襲われたセーフハウス

 手紙を見たモニカは、リビングに家にいる全員を集めた。

「ミリアの両親は今どこにいるかわかりますの」

 気がはやるミリアに、モニカは落ち着いて尋ねた。

「え、あ、母は今日、お隣の皆藤さん家にご飯を食べに行くっていってたけど・・・」

 娘が襲われて保護されているというのに、何ともマイペースな母親だった。しかしあの手紙は両親の危機を知らせている。

「あなたの両親にも護衛が付いていますの。それにうちのリーダーにも連絡しましたわ。この後すぐに家によってくれるとのことですわ」

「リーダーはうちで一番強いから大丈夫」と安心させるように言うモニカ。しかしミリアはそんな言葉を遮った。

「すぐ助けに行かないと!」

 慌てるミリアに冷たく言葉をぶつけるのはノルンだった。

「お前が行ってどうなる? 魔力もまだ戦闘できるほど扱えないし、あの手紙が罠だっていう可能性もある」

 冷笑を浴びせる少女の言葉に、頭に血が上るのを感じた。

「そんなの、行ってみないとわからないじゃない!」

 思わず怒りをぶつけるミリアを止めたのは、アイラだった。

「私がバイクでお前の家に行ってみるさ。クソガキの言う通り、お前をおびき出す罠って可能性もあるんだ。ここでじっとしてろ」

 いうや否や、手荷物を持って飛び出すアイラ。モニカも彼女を止めようとはしなかった。

「わ、私も・・・」

 アイラに続こうとするミリアをモニカが止める。

「私たちはここで待ちましょう。護衛の警官にも連絡しましたし、リーダーとアイラも向かってますわ。彼らの無事を祈りましょう」

「でも!!!」

「しつこい。お前にできることはない」

 冷たく言い放つノルンの言葉にカッとなる。

「あんたには分からないの!?」

 まさにケンカを売ろうとしたその時、絶妙なタイミングで間々田さんが仲裁に入る。

「まあミリア君落ち着いて。夜食でも食べながら一息つこうじゃないか。大丈夫、君も知っての通りアイラ君は優秀な魔法使いさ。きっとご両親を守ってくれるはずだ」

 そう諭されて思い知る。自分にできることはないのだと――。


 間々田さんが夜食に焼き菓子を出してくれて、それをみんなでつまんでいた時だった。

 ジジジジジーー!!

 リビングに警報が鳴り響く。

「な、なに?」

 驚くミリアに、ノルンは「ついに来たのね」と落ち着いた様子で吐き捨てる。

「まあいつかはあると思っていたけど・・・。組織の襲撃ですわ」

 モニカが言うのと同時に、リビングから庭に続く窓のガラスに何かが飛び込んできた。ガラスが割れる音が響き渡る。

 魔法対策7課の面々はさすがに慣れているらしく、全員が臨戦態勢になる。ミリアも慌てて敵の襲撃に備えたが、飛び込んできた人影の姿を見て息を飲んだ。襲撃してきたのは、細身の体をした人形だった――。

「マネキン?」

 ミリアは困惑した顔でつぶやく。

「気を付けて! ただの人形じゃないわ」

 鋭く警告を告げるモニカ。そんな彼女に襲撃してきたマネキンが飛び掛かる。その右腕はいつのまにか刃物に代わっていた。

 ミリアが警告する暇もなかった。モニカは人形に押さえ込まれるように床に転がる。同時に人がたたきつけられたかのような衝撃音が床に響いた。やられたのか、ミリアは息を飲むが、モニカは機敏な動きで立ち上がる。マネキンは倒れたまま動かない。あの一瞬で投げ飛ばしたのだ。

「す、すごい」

 感心するミリアに、ノルンが鋭く警告する。

「まだ終わりじゃない!」

 割れた窓ガラスの方を見ると、4体の人形が隊列を組んで向かってくるのが見えた。目を見開くミリアを尻目に、モニカが鋭い声を上げる。

「ノルン、やっておしまい!」

 ノルンは人形たちを睨みながら両手を前に突き出す。するとその小さな手のひらから火の玉が生まれていた。

 火球は瞬く間にバスケットボール大に成長する。

「みんな燃えてしまえ!」

 ノルンが叫ぶと、火球は一直線に人形に向かう。そして人形たちの中心で破裂し、周りをすべて吹き飛ばした。衝撃で倒れた人形たちはそのまま立ち上がることができない様子だった。

「あっという間に・・・」

 ミリアは思わずつぶやいた。ノルンはニヤリと満足げに笑う。だが、窓から人形の増援が来たのを見て顔をこわばらせる。

「まだいるの?」

 ノルンが吐き捨てる。

「魔力の音が似てるから判別しづらいけど・・・、あと12体はいますわね」

 モニカは冷静に答える。ミリアの顔が怒りに染まる。組織のしつこさと、あと素敵な家を壊されたことに。

「襲撃って・・・、何をしてもいいわけじゃないでしょ!」

 ミリアの体から魔力があふれる。窓から入ってきた人形を見つけ、反射的に手をかざす。放たれた魔力の波動は、窓枠を破壊しながら人形たちに直撃する。人形たちは魔力の波動に耐えきれず、粉々になって破壊される。

「わ、私の魔法より周りを巻き込んでる・・・」

 家まで破壊することに動揺するノルン。モニカも慌ててミリアを止める。

「銃なしで攻撃するとそうなるんですのね。周りを巻き込みたくないなら魔力の使用は控えて」

 そのとき、玄関の方から何かをこじ開ける音が聞こえた。

「アチラさんはここで決着をつけるようだね」

 間々田さんはミリアの盾になるよう体を移動させ、こぶしを構える。その手にはいつのまにかナックルダスターが握られていた。

「この手の魔法は術者と人形はあまり離れて行動することはできないはずだ。ノルン、大本を見つけるんだ」

 そう言うと、間々田さんはミリアを後に庇いながら玄関の方を警戒する。ノルンはうなずくと、目を凝らして人形を見つめる。

「アンタにそんなことできるの?」

 ミリアが焦りを隠せない。

「ノルンにはそういう力があるの。人形と術者を結ぶ線が、あの子には見えているのよ」

 モニカは答えると、窓ガラスの先の人形の群れに飛び込んでいく。そして人形の一体の腕をつかむと、そのままほかの人形に向かって投げ飛ばした。そうしてできたスペースに、今度はノルンが滑り込む。2人とも外の様子は分からないはずなのに、まるで見えているかのような動きだった。

 ノルンとモニカはそのまま家の外に飛び出した。いつの間にか、家の周りには野次馬が集まっていた。モニカは倒れている人形に一撃ずつ加えてとどめを刺す。ノルンは野次馬の顔を見わたし、30代くらいの女を指さした。

「あいつ! あいつが人形を操っている」

 モニカは素早く女に駆け寄ると、その腕を掴んだ。

「な、なにするんですか」

 女はいきなりの蛮行に驚いた様子で抗議する。しかしモニカは迷わない。

「詳しい話は署で聞かせてもらいますわ。組織のナンバー4、人形遣いのバベットさん、でしたっけ?」

 その言葉に本当に驚いた様子で目を見開く。女は反射的に身をひねる。しかしあっさりとモニカに阻まれる。

 女は鋭く睨みつけると、叩きつけるかのように手をかざす。一瞬、風の弾が収束しかけたが、すぐに霧散する。モニカは余裕の表情だ。

「な、なにがおこった!?」

 魔法が発現しないことに、女は動揺する。

「ミリアほどではないですけど、触れているならワタクシでに魔法を消すことは可能でしてよ」

 モニカはそういうと、女の腕を掴み、背負い投げで女の意識を刈り取った――。


「ナンバー4・・・・のわりに弱くない?」

 警官が駆けつけて襲撃者を拘束する様子を尻目に、ミリアはつぶやいた。

「そうでもないさ。あのマネキンは本来もっとタフなんだ。格闘術ではろくなダメージを与えられない。至近距離から強力な魔力を放てるモニカくんと魔力濃度が恐ろしく濃いノルンくん、そして魔女のミリアさんだからこそ、簡単に倒せたのさ」

「本来ならあのマネキンは、倒しても倒しても立ち向かってくるんだけどね」と間々田さんは含み笑いを漏らす。モニカはマネキンを投げ飛ばす際に、ノルンの炎の魔法で、それぞれ相手の魔力を遮断していたらしい。

 モニカ、そしてまだ子供のノルンにも専門家を名乗るにふさわしい力があるようだ。

「ノルンは魔力が炎になる体質で、無属性の魔法はほとんど使えない代わりに、炎を扱うとこのとおりよ。魔力が強いとはいえ、人形ごとき相手になりませんわ」

 モニカがノルンをそう称えると、ノルンはそっぽを向く。だがその表情は嬉しさを隠せない様子だ。

「この家、結構気に入っていたのですけど。今日は使えそうにないですわね」

 モニカはガラスの破片が散らばる屋内を見て、ちょっと残念そうにつぶやいた。ガラスの破片や動かなくなった人形は、この後警察に押収されるはずだ。当面の危機が去ってミリアは一息つくことができた。家が壊れた責任の一端は、ミリアにもある。ちょっと気まずい思いをするミリアだった。

「今日は駅前のホテルに泊まるしかないですわね。女3人、アイラを入れると4人、で一部屋にはなるでしょうけど。ノルン、まとめてある荷物を取ってきてくれるかしら?」

 ノルンはうなずくと、2階に荷物を取りに行く。

「駅前というとヒドルンホテル? あそこめちゃくちゃ高いはずだよ?」

 驚くミリアだが、モニカはあっさりという。

「祖父に言って2部屋くらい用意してもらいますわ。すぐに迎えが来るはずですわ」

 話しているそばから車が家の前に止まる音が聞こえた。ミリアが割れた窓から表を覗くと、リムジンからスーツを着た女性が下りてくるのが見えた。

「お嬢様! お怪我はありませんか? お部屋は用意しました。ささ、どうぞこちらへ」

 勢いよく話す女性を見て、不意にミリアは家族の危機を思い出す。こちらが無事だからと言って両親やアイラたちも問題ないとは限らない。人数にものを言わせて同時に襲われている可能性も少なくない。

「待って、うちの両親は無事なの?」

「さっきも言ったけど、私たちにできることはない。いい加減理解しろ」

 戻ってくるなり、吐き捨てるように言うノルン。ミリアは少女の顔を睨みつける。

「あんたには人の気持ちがわからないの!?」

「ここで怒っても事態は変わらない。おとなしくスクワーレを待つべき」

 ノルンはすました顔でそう言い返す。ミリアを見下すように話すノルンに、ミリアは思わずいら立ちをぶつける。

「私の両親が襲われているかもしれないのよ!? 落ち着いていられるわけないじゃない!!」

 憤るミリアを止めたのはモニカだった。

「ミリア、落ち着いて。気持ちは痛いほどよくわかるけど、今から出かけても間に合わないですわ。大丈夫、アイラが優秀な魔法使いなのはあなたも知ってるでしょう? そしてワタクシたちのリーダーは優秀ですわ。何かあったらアイラがすぐに伝えてくれるはずですの。私たちは大人しくホテルで待ちましょう」

「でも!」

 アイラの言葉を聞いても焦りは募るばかりだったが、モニカは静かに首を横に振る。今すぐにでも飛び出していきたいが、さっきの戦いで自分は何もできなかったことを思い出す。アイラたちの足を引っ張るのは目に見えていた。納得できない思いはそのままに、ミリアはホテルに向かうことにしたのだった。

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