護衛とともに

「というわけで、なんかわかんないけど護衛が付くことになったのよ。もう面倒なことこの上ないって感じ」

「そうか。お前も大変だな。オレのほうも詳しくは言えないけどちょっと面倒なことになった」

「警察官も大変だね」

 家に帰ったミリアは、レオに電話を掛ける。お互いの無事を報告するのも早々に、今日会った事件について愚痴をこぼす。あの後、アイラはミリアの両親に現状を報告するとともに、しばらくはセーフハウスにかくまうことを伝えた。両親は心配そうな表情をしていたが、くれぐれもよろしくと、年下のアイラに何度も頭を下げていたのが印象的だった。

「それでミリアはこっちにいるんだろう?」

「まあ一応ね。大学のゼミにはいきたいし、護衛が付くからバイトには行けないけど、大学には通っていいってさ。レオとも離れたくないしね。早く無事な姿を見たいな」

 甘えるように言うと、レオも嬉しそうに言葉を返してくれた。

「おれもミリアの顔を早く見たい。一日も早く会えるようにするからさ」

 言葉を聞くと安心する。組織に狙われているという現状は不安しかないが、こうしてレオの声を聴くと心が少し落ち着いた。

「あ、ごめん。明日早いんだよね? また電話するね、おやすみ」

「ああ、おやすみ。次はこっちから電話するからな」

 電話が切れると、少し心細くなる。余韻に浸るミリアに、幼い声がかけられた。

「大丈夫モグか。ミリア、今日は色々あったモグからね~」

「一番ショックなのはアンタの存在なんだけどね」

 ミリアは憮然として言う。そんなミリアに、ぬいぐるみは真面目な声で言葉をかける。

「でも気を付けるモグ。警察だからと言って信用できるとは限らないモグ。特に炎の魔術を使う魔法使いには気を付けるモグよ」

 急に真剣みを帯びたその声に不安を感じるミリア。

「アンタ、本当にどういう存在なの? あの銃のことといい、こっちはわからないことばかりよ。知ってることがあるなら教えて」

 そう問い詰めると、ぬいぐるみは泣きそうな表情で答える。

「ごめんモグ。今言えることはほとんどないモグ。ミリアが無事に過ごせるよう頑張ってサポートするから、今は信じてほしいモグ」

 こんな言葉で納得できる人間はいないだろう。怪しげな言葉をかける怪しげな存在だったが、それでもミリアはそれ以上ぬいぐるみを詰問することができない。そればかりか、悲しそうなぬいぐるみを見て、ミリアに後悔が押し寄せる。なぜかその表情に懐かしさを覚え、取り繕うかのように早口で言葉を返す。

「まあいいけど。アンタが私の味方なのはなんとなくわかるし。でもいえるようになったらすぐいうのよ?」

 ほぼ反射的にそう言ったミリアだった。前にも誰かに同じような言葉をかけた気がする。そんなデジャブを感じながら、ミリアはぬいぐるみを励まし続けた。



「それで彼女が護衛につくというわけだね」

 大学のゼミの教室で尾藤教授はどこか面白がるかの様子でミリアに声をかけた。

「はい・・・。私もよくわからないんですけど、なんか組織に狙われてるらしくて・・・。教授、迷惑かけてすみません」

「話を聞く限り君が悪いわけじゃない。むしろ君が魔女かもしれないって? すごいよね! 魔力保持者とは大勢会ってきたけど、候補とはいえ魔女と話したのは初めてだよ!」

 尾藤教授は興奮した様子だった。ミリアは詳しい話をしていないが、尾藤教授は事情を知っているようだ。アイラを盗み見ると、彼女は肩をすくめて見せた。

「教授にはうちのメンバーでも世話になっているヤツがいる。魔法についての専門家で協力を要請することも多いしな。というわけで教授、ミリアは私たちが護衛することになった。色々手を借りることになるけどよろしく」

 アイラの気だるげな言葉に、教授は嬉しそうに返事をする。

「もちろんだよ。授業のことは私でできる範囲でなんとかしよう。それより、組織があきらめるまでって、何かあてはあるのかい?」

「とりあえずコイツが魔法の使い方を覚えていくことが第一かな。身を守る方法や助けを呼ぶ方法、いざというとき頼れる人なんかを教えていこうと思ってる。まあ実戦でこいつの力を見る機会はありそうだし、そのあたりはおいおいだな」

 アイラの言葉に、不意に尾藤教授の表情が鋭くなる。

「彼女をおとりにするつもりかな」

 厳しい口調で尋ねた教授に、アイラは獰猛な笑みで答えた。

「あの・・・。おとりって?」

 戸惑いながら訪ねるミリアに、教授は答える。

「魔女候補を誘拐するには組織も強い魔力保持者を使ってくる可能性が高い。警察は君をおとりに組織のエージェントを捕まえようとしているかもしれない」

「なんですって!」

 怒りの表情を見せるミリアにアイラは余裕の表情で答える。

「アンタ、いつまで護衛が必要なのッて聞いたな。答えは組織が壊滅するまでってことになる。だってそうだろう? 組織がアンタに手を出さないってどうやって判断する? アンタを守るには中央でかくまうってのが一番だ。その場合はアンタに過去を捨ててもらう必要があるけどそっちのほうがお好みだったか?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

 ミリアの怒りはすぐに鎮火してしまう。自分が思っているより状況は良くないと知って顔を青くする。

「アンタの家族にはもう話を通してあるだろ。中央にかくまうのかこっちで護衛するかを聞いたら、すごい剣幕で怒ってたけどな。でもアンタはこっちに残ることを希望したんだろ?」

 アイラの言うとおりだった。昨夜、両親から状況とミリアの希望について尋ねられたが、ミリアは両親やレオ、友人たちやマユミさんたちと離れる選択はできなかった。だが警察が自分をおとりに使うと聞いてさすがに動揺を隠せなかった。

「うちの上司はなかなか尻尾を見せなかった組織の上位魔力保持者が現れるかもと知って張り切ってるよ」と笑うアイラに反発心が起きる。

「アンタ、他人事のように言わないでよ!」

 憤慨するミリアだが、まったく気にしていない様子のアイラは「ハイハイ」と手を振った。

「まあミリア君が魔法をきちっと使えるように私がサポートするからね」

 取りなすように話す尾藤教授に、苦虫を噛み潰したような顔で「よろしくお願いします」とあきらめの混じりに答えるミリアだった。

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