路上での襲撃

 モニカを護衛に登校すると、今までにない視線を感じた。何しろ彼女はモデル並みに顔が整ったスタイルの良い美女だ。男どもの視線を一手に集めている。こんなに目立って大丈夫なのか――、ミリアは不安になりながら、教授の待つ研究室へと向かった。

 教室の窓からはスカイラインタワーが見える。眺めの良い景色に感動したのは昔の話だ。スカイラインタワーを背に、尾藤教授はミリアをねぎらう。

「やあ、今日はモニカ君が護衛なんだね」

 明るい声で挨拶すると、ミリアたちに座るよう指示する。モニカは教授に黙礼すると、大人しく席に着く。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 恐縮したように挨拶するミリアに、モニカも続く。

「尾藤教授、しばらくお世話になりますわ」

 アイラと面識があったことから予想できたが、尾藤教授はどうやらモニカとも顔見知りのようだ。


 挨拶もそこそこに、さっそく訓練に入るミリア。訓練は驚くほどスムーズに進んだ。

「しかしさすがだね。もう魔術の基本的なことは習得できている。魔女候補と言われるのもうなずけるわけだ」

 成果を見て、尾藤教授は驚きを隠さない。

「あの・・・授業で大雑把なことは聞いていますが、専門的に言うと、魔女の定義ってなんなんですか?」

 ミリアは尋ねた。尾藤教授は優しげな表情をして答える。

「僕の授業では強い魔力を持った6人のこと、としか言っていなかったね。条件としては、巨大な魔力を持つこと、魔力との親和性が高く通常魔術を簡単に習得できること、そしてそれぞれに特別な属性を持っている魔力保持者の女性を指すんだ」

「魔力が多くて暴走しないけじゃないんですね」

 ちょっと意外に感じるミリア。続きを話してくれたのはモニカだった。

「例えば最初の魔女は”豊饒”の力を持ち、その恩恵を受けた土地は農作物が異常に収穫できるようになったと言われていますの。同じ力を持つ魔力保持者は現在のところ確認されていないわ」

「例外はあれど、再現のヒントが全くつかめない魔法を使えるのが、魔女と言えるかもしれませんわね」と、モニカは言う。さすがに専門家の一人。答えはするするとでてきた。

「私にも特別な属性があるんですか?」

 ミリアが尋ねると尾藤教授は顎に手を当てて答える。

「君の場合はおそらく“破壊”だね。強力な2番目の魔女の遺産である“結界”を容易く破壊する力さ。魔法としては4番目の魔女の“静寂”の力に近いかもしれない。相手を傷つけずに結界だけを破壊することなんて、普通はできないんだよ?」

 そう言われてミリアは自分の手を見つめる。確かにモンスターに銃を撃った時、彼らを傷つけず、結界と装置を破壊していた。

「正直、あの結界装置を使われたら相手の魔力切れを待つか、結界ごと相手を叩き潰すしか手はありませんの。力ずくで壊す場合は相手が無事でいることはほぼないわ。一昨日のテロでうちのリーダーが相手したモンスターは死亡が確認されましたしね」

 そう聞いて、刀で斬られたモンスターを思い出す。あのおじいさん、死んでしまったのか。彼の言葉を思い出し、ミリアは胸の痛みを感じていた。

「君が撃ったモンスターは意識が混濁していたものの、命に別状はないようだよ。今は警察で取り調べを受けているらしいね」

 そう聞いて安心するミリア。自分の意志で銃を撃ったのに、まだ人を殺める覚悟はなかった。

「それにしても興味深いね。成人式の日にミリアくんが使った銃はどこへいったんだい? アイラくんも昨日は気が付いたら銃が消えてたって言ってるけど」

「無意識の魔術ってやつかもしれませんわ。本人の意思にはかかわらず、危機がきたときに自動で魔術が発動する。その銃こそがあなたの魔術なのかもしれない。ほら、3番目の魔女の“予言”の力を使うときは和紙を召喚したって言うでしょう?」

 その時ミリアの頭に浮かんだのは、あのハリネズミのぬいぐるみだった。あの生き物はミリアの魔力で生み出されたもので、銃はその力の一部として召喚できたのかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだが、なぜか尾藤教授やモニカにぬいぐるみのことを話す気にはならなかった。


 その日の訓練は午前中だけだった。尾藤教授は午後から予定があるらしかった。ミリアたちは大学の近くにある高級レストランでランチを済ませる。ミリアだけではちょっと気後れするような店に、当たり前のような顔でモニカは入っていく。モニカのおごりで食べたランチは絶品だった。

 その帰り道、モニカの視線が不意に厳しくなる。

「1人…、いや2人ですわね。襲撃さえ行えばいいというものでもないでしょうに」

 そのつぶやきを聞いて、ミリアは自分たちが襲撃にあっていることに気づく。

「っどこから?」

「後ろから一人、正面から一人ですわね」

 きょろきょろとあたりを見回すミリアに、落ち着いた様子でモニカが小声で答える。

 正面から歩いてくるのは、真新しいスーツを着た社会人。言われなければそうだとは気づかないだろう。なんの特徴もない若い男性だった。そして振り向いた先にいたのは30代くらいの女性で、こちらもただの主婦にしか見えない。

「私たち魔法対策7課のメンバーには魔力を探知できる魔術師が何人かいますの。私の場合は耳ですわ。攻撃的な魔法を使おうとする敵からは人とは違うリズムがありますの」

 言われて向かってくる2人を見るミリア。ミリアだけでは全く気付かなかっただろう。

「とりあえず、このまま家に向かいましょう」

 そういう言うと、正面の男からミリアを隠すように動くと、前の男に向かって歩き出した。

 2人は男び横を一歩一歩進んでいく。男は何事もないように歩みを進めている。2人と男がすれ違うその瞬間、男はモニカに鋭い裏拳を放つ。ミリアはいきなりの凶行に目をむくが、モニカは素早くその手をつかむと、男を投げ飛ばした。受け身も取れずに倒れた男は、あっさりと意識を手放した。そのとき男の服装が、スーツから防弾チョッキを着た軍服姿に変わる。

「背負い投げ…、こんなあっさり男の人を倒すなんて」

 ミリアはあまりに簡単に男を倒したモニカに驚愕する。

「まだですわ」とモニカは答えて振り返る。後ろから近づいた主婦風の女は驚いた様子で「大丈夫ですか?」とミリアたちに近づいた。事前にモニカに話を聞いていなければただの通行人だと判断しただろう。だが女はミリアたちに手をかざして氷の礫を放った。

「無駄ですわ」そうモニカが言うと、ミリアたちの周りに障壁が生まれたのがわかった。女が放った氷の礫はあっさりと阻まれる。

「水の魔術ですわね。だけど、その程度の魔法で私たちを襲おうだなんて、組織はちょっと焦っているようですわね」

 そう告げると、モニカは一瞬で女に踏み込み、腕と襟首をつかんで投げ飛ばす。見事な体落としだった。

 一瞬の出来事に、何が何だかわからず戸惑うミリア。モニカは安心させるかのようにミリアに微笑みかけた。

「投げるのと同時に相手を気絶させる――そういう魔術の使い方もあるから要注意ですわよ」

 そうミリアに伝えると、手慣れた様子で2人に手錠をかけた。

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