狙われた近親者

 気を失ったアキミは警察病院に運ばれ、検査のため入院することになった。アキミの意識が戻ったのは、夫のカツヤが彼女を見守っているときだった。

「あなた・・・・、ここは病院?」

「ああ、先日ミリアが運ばれた病院だ。さっきまで皆藤さんが見てくれていたよ。意識が戻ってよかった。体に痛みは残っているかな? 今は少し眠りなさい」

 夫のカツヤは穏やかに微笑む。どうやら彼が来たことを確認し、皆藤ユウカは帰ったらしい。アキミは彼を見て安心した様子を見せたが、すぐに娘のことが頭に浮かんだ。

「ミリアは無事なの?」

「さっき電話があったよ。向こうは今のところ無事らしい。今警察のほうで守ってもらっている。こっちに来たいと暴れてるようだがね」

 カツヤは苦笑する。ミリアの顔が見られないのは残念だが、身の安全のためなら仕方ない。

「どうしてあの子が狙われるの?」

 尋ねるユウカにカツヤは苦い表情で答えた。

「ミリアは・・・・成人式で魔女としての力に覚醒したらしい。組織はあの子の魔力を何かに利用しようと狙っているようだ」

「あの子に今まで魔力なんてなかったのに・・・・、普通の女子大生なのよ、何かの間違いじゃないの?」

 不安そうに夫に尋ねるユウカ。赤堤市の住人なら、魔女に覚醒した者が幸せな人生を送れなかったことを知っている。娘が魔法に振り回される人生を送ることが心配でたまらなかった。

「中央から来た専門家によると、高い魔力に目覚めたのは間違いがないそうだ。魔女かどうかは断言しなかったがね。魔力に目覚めたからには力の使い方を学ぶ必要がある。あの子のゼミの先生も専門家の一人だから、その点は安心かな。大丈夫、僕たちの娘はこんな状況に負けたりしないさ」

 務めて楽天的に言うカツヤ。だが魔法が使えること、そして組織に狙われていること――ミリアを取り巻く環境は成人式で一変した。困難が多く押し寄せてくる娘が不憫でならなかった。

 その時、廊下がにわかに慌ただしくなった。複数の警官が忙しく歩き回る様子が分かる。

「何かあったのかな」

 つい数時間前に組織に襲われたユウカはおびえた表情を見せる。

「また襲撃があるってこと? あなた、怖いわ」

「大丈夫だ。ここは警察病院で、護衛も多く配置されている。そう簡単に突破されるわけが・・・」

 そう妻を慰めているときだった。病室のドアが乱暴に開けられ、警官が飛び込んできた。

「失礼します! 組織の魔法使いが襲ってきました。お二人は避難して・・・」

 警官の言葉は後ろから来たライダースーツの女にさえぎられた。警官の首を片手でつかむと、あっさりと壁に投げ飛ばす。そしてライダースーツの女は2人を眺めると唇をゆがめた。

「お二方、ちょっと一緒に来てもらってもいいですか? 娘さんのことで用があるの」

 女は楽しそうに唇を歪めた。この女は危険だ――カツヤはそう直感するが、女は退路を塞ぐように近づいてくる。その時、女の後ろから一人の警官が突撃してきた。女は警官の正拳突きを余裕の表情で避けると回し蹴りを警官に放つ。警官は何とかガードしたが、壁に吹き飛ばされた。

「レオ君!」

 乱入してきた警官は、ミリアの恋人――東雲レオだった。レオは壁に吹き飛ばされ、苦痛に顔を歪めるが、素早く立ち上がって2人をかばうように立つ。

「今の一撃に耐えるなんて、やるじゃない。アナタ、身体強化の魔法が使えるのね」

 女は嗜虐的な笑みを浮かべる。レオは厳しい顔で女を睨む。

「一人で来るとはずいぶん余裕だな。警察の真っただ中に来るとはいい度胸だ。ここなら怪我をしてもすぐ入院できるぞ」

「身体強化を覚えて粋がっているのね。上には上がいることを教えてあげるわ」

 女はそう言うと、一瞬でレオとの距離を縮めて掌底を放つ。あまりの早業にレオは反応できずに胸に一撃をもらう。女はそのまま襟をつかむとレオを背負い、床にたたきつける。技、というよりも力づくで投げている。そんな印象を受ける背負い投げだった。

「くはっ」

 レオは衝撃に息を吐く。

「あなた・・・・、鐘ヶ淵ミリアの恋人の東雲レオね。魔力保有者っていうのも都合がいいわね。アナタでいいか」

 そう言うと、女はレオの首を素早く締めて意識を奪う。そして大柄なレオを軽々と背負うと、病院の窓に近づいていく。2人はその手慣れた様子に反応できなかった。

 その時、病室のドアにモニカとミリアが駆け込んできた。

「母さん、大丈夫!?」

 ミリアは素早く両親の無事を確認する。そして女にレオが担がれていることに気づく。

「レオ! あんた、レオをどうする気!」

 ミリアは睨むが、ライダースーツの女は余裕の表情だ。その言葉に続いたのはモニカだった。

「組織のナンバー5、燕カルナ。アナタもこの街に来ていたのね」

 女――カルナは憎々しげな表情でモニカを見る。

「三枝ぁ! その澄ました顔を引き裂いてやりたいところだが、一旦その首預けとくよ」

 そう言うや否や、レオを担いだまま窓から飛び降りる。

「待て! レオを返しなさい!」

 ミリアが追おうとするが、カルナは猫のように地面に着地すると、あざけるような笑みを残してその場を立ち去っていく。

「ここは3階なのにねぇ。ミリア落ち着いて。まずはご両親の無事を確保しましょう」

「でも!」

 ミリアは反論するが、モニカはなだめるようにミリアを見つける。

「救出のチャンスは必ずありますわ。今やるべきことをやりましょう」

 そう言って呆然とする両親に近寄り、怪我がないことを確認する。ミリアは悔しげな表情でカルナたちが去っていった方角を睨んだ。

 警察病院は一時騒然としたが、時間とともに騒ぎは終息した。ターゲットになった両親には個室が用意された。2人は、今日は泊まっていくと言っていた。

 ミリアとモニカの2人は病院の屋上に上がった。ミリアが少し興奮を収めたいと言ったためだ。

「あのライダースーツの女、知り合いなの?」

 ミリアが尋ねた。

「ワタクシ、これでも柔道の日本代表候補だったの。ハイスクールのころ、全国大会の決勝戦の対戦相手があの子だったわ。まあ試合は私の勝ちだったんだけど、その時物言いがついた。ワタクシが魔法を使っているんじゃないかって」

 柔道などのスポーツにおいて魔法で体を強化するのは禁じ手だ。魔法が感知されると反則負けで没収試合となる。スポーツ界には魔法が入る余地がなかった。

「ワタクシ、それまで魔法と縁のない生活を送っていたから驚いたわ。でも検査の結果、私に魔力の残滓が確認された。それで反則負けが決定したわ」

 柔道で活躍するというモニカの夢は、彼女が魔力保持者であったために断たれた。モニカ本人は魔法を使った覚えがなくとも、対戦相手たちから魔法を使ってるんじゃないかと随分と非難されたらしい。

「ワタクシを非難した急先鋒はカルナでしたわ。今までも柔道で魔力を使って勝ったんじゃないかって。ワタクシは魔法を使った覚えが全然なかったけど、柔道の試合には出られなくなった。でも彼女もその後の試合で身体強化の魔法を使っていることが判明して柔道界を追放されたのよ」

 過去を振り返るモニカ。意外な過去を聞いてミリアは驚きを隠せない。

「魔力があることはいいことばかりじゃないのね」

「ミリア、覚えておきなさい。自分にない力を持った存在を許せないという人は少なくないわ。もしかしたらあなたの知人のなかにもあなたが魔法を使えることを知って離れていく人がいるかもしれない。それは仕方のないことかもしれないけど、あなたの存在が悪いことでは決してないわ」

 モニカは優しく断言する。

「大切なのは、あなたなりの魔力との付き合い方を考えること。魔法を使えることを隠すのもいいかもしれない。私たちみたいに魔法を生かせる職に就くのもいいかもしれない。あなたにとって一番いい方法をしっかり考えなさい」

 ミリアはどこか慰められたような気持ちでその言葉を受け取る。

「ありがとう、モニカ。私、最初に出会った魔法使いが魔力対策7課の人たちでよかったよ。まあノルンはちょっと生意気だけどね」

 そう茶化すと、モニカも微笑みながら答える。

「ノルンはあれで素直でかわいいところがあるのよ。彼女は生まれつき魔法の制御ができなくて、今一生懸命に力の使い方を練習しているところなの。直接相手をしてあげる必要はないけど、やさしく見守ってくれると嬉しいわ」

「わかってる。あんな小さいのに警察の一員なのは、家族となんかあったんだと思ってるよ。言葉尻が時々きつくてムカつくけど」

 そう言って肩をすくめるミリア。その言葉に微笑みながら、モニカは答える。

「今、警察の捜査員が必死でレオさんの行方を追っているわ。それが分かったら私たちも動く。だからもう少しだけ、我慢してほしいの」

 モニカに頷くと、ミリアは決意を込めて宣言する。

「でも行方がわかったら助けに行きたい。止めても行くからね」

 モニカはミリアを見て、仕方なさそうに肯定する。

「その時はうちの課全体でサポートするわ。協力して、レオさんを必ず助けましょう」。

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