 大型トラックの荷台から、何体もの人形が下りてくる。

「パペットマスター・・・。組織のナンバー4か!」

 少女は人形たちに向き直り、火球を連続で放つ。道路はあっという間に火の海になった。

「ミリア・・・、今のうちに・・・」

 私はミリアの肩を持ち、白妙市のほうに走り出した。後方で警察と組織の人間が争う音が響いていた。


 私たちはしばらく走ると、道路沿いにある雑貨屋に到着した。

「ここで少し休もう」

 ミリアが言う。私たちはぼろぼろになっていた。

 雑貨屋の駐車場には看板があった。それを見たツグミは違和感を感じる。しかし気にすることはないかと、そのまま通り過ぎようとした。看板を追い抜いたその時、急に男が現れ、ミリアを背後から掴みかかった。魔法で看板の傍に潜んでいたのだ。

「このっ、離しなさい!」

 ミリアは抵抗するが、男は離れない。

「ツグミ、逃げて!」

「でも!」

 ミリアの言葉にツグミは動揺する。しかし、どうすることもできず、後方に走り出した。

 駐車場のわきを通ろうとしたとき、不意にツグミの腕をつかむ男が現れた。

「はなして!」

 ツグミは暴れるが、男の腕はびくともしない。

「落ち着け! 俺だ!」

 手をつかんでいたのは、瀬良ヒョーゴだった。

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