皆藤ツグミの回顧録2
あの後、ミリアは両親に「ツグミが遊んでくれない!」と盛大にヒョーゴくんのことを愚痴ったらしい。ミリアのお父さんは弁護士で、ヒョーゴくんが虐待されている可能性に思い至って、いろいろ動いてくれたらしい。ヒョーゴくんは同じ町に住む父方の叔母のところに引き取られ、問題行動を起こすことは少なくなった。
ミリアとヒョーゴくんは時々けんかをしたけれど、いつかのように2人で取っ組み合いをすることは少なくなった。幼稚園を卒園する頃になると、ヒョーゴ君を含めてみんなで遊びまわったこともあるほどだ。ミリアのコミュニケーション能力はとにかくすごかった。
私たち3人は小学校、中学校と一緒に進学した。高校受験はヒョーゴくんの成績が振るわず、同じ高校に進学できないことが危ぶまれたが、なぜか使命感を発揮したミリアの指導の下、ヒョーゴくんの成績は右肩上がりに上昇。3人揃って進学校の赤堤高校に入学した。
「赤堤高校って『地域歴史探索部』っていうのがあるんだって。この街の魔女の歴史について調べているみたい。ちょっとおもしろそうだと思わない?」
ミリアが興味を示す。運動神経抜群のミリアのことだから、バスケ部や陸上部など華やかな部活に入ると思っていたので、この言葉には驚いた。私は運動が苦手なので、運動部は最初から選択肢になく、文科系の部活に入ろうかと思っていた。だけどミリアが言うなら別だ。ヒョーゴ君はあきれたように言葉を返す。
「またミリアの思い付きが始まった。オレはやだぞ」
「誰もヒョーゴには頼んでませ~ん。ね、ツグミ。一緒の部活に入ろ?」
私はミリアのお願いに弱い。「しょうがないなぁ」と気づいたら了承の返事をしていた。
「ちっ、ツグミだけをミリアに突き合わせるのはかわいそうだ。しょうがないからオレも入ってやるよ」
「え~、だれもヒョーゴには頼んでないんだけど」
「なんだと!」
じゃれ合う2人を微笑ましく見ながら、私たちは「地域歴史探索部」のドアを叩いた。
博物館への見学、6人の魔女の調査、魔女が使ったとされる魔法についての議論など、1年目はあっという間に過ぎていく。そして2年目、同級生の東雲レオが入部してきたことで、私は思い出す。彼はミリアと同じ、「魔女の福音」の登場人物だ――。
すっかり忘れていたけど、この世界はネット小説「魔女の福音」の世界である可能性があった。確か東雲レオはミリアの恋人で、母の病気を治すために法外な医療費が必要になり、組織の刺客に身を窶すキャラクターだったはずだ。高校3年の夏に彼の母親が倒れて病気が発覚し、そこから彼の転落人生が始まる。
「鐘ヶ淵ミリアと東雲レオ、そして赤堤高校か・・・・。もしかしたら本当にネット小説の世界かもしれない。だとしたら、レオが闇落ちするのを防げるのは、今しかないよね」
偶然にも、チャンスはすぐに訪れた。レオが風邪で休んだある日、部活の資料を届けるためにミリアがレオの家に行くことになったのだ。ミリアは当然のように、私に同行を頼んだ。
「ツグミ、ついてきてくれてありがとね」
「ううん、私も暇だったし大丈夫だよ。この資料を届けるんだっけ?」
「そうそう。部長もせっかちだよね。資料なんて次の部活の時でいいのにさ」
ぼやくミリアと一緒に歩く。ミリアと過ごす時間は私にとってかけがえのないものになっていた。
「ここだね。知らない家のインターフォンを押すときって緊張するよね」
おしゃべりしながら待つと、レオのお母さんが玄関に来てくれた。
「はーい。あ、もしかしてレオのお友達?」
レオのお母さんはまだ顔色も悪くなく、病気とは思えなかった。だけど、このチャンスを逃がすわけにはいかない。
「そうです。同じ部活に所属しているものです。プリントを持ってきました」
「あの!」
ミリアの会話を途中でふさぎ、レオのお母さんに話しかける。
「顔色が悪いようですが、どうかしました?」
ミリアが驚いた顔で見つめてくる。
「いえ、体調は特に変わりがないですけど・・・」
レオのお母さんは不思議そうな顔で見つめてくる。
「すみません。親戚と同じような顔色をしていたので・・・。その親戚がそのあとすぐ病気で亡くなったものですから、つい。頭痛とかありませんよね? 検査だけでもしておいた方がいいと思います」
思い切ってそう話した。ミリアは面食らった様子だが、すぐに援護してくれた。
「この子はうそを言う子じゃありません。子供が何言ってるって思うかもしれませんが、検査だけでも行ってくれませんか?」
2人揃って変なことを言うと思われたかもしれない。レオのお母さんは胡乱気な目で私たちを見ると、資料を受け取った。
「ありがとう。検査のこと、考えてみますね。ではこれはレオに渡しておきます」
そういうと、一礼する。私たちは後ろ髪をひかれながらその場を立ち去った。
「病気の親戚って、ツグミにいたっけ?」
ミリアは疑問を口にする。
「うん、一応ね」と誤魔化したが、ミリアはすぐに持ち直した。
「まあいいか。レオのお母さん、なんもなければいいけど」
その後、母から2人に検査を進められたことを聞いたレオは、「あの2人は質の悪い冗談を言うタイプじゃない」と援護してくれたそうだ。レオの母は頭痛の自覚があったためだろう、半信半疑ながら精密検査を受けた。その結果、病気が発覚。早期発見で手術を行い、一命をとりとめたという。
「ツグミ、やるじゃん!」
我がことのように喜ぶミリア。そんな彼女を見て、前世の記憶があれば彼女たちを救えるのだと実感した。私がみんなを守ろうと決意を新たにしたのだった。
高校3年の夏からミリアとレオは付き合いだした。ミリアとの関係が変わったかというとそうではない。特別なイベントがない日は相変わらず私と一緒に過ごしてくれた。
「あ、そのぬいぐるみ、まだ使ってくれてるんだ」
バッグの持ち手に付けられたハリネズミのぬいぐるみを見て言う。
「もちろん! 小学校卒業の記念にツグミがくれたものだからね。ツグミも私のロケット、いつも身に着けてくれているでしょ?」
笑顔でそう話すミリア。私は首から下げたネックレスを見せながら笑う。
「ミリアはこの後の進路はどうするの? 私の第一志望は赤堤大学だけど」
「私も同じ。レオとヒョーゴは警察官になりたいんだって。まああの2人はいろいろあるみたいだし、しょうがないよね」
それからは中学の頃みたいに一緒に受験勉強をするようになった。その日も2人で参考書と格闘していた。16歳で病気で死んだ前世とは違い、今は希望に満ちている。
「でも最近ここも物騒になったよね。駅南で警官隊と組織の構成員が乱闘になったらしいよ」
ミリアが不安を口にする。私も同じ思いだ。小説と同じ事件が起きるかは不明だが、しっかりサポートすればきっと何とかなる。大丈夫だと、自分に言い聞かせた――。
私とミリアは無事大学に合格し、レオとヒョーゴ君は警察学校に進んだ。私たちは喧嘩をすることもあったけど、いつも一緒でバイト先もゼミも同じものを選んだ。
マユミさんがいる『十六夜』で働くことを伝えたときは、ちょっと母親ともめたけど、ミリアと一緒だからと説明すると納得してもらえた。両親は私よりミリアを信頼している節がある。そのことはちょっとだけ不満だったけど。
大学のゼミでは尾藤教授のゼミにミリアと入った。尾藤教授は赤堤高校の「地域歴史探索部」を作った人で、高校時代に何度か部活に顔を出してくれた。私は彼から魔法陣や魔道具を作るための知識を学ぶ。万が一の時、ミリアたちを助けられるようにと・・・。
そして成人式の朝を迎えた。あの小説ではこの日にモンスターを使ったテロが起こる。でも今回はレオは悪落ちせず、ヒューゴ君も立派な警察官になっている。大丈夫なはずだ――。私は再び自分に言い聞かせた。
私たち2人が予約した美容室から成人式の会場までは、ヒョーゴ君とレオが迎えに来てくれた。2人とも忙しいみたいだが、上司の人が「成人式くらいは出とけ」と送り出してくれたらしい。
成人式では同級生のアイさんとケイさん、アワジ君とシゲ君と一緒になった。そして椅子の下に置いたカバンに、古びた和紙を見つける。
「魔女に目覚めるかもしれないあなたへ。
あなたには力がある。自分を信じて迷わず打ちなさい」
その言葉を見て心臓が跳ね上がる。小説にはこんな和紙は登場しなかった。7番目の魔女ってミリアのこと? これから訪れるかもしれない事件を予測し、恐怖に震えた。
「ツグミ、どうしたの?」
ミリが無邪気に訪ねてきた。反射的に「なんでもないよ」と誤魔化す。でも心の中は、「どうしよう」の言葉で埋め尽くされていた。
セレモニーホールの後ろ側に並んで席を取った。筋肉質な市長の挨拶の途中で、老人が怪物に変わる。あの小説と同じように人がモンスターに変わったのだ。そしてモンスターの一体が私たちの方に歩み寄ってきた。
「なんでこっちにくるのよ!」
ミリアは叫ぶ。レオとヒューゴ君が私たちを守ろうとするが、あっという間に跳ね飛ばされる。生命の危機を感じ、体の中に魔力が宿るのを感じた。子の魔力を拳に込めれば、あのモンスターを倒すことができるかもしれない。でも、モンスターとはいえ人を傷つけるのが怖くて、私は自分の中に目覚めかけた魔力を否定する。
私が戦えるはずがない――、心が恐怖に負けると、体の中の魔力を感じ取れなくなった。震える私を、ミリアは前に出てかばおうとする。
「あんたなんか・・・・、どっかいっちゃえ!!」
ミリアがモンスターに叫ぶと、あたり一面、白い光に包まれる。ミリアが魔女の力に覚醒したのだ。
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