皆藤家にて1

「今日はお招きいただいてありがとう」

「いえいえ、成人式があんなことになっちゃって、アキミさんもちょっと疲れているでしょう? ミリアちゃんはしばらく避難してるみたいだし、今日は美味しいものでも食べてゆっくりしていってね」

 そういってミリアの母――鐘ヶ淵アキミをねぎらったのは、お隣に住む皆藤ユウカだった。40代後半の中年女性で、2人は年が近いこともあって友人関係を築いている。2か月に一度はこうやってどちらかの家で夕食を共にする仲だ。ちなみに2人の夫も参加することは多いが、あいにく今夜は仕事で遅くなると連絡があった。

 食卓に並んだのは鍋料理で、寒い季節に心まで温まった。2人で雑談を交わしながら食事をしていると、ふいにインターフォンが鳴らされた。

「だれだろう、こんな時間に。ちょっと見てくるね」

 ユウカは急いで玄関に向かう。テレビを見ながら食事を続けていると、言い争う声が聞こえてきた。

「なんですか? あなたたちは! ちょっと、勝手に入らないで!」

 何か異常なことが起きているらしい。アキミは恐怖に顔をひきつらせながら玄関を除く。玄関では4人の男たちがユウカを押しのけて入ってくるのが見えた。

「あなたたち! なにしてるの!」

 ユウカが腰を抜かしているのを見て、アキミは頭に血が上った。追い出してやろうと思い立つが、すぐに異常に気づく。家の前に駐車した車には警備の人が待機していたはずだ。彼らはどうして駆けつけてこないのだろう。

「ああ、警備の方々ならもう動けませんよ。おとなしくついてきてくれるなら悪いようにはしません」

 そう言ったのは、襲撃犯の中にいた背のひょろりとした男だ。右手には場違いのように指揮棒のようなものを持っている。

「アキミさん、逃げて・・・!」

 倒れたユウカが叫ぶ。しかし、ユウカを見捨てて逃げられるわけはない。アキミがユウカに駆け寄ろうとすると、男の一人が蹴りを放った。吹き飛ばされたアキミ。急に行われた暴力行為に、ユウカから悲鳴が上がる。

「痛い目を見たくなければ大人しくしてくださいね」

 背の高い男がにやにや笑いながら言う。2人の一般人は恐怖に震えていた。

 しかしその時、玄関から1人の青年が稲妻のように飛び込んできた。青年は玄関に集った男たちに一撃を振るうと、男たちの間を素早くすり抜け、あっという間にユウカをリビングまで押し入れた。そしてアキミの前にかばうように立つと男たちを睨みつけながら構える。その手には銃が握られていた。

「おまえら、不法侵入の現行犯だな。両手を上げて壁に跪け」

 現れたのは瀬良ヒョーゴ、ミリアの幼馴染の新米警官だった。知り合いが助けに来たのを見て、驚きつつもどこかほっとした様子の2人だった。

「ずいぶん元気のいい警官ですね。私たちをあっさりとかいくぐるとは、身体強化の魔法は使えるようだけど、ほかには何か使えるのかな?」

 仲間をかいくぐって侵入されたというのに、背の高い男は余裕の表情で話しかける。

「ずいぶんと余裕だな」、ヒョーゴが緊張しながら言うと、

「ふふふ、魔法の恐ろしさを見せてあげよう。この場に来たことを後悔するんだな」

 男は指揮棒を振った。まるで音楽界で楽団を率いるかのように、リズムよく指揮棒を振るうと、周りの男たちの雰囲気が変わる。筋肉が膨張し、血走った目でヒョーゴを睨みつけてきた。

 ヒョーゴは天井に銃を撃って男たちをけん制する。

「動くな。撃つぞ」

 男たちを威嚇するが、一人が構わず突進し、ヒョーゴを殴りつけようとする。ヒョーゴは体を後ろに反らして男の拳を躱すと、銃を3発続けて発砲する。

 銃声を聞いて2人から悲鳴が漏れる。銃弾は男の腹と胸に命中したが、男が動きを止めることはなかった。ヒューゴは男の攻撃をなんとか躱すが、撃たれても止まらない男に困惑気味だ。

「お前の魔法か!」

 ヒューゴが長身の男を睨むと男はニヤリと笑い、指揮棒を振り続けた。男の魔法で残りの2人も強化された様子だった。

 ヒョーゴは2人をかばいながら、素早くリビングのドアを閉めた。

「ヒ、ヒョーゴ君…、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。おばさんたちは隠れててくれ!」

 ヒョーゴはリビングのドアを塞ぎながら叫ぶ。

「こんな戸がバリケートになると思っているのか?」

 男は嘲笑する。強化された男たちがドアを殴りつけてきた様子で、ヒョーゴはドアを抑えるが、ドアをたたく大きな音が響いた。リビングに侵入されるのは時間の問題か…、そう3人が覚悟を決めたとき、外で人が争う音が聞こえてきた。

「落ち着け! 外には見張りが5人いるんだ」

 そう仲間に呼びかけるが、次の瞬間に玄関のドアが勢いよく開けられた様子だった。指揮棒の男から驚きの声が漏れる。男たちが侵入者に襲い掛かる声が聞こえたかと思えば、打撃音が2発響くと、人が崩れ落ちる気配がした。

「き、強化された兵がこうもあっさりと・・・・」

「数も質も足りないな」

 そんな声が聞こえたかと思うと、再度の打撃音。3人目が倒れたのが分かった。

「魔法対策7課の者だ。こちらは片付いた」

 男が告げると、ヒョーゴは恐る恐るといった様子でドアを開けた。

「スクワーレさん・・・、どうしてここへ?」

 そこにいたのは、ダークスーツを着た長身の男だった。成人式に参加した人が見れば、モンスターを刀で倒した人物であることがわかるだろう。

「ここが襲われるかもしれないという情報があった。警察の応援もすぐに来るだろう」

 スクワーレの言葉と同時にパトカーの音が聞こえる。警察が近づいてきているのが分かり、ユウカは安心した様子を見せる。

「ア、アキミさん大丈夫?」

 ユウカは倒れ込んだアキミに近寄る。アキミは気を失っている様子だ。スクワーレは倒れたアキミに近づくと、表情を曇らせる。

「民間人に本気で攻撃するとは・・・・、すぐに病院に運びましょう」

 スクワーレはユウカに話しかけてアキミを介抱し始めた。

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