皆藤家にて2

 サイレンを鳴らしながらパトカーが集結する。玄関から警官が入るとスクワーレに一礼し、倒れた男たちを迅速に連行していった。

「瀬良君だったね、どうしてここに?」

 警官たちを見送りながらスクワーレが尋ねる。

「いえ、組織に狙われているのはオレの同級生なんスよ。帰りがけに家の様子を見たら、車の中で警備員は倒れてるし、叫び声は聞こえるわで慌てて飛び込んだんスよ」

 緊張した様子で答えるヒョーゴ。スクワーレは値踏みするような目でみる。スクワーレがさらにヒョーゴに話しかけようとしたその時、バイクのブレーキ音が家の中まで聞こえてきた。エンジン音が止まると、すぐに家の中に女が駆け込んできた。

「大丈夫か!? ここが襲われるという通報があった! 警備員がいるみたいだけどアタシも警備に入らせてもらうよ!」

 飛び込んできたのはアイラだった。スクワーレはアイラを見てため息をつくと、落ち着いた声で答える。

「さっき襲撃があったばかりだ。押し入った男たちはもう連行した」

「げっ、スクワーレの旦那・・・、もう来てたのか」

 アイラはしり込みする。どうやらスクワーレという男に苦手意識があるようだ。恐る恐るといった体で尋ねる。

「襲撃犯は逮捕したんですか?」

「押し入ってきた3人は捕らえた。瀬良警官のおかげでな」

 こともなげに言うスクワーレ。一方のヒョーゴはちょっと戸惑った様子で答えた。

「いえ、ちょっと立ち寄ったとこで襲われた様子だから」

 と、鋭い目つきのアイラに驚きながら答えた。そのとき、ハッとした様子でユウカが疑問を口にする。

「3人ですか? 侵入してきた男は4人いたと思いますけど」

 その言葉に、3人は緊張感を高める。

「あと一人はどこに・・・?」

 ヒョーゴが周りを見渡す。玄関には花瓶が飾ってあり、隅の方にゴルフクラブのセットが置かれていた。だが、人が隠れられそうなスペースは見当たらなかった。

「家の中に侵入されたのか、あるいは・・・、ちょっと家の中を調べさせてもらっても?」

「え、ええ、お願いします」

 ユウカはおびえた様子で頷く。ヒョーゴは銃に弾を込めると2階への階段を見つめた。

「いたよ、そのゴルフセットの中だ」

 アイラが階段に向かうヒョーゴを止めるように言う。ゴルフクラブには人が隠れられるスペースはない。いぶかしげに見るヒョーゴとは対照的に、スクワーレはすぐに一般人2人をリビングに下がらせると、左手をゴルフクラブに突き出した。その袖口から勢いよく鎖のついた分銅…ペンデュラムが飛び出し、ゴルフクラブに激突した。同時に、ゴルフケースに紫の電流が走る。その衝撃に耐えかねたのか、ゴルフケースから一人の男が飛び出してきた。

「なっ?、人が隠れられるスペースなんてなかったのに!」

 ヒョーゴは思わず驚きを口にする。飛び出した男も驚愕の表情でスクワーレを見た。隙だらけの男を見逃すはずもなく、アイラが素早く近づくと、腕の関節を極めて拘束する。

「喜べよ。お仲間と一緒に連行してもらえるぜ」

 アイラの嘲笑が響く。そして4人目の男に手錠をかけると、そのまま警察に引き渡す。

「あんなところに潜んでいたなんて・・・」

 驚きを口にするユウカに、スクワーレが答える。

「おそらく我々が去った後に貴方を拘束するつもりだったんでしょうが、私たちも魔法の専門家です。魔法で隠れた相手を見つける術はあります」

 潜伏を見破ったアイラは得意げな様子でニヤリと笑う。

「今回はゴルフクラブだったが、物に潜伏する魔法があることは確認されているんだ。潜伏中は動くことはおろか、攻撃もできないけどな。視覚的には完ぺきに隠れることができる。大方、ほとぼりが冷めるまで隠れて、落ち着いたら逃げるか、ここの家主を拘束しようって腹だったんだろう。一旦家の中に入れば、誘拐は簡単だろうしな」

「念のため、家の中は調べさせていただきます。問題ないようでしたら今日のところは戻らせていただきます。もちろん、代わりの警備員は用意しますけどね」

 スクワーレはそう伝えると、一礼して皆藤家を後にした。アイラもそれに続く。

 ヒョーゴは気づかわし気な目を向けると、ユウカは安心したような顔で言葉をかける。

「ヒョーゴくん、今日はありがとう。駆けつけてくれて心強かったわ。私はアキミさんについて行くね」

「2人が無事でよかったっす。アキミさんのことはお願いします。何かあったらいつでも連絡してください」

 そう言うと、ヒョーゴは照れたように笑って2人の後を追った。


「瀬良君は魔法が使えるようだね」

 皆藤家から署に向かう途中で、不意にスクワーレが尋ねてきた。

「簡単な身体強化くらいですけどね。魔力量も大したことないし、ほかは何にもできないですから」

 虚勢を張りながらもちょっとおびえた様子でヒョーゴは答える。そんな彼を見てアイラが疑問を口にする。

「襲撃にあった夜にたまたま立ち寄るなんて、ちょっと偶然が過ぎないか?」

 疑われていることに気づくと、ヒョーゴは慌てた様子で弁明する。

「いや、成人式でテロがあったばかりだし、ミリアが巻き込まれたのは知ってたから、ちょっと気になって家の前から様子だけ見ようと思ったんだ。高校時代に同じ部活にいたからさ。まあ俺はほとんど幽霊部員でしたけど」

「赤堤高校はそこそこの進学校だろ。なんでお前は大学も行かず警察やってるんだ?」

 アイラはさらに問いかける。

「いや、高校までは友人のおかげで入れたけど、基本オレ頭悪いんすよ。腕っぷしには自信があったんで、それを生かせるように警察になったんです。そこまでおかしくはないと思いますが」

 あたふたと経歴を話すヒョーゴ。さらに追撃しそうなアイラを、スクワーレが止める。

「アイラ、そこまでにしておけ。瀬良君は襲撃犯逮捕に協力してくれたんだ。彼を追及するのは筋違いだろう」

 助け舟を出してくれたスクワーレに一礼すると、ヒョーゴは慌てた様子で先に署に入る。

「あいつ、なんか匂うんだよな」

 アイラがヒョーゴの後姿を見ながらつぶやく。

「組織とつながっているとは思わないな。襲撃犯4人の中に飛び込むとは、魔力があるとはいえずいぶんと思い切ったことをする。彼と鐘ヶ淵ミリアとの関係は?」

「同じ『地域歴史探索部』に所属していた同級生のようですね。最も本人の言う通りほとんど幽霊部員だったみたいだけど」

 アイラがヒョーゴの経歴を思い出す。「地域歴史探索部」は赤堤高校に古くからある部活の一つだ。赤堤市の歴史と魔女について研究する部で、歴史館や魔女の館を訪ねたり、魔法について研究したりすることを主な活動としている。あの部からは優秀な魔法使いが何人も生まれているらしい。

「あいつも身体強化のみとはいえ、魔法が使えるんだな。警官は魔法が生かせる職の一つではあるね」

「魔法が使えることが幸せにつながるとは限らない。モニカやノルンを見れば分かるだろう」

「まあ姐さんは特殊な例だと思いますけどね。ノルンは制御があれだし、家族ともうまくいかなくなった。アタシは魔法のおかげで生き延びられたクチですけど」

 瀬良ヒョーゴにとって魔法はどんな存在なのか、彼の過去に思いをはせながら携帯を見ると、モニカから着信があったことに気づく。アイラはかけなおすと、モニカと電話で情報を共有した。

「あっちも襲撃があったらしいです。姐さんとノルンがうまく撃退したらしいですけどね。家はだめで、駅前のヒドルンホテルに部屋を取ったらしいです」

「襲撃が途切れないな。奴らは鐘ヶ淵ミリアが魔女であると断定したらしい。こちらから攻勢に出ないと事は収まりそうにないな」

 そうため息をつくと、2人は仲間たちが待つヒドルンホテルへと足を向けた。

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