警察署にて

「へえ、よくついてくる気になったな。あんたにとっちゃ、私も怪しいだろうに」

 女は少し驚いたような表情で声をかける。

「とりあえずお店に迷惑をかけるわけにはいかないですし。それに、詳しい話も聞きたいから」

 ついていった先にあったのは最寄りの警察署・赤堤署の取調室だった。婦人警官が2人にお茶を用意してくれた。

「で、私が誘拐されるかもってどういうことですか」

 女を睨みながら訪ねるミリア。

「まあ私たちが来たのは、情報があったからさ」

 女はお茶をがぶりと飲む。

「情報があった?」

 ミリアは尋ねると、お茶を飲み干してた女は答える。

「一週間前、この町の市長の頭上に一枚の紙が降ってきた。そこには、今回の成人式で市長が狙われることと、成人式で新たな魔女が誕生することが記されていた。それを見た市長がわざわざ魔法対策課に問い合わせてきたのさ」

 ミリアはうさん臭げな目で女を一瞥する。

「まるで予言の魔女の手紙ね。でも、そんなのいたずらかもしれないじゃない」

「ところがそうじゃないんだよな」

 女は、少し身を乗り出して語る。

「予言が書かれた紙は、200年ほど前に使用されていた和紙だった。公表されていないが、実はこれ、本物の魔女の予言に使われているものと同じなんだ。今までも、魔女の予言は未来のことを正確に当ててきた。まあ一応ってことで、うちの課が市長を守るために来たってわけ」

 そう聞いても、ミリアは半信半疑だ。

「でも、だからってなんで私のところに来たの?」

 女は会話に飽きてきたのか、次第に適当な口調になる。 

「原因はわかってるだろ? 成人式の一件だ。あんた、銃で怪物を撃っただろ。そのせいで、アンタは魔女じゃないかと疑われてる。報復のために組織に誘拐される可能性もあったから、念のために、さ」

 組織――昨日のテロを起こしたとされる「暁の空」のことだ。駅南のスラムを支配する組織に狙われると聞いて、ミリアは顔色を悪くする。

「でも銃は空砲だったって・・・」

 慌てて答えるミリアに女はニヤリと笑いながら答える。

「確かにアンタの撃った銃は弾は入ってなかったし、怪物にかすり傷一つ与えなかった。でも直後に警官が撃った銃弾はしっかり怪物に届いてる。それまでは銃で傷一つ負わなかったのにな」

 女はカバンから袋に入った短い杖のようなものを見せる。

「これはあの怪物が持っていた結界発生装置――、持ち主の魔力や生命力を使って結界をつくるものさ。普通の魔法使いでも発動できるが、消耗が激しくて使い続ければ命まで削っちまう。モンスターを使ったテロには当たり前のように使われている。何しろ作動している間はほとんど無敵だからな」

 女の説明を聞きながら、ミリアは装置を見つめる。

「これ、壊れてるのが分かるか? アンタが撃った銃は鉛玉を吐き出さなかった代わりに魔力を飛ばし、これを壊した可能性がある」

 驚くミリアに、「アンタは無意識の魔力所有者ってとこかな」と女は言葉を続ける。この国では、3歳のころにすべての国民が魔力検査を受け、異常な魔力が検知された場合は国の機関の指導を受けるとされている。だがミリアは子供のころの魔力検査で引っかかることはなかった。

「子供のころから魔力を持ってるやつもいるが、成長の過程で急激に大きくなる奴もいるんだ。子供のころ魔力があるかどうかなんて、あんまりあてになんないいんだよ。ちなみにアタシは、13のころに魔力に目覚めた」

 確かに、あの一件以来、自分の中に魔力の存在を感じられるようになっている。この魔力が組織に狙われるきっかけになったというのか。

「でも魔力があるからって私を攫おうとするなんて・・・」

 戸惑うミリアに、女は言葉を続ける。

「この結界は一度発動したら時間切れを待つのがセオリーなんだ。魔法使いとはいえ簡単に破壊できるものじゃないからね。でもあんたは魔法一発で壊しちまった。覚醒していきなり魔法を使えるなんて普通はできない。それこそ、魔女でもない限りはね」

 魔女――それはここ赤堤市の歴史に深くかかわってくる存在だ。約300年前、それまで魔物が集い、荒れ地で作物も全く育たなかったこの土地に一人の女が現れた。その女は、膨大な魔力で土地に力を与え、豊饒な土地に変えた。外から逃れてきた難民に土地を与え、この国有数の農業地域を作り上げたと言われている。

 彼女は膨大な魔力を持ち、一目見ただけであらゆる魔法を使いこなしたという。最初の魔女と言われ、その功績は今でも様々な形で言い伝えられている。ここ赤堤市にはそれ以降、何人もの魔女が誕生し、人々の生活を豊かにしてきた。

 ミリアも幼いころからこの物語を聞かされて育ってきた。高校時代の部活も大学のゼミも、魔女について研究するために選んだといっても過言ではない。

 そんな憧れの魔女かもしれないと聞いても、ミリアは喜びよりもむしろ戸惑いが大きかった。女は続ける。

「魔女って言われる存在は、後天的に魔力を覚醒した人間がなるとると言われている。5番目の、『治癒』の魔女が覚醒したのは40代だったと言われてるしな。20歳のアンタが魔女に覚醒したとしても何の不思議もないわけだ」

 実際に過去の魔女は、6人全員が、成人後に何かのきっかけがあって高い魔力に目覚めている。ミリアにとっては先日のモンスタートレインが覚醒のきっかけになったと言えないこともない。

 少なくとも今のミリアは普通の女子大生だ。魔女と言われても何もできることはない。

「あんたが本当に魔女かどうかはわからない。でも少なくとも、組織から狙われていることは確かみたいだ。少なくとも、身を守る術を身に着けるまで護衛したいというのが私たちの考えなわけ」

 女のその言葉にミリアは驚きを隠せない。

「私たち? 警察がずっと張り付くってこと?」

 警察がずっと身辺警護に来る生活なんて御免だ――。ミリアはその光景を想像して青くなる。仕事しているときも遊んでいるときも友達と遊んでいるときも、どこかで警官が見張っているなんて。日常が崩れていく様子を想像し、ミリアは絶望的な気分になる。

「しばらく護衛するとして・・・、いつまで張り付くつもりなのよ」

 口をとがらせるミリア。このままでは学校もバイトも今までのように通うことはできない。特に大学のゼミは苦労してレポートを仕上げたことで何とか所属を許されているのだ。

「少なくとも『暁の空』がおとなしくなるまでさ。アンタも誘拐されるのは嫌だろう? 高い魔力を持ちながら世間に溶け込んでいる人は少なくない。そんな人たちは力を隠す方法や戦い方、人脈をしっかり持っているものさ。アンタが何らかの力を身に着けるまで、少なくとも組織があんたをあきらめるまで、私たち魔法対策7課が護衛させてもらう」

 そう言うと、女はミリアに向き直る。

「私は佐伯アイラ。しばらくは私があんたにつくことになった。短い付き合いか長くなるかは分からないけど、まあよろしくな」。

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