バイト先で2

 仕事をしている時間はなぜこんなに時計の針が進まないんだろう。ミリアは自問自答しながら皿を運ぶ。あの怪しげな女はゆっくりと酒を飲んでいる。早く帰ってくれないかな――、そう思っていた時に新規客の来店を知らせる鐘が鳴った。

「いらっしゃいませ」ミリアは反射的に声をかける。入店してきたのはトレンチコートを着た男だった。後ろには無表情の男が3人控えていた。全員、ラグビーでもやっていそうなくらい、体は筋肉に包まれていた。

 トレンチコートの男はミリアを見つけると微笑みかける。

「ああ、間違いない。鐘ヶ淵ミリアさんだね」

「はい? そうですけど」

 初対面の相手から名前を呼ばれたのは今日2回目だ。戸惑うミリアの目をトレンチコートの男は嬉しそうに表情を崩す。そして、ミリアの目を見つめてきた。

「ちょっと一緒に来てくれるかな」

 何を言っているの――そう抵抗しようとするが、体が思うように動かなかった。あせるミリアは男の目が怪しく光っていることに気づいた。この目を見続けてはいけない。直感的にそう思ったが、目線をそらすことはできなかった。

「ほう、さすがに体を操ることはできないか。でも、僕の力はしっかり効いてているみたいだね」

 そう言うと、連れの男たちに向かって顎をしゃくる。男たちはうなずくと、ミリアを取り囲むように動き出した。

「な、なにをしているんですか」

 ホールの様子を見に来た店長のマユミがミリアを助けようと前に出る。しかし、男の一人が素早く進路を阻むと、いきなり突き飛ばしてきた。突然の暴力に、あたりは静まり返る。ケイは悲鳴を上げる。ミリアは抵抗しようと身をよじろうとするが、体を動かすことはできなかった。

 男の一人がミリアを掴もうとしたその時、男の一人が吹き飛んだ。

「暴行の現行犯だな」

 男を蹴り上げたのは、露出度の高いあの女だった。仲間が吹き飛ばされたのを見てもトレンチコートの男は焦らない。

「邪魔をしないでいただけますか」

 連れの男たちがトレンチコートをかばうように前に出る。男たちの後ろでトレンチコートの男の目が怪しく光った。

「あはははははは!!」

 女は急に笑い出すと、男たちに襲い掛かった。一番近くにいた男の側頭部を蹴り上げると、返す刀で2人目の横っ面を殴り、その勢いのまま腹部を蹴り飛ばした。

 仲間を次々と倒す女に、さすがのトレンチコートも焦りを隠せなかった。

「な、なぜ私の術がきかない!?」

 トレンチコートの男は動揺し、女の顔を見て驚く。女は目を閉じて戦っていたのだ。その状態でも相手を正確に蹴り上げる技術を前に、トレンチコートは息を飲む。

「くひひ、とりあえず、署で詳しく話を聞かせてもうよ。今は寝ちまいな!」

 そういうや否や、トレンチコートの男に接近して蹴り飛ばそうとする。男は間一髪で回避すると、懐から銃を取り出した。

「いいのかい、そのまま撃っても」

 女は嘲笑する。訝し気な表情をするトレンチコートだが、いつの間にか銃に1本の手が取りついていることに気づく。手首から先だけの手は、人差し指を銃口に突っ込み、絡みつくように銃にとりついていた。

「!? いつの間に」

 女はトレンチコートの男を嘲笑すると一瞬で近づき、その顎を蹴り上げた。


 決着はあっという間だった。女は懐から手袋を取り出し、男たち一人一人に近づいた。そして相手の体に手を当てると、相手の体はビクンっと跳ねる。中にはまだ意識がある男もいたが、そのまま気絶したかのようだった。あの手袋はスタンガンのような効果があるようだった。

「あなたたち・・・、いったい何なんですか」

 マユミはよろよろと立ち上がりながら、それでもミリアを守るように立ちふさがる。

「ああ、ちょっと待て。すぐに警察が来るからな」

 女は悠然とした態度で答える。そして取り出したのは、女の写真が張り付けられた警察手帳だ。そこには、警視庁特別捜査官と記されていた。

「私は魔法関連の特別捜査官さ。その女が誘拐される可能性があると聞いて様子見で立ち寄っただけのね」

「へ? 私が?」

 女は顎でミリアを指した。ミリアは戸惑う。確かに父は弁護士で少しばかりお金を持っているかもだが、誘拐されるような身の上では決してなかった。思い当たることはない…昨日のあの事件以外には。

 納得しがたい思いのミリアだが、そのとき入り口から背の高い長髪の男が入ってきた。その男の後ろから警官たちが駆け付け、トレンチコートの男たちを捕まえていった。

「そっちは終わったようだな」

 長髪の男が確認すると、女はけだるげな表情になる。

「まあな。ちょろいもんだよ」

 そしてミリアに向き合うと、「詳しい話は署でしようか」とついて来るように指示してきた。マユミは「ちょっと、なんでミリアが・・」とかばってくれたが、「大丈夫ですから」とミリアは女についていくことを選んだ。

「大丈夫なの? 何かあったらすぐ知らせるのよ」

「ありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」

 ミリアは素早く着替えると、バッグを手に女のところに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る