皆藤ツグミの回顧録1
生まれてからずっと違和感があった。ここは自分が本来いるべき場所じゃないような、何か物語の中に入り込んだような、そんな感覚だ。
私が6歳のころ、両親は赤堤市に一軒家を購入した。それまで同居していた祖母の家を離れ、親子3人で暮らすことになったのだ。私は初めて自分の部屋が貰えた喜びを隠せず、家の中を笑いながら探索した。
そして庭を出て前の道路を見つめると、同じ年頃の綺麗な女の子が隣の家から出て、こっちを見ていることに気づいた。人見知りを発揮した私は家の柱の陰に体を隠した。するとその少女は優しく笑いながら話しかけてきた。
「初めまして! この家に越してきたのね。私、鐘ヶ淵ミリア。この前5歳になったの!」
はじけるような笑顔で話す彼女に、私はたどたどしく自己紹介をする。
「わ、私も5歳になったばかりなの。皆藤ツグミっていうんだよ」
彼女はおどおどした私に近づくと。手を引いて笑顔で話しかけてくれた。
「ツグミ・・・つーちゃんね! 私のことはミリって呼んで!」
その顔を見たとき思い出す。自分には他の人生を生きた記憶があることを。前世の記憶を持ったまま転生したことを。
私は混乱し、意識が飛びそうになる。苦しそうな私を見て、ミリアは驚いた様子だが、すぐに駆け寄って顔を覗き込んでくる。
「ツーちゃん、顔が真っ青よ。すぐ大人の人を呼んでくるからね」
薄れゆく意識の中で、今世でも介抱ばかりされる人生になるのかな、とさみしい気持ちになったのを覚えている。
次に気が付いたらベッドの上に寝かされていた。私は思い出す。前の人生では病気でほとんど病院のベッドで過ごしたこと。学校にも通えず友達を作れなかったこと。親が与えてくれたスマホでネット小説ばかり読んでいたこと。そして、ある小説に鐘ヶ淵ミリアという登場人物がいたことを。
「鐘ヶ淵って、すごい苗字だなって思ったんだよね」
私は思い出す。たしか、彼女が登場する「魔女の福音」はランキング入りすることはなく、キーワードを入れてのずっと後の方にタイトルがでてくるくらいの、ささやかに連載されていたネット小説だ。メジャーでもなくアニメ化もされなかったが、魔法使いに目覚めた少女と悪の組織が戦うというストーリーで、当時主人公と年が近かったこともあり、夢中で読み進めた。
たしか小説では、登場人物の一部がけがをしたり死んっだりする話があったと思う。
「まだ小説の中の世界に転生したとは限らないよ。早合点はだめだよね」
私は一抹の不安を感じる。前世の両親に会えないことに悲しみを感じながら、それでも健康な体に転生したことに喜びを感じていた。
「あはははは。ツーちゃんこっちだよ」
「待ってよミリ」
ミリアとはすぐに仲良くなった。同じ幼稚園に通い、お互いの家に行き来をし、毎日のように遊んだ。16年間生きた前世があっても人見知りの私と、おしゃべりでおてんばで元気いっぱいのミリア。性格は全然違うのに、なぜか馬が合ってずっと一緒に過ごしていた。
その日も近くの公園で私たちはおいかけっこをしていた。2人で楽しく遊んでいた私たち。そんな私たちを邪魔してきたのは、同じ年の男の子だった。その子は走り回る私の足を引っかけてきた。
「あうっ」
派手に転んでしまう私に、「はしゃいでいるからだ」と冷たい声を浴びせる少年。ミリアはカンカンだ。
「今わざと足を引っかけたでしょう! あやまりなさい!」
物おじせずに話しかけるミリア。少年は嫌な笑みを浮かべながら言い返す。
「トロイのが悪いだよ。目障りだからどっかいけよ」
「私たちが先に遊んでいたの! 邪魔してるのはそっちでしょ!」
そっからはつかみ合いの喧嘩だ。私はおろおろして何とか止めようとしたが2人は暴れるのを止めず、最後はミリアが泣き出してしまう。男の子はにやにや笑いながらミリアを睨んだ。
「へへへ、これに懲りたらあんまりちょーしに乗らないことだな」
嫌な笑い方をする少年に、私は思わず尋ねた。
「なんでこんなことするの!」
「おマエらがチョーシに乗ってるからだよ!」
男の子はせせら笑いながら言い返す。そんな彼を見て、怒りよりもさみしさを感じた。思い出したのは前世の病院で見た男の子だった。その子も看護士さんにいたずらばかりしていたが、看護士さんたちが「両親にほとんどかまってもらえなくてさみしいんだ。かわいそうにね」と話していた。私はそんな言葉に反発していたのを覚えている。
「わたしたちのじゃまをしても、あなたがさみしいのはかわらないよ」
気づいたら、私の口からそんな言葉が出ていた。
「な、なにいってやがる。オレはさみしくなんかないぞ! バカにするなよ!」
男の子は焦った様子で怒鳴り返し、そのまま逃げていった。私は泣き出したミリアを慰めながら、大人たちが来るのを待った。
「ミリア、大丈夫? こんなに服を汚して。男の子と喧嘩したのね」
ミリアのお母さんが慰める。
「たしか瀬良さん所のヒョーゴくんね。あそこの家は色々あるから・・・。ミリアちゃんは悪くないわよ。幼稚園の先生に言っておくからね」
私の母も泣いているミリアを慰めた。ミリアはしばらくして泣きやむと、「次は私が泣かしてやる!」と鼻息荒く言い出した。
それからヒョーゴ君は事あるごとに突っかかってきた。負けん気の強いミリアはそのたびに喧嘩をし、2人の仲は険悪になっていった。私は何とか2人を止めようとしたが、一時は「ツーちゃんはどっちの味方なの!」とミリアに怒られるなど、調整役としてうまくやれているとはいえなかった。
そんなある日、いつものようにミリアに突っかかったヒョーゴくんを、ミリアは他の園児を仲間にして言い負かした。ヒョーゴくんはそのまま逃げだしたが、私はそんな彼をほおってはおけず、そのあとを追った。
「なんだよ! ミリアの金魚のふんのくせに。どっかいけよ!」
ヒョーゴくんの罵倒の種類は豊富だ。子供がいろんな言葉で罵倒するのは、そんな言葉をいつも浴びせられているからだ、と何かの本で聞いたことがあった。
「うん」
でも私はそのままにしてはおけず、かといって何をいえばいいのか分からず、結局そのまま傍にいることしかできなかった。
「おれはまけてない! あいつは人数ばっかり揃えて卑怯なんだ」
「そっか」
「子供のくせに生意気なんだ。口ばっかり達者になって、文句ばっかりいうんだ」
「うん」
「すぐ暴力を振るえばいいと思ってる。なんかあったら暴力でごまかす。虫けらみたいな存在で死んじゃえばいいんだ」
「そっか」
ヒョーゴ君が言う言葉はミリアに当てはまらないことも多く、彼はいつもそんな罵倒にさらされているかと思うと悲しくなった。ヒョーゴくんはひとしきりミリアに文句を言うと、うつむいて静かに泣き出した。
「ひとりはつらいよね」
そんな言葉が自然と漏れた。ヒョーゴくんは幼稚園の先生が探しに来るまで静かに泣き続けた。
「でもね。何かを変えたいと思うなら、やっぱり自分が動かなきゃだめだと思うんだ。助けてくれようとする手をしっかりつかまないと、前には進めない」
ヒョーゴ君は泣きながら、それでも反論する。
「俺なんかを助けてくれる人がいるわけないよ」
そうさみしそうに話すヒョーゴくん。私はまだ子供で、泣き続ける彼の傍にいることしかできなかった。
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