バイト先で1
ミリアがバイト先の居酒屋「十六夜」に入ると、マスターのマユミが声をかけてくれた。
ケイが着替えているところだった。
「ミリアちゃん! ケイから聞いたわよ、大丈夫だった?」
女言葉で声をかけるマスターは、市長には劣るものの、筋骨隆々の乙女だった。高校卒業したてのミリアとケイをホールスタッフとして雇ってくれた恩人だ。
「ご心配をおかけしました」
「もう、あんな事故に巻き込まれたんだから、休んでよかったのに」
「いえ、今月ピンチなんで給料が減っちゃうのは厳しいっす」
照れたように言うミリアに、マユミはあきれたような声を上げた。
「無理しちゃだめだからね」
心配する声を聴きながら、事務所で素早く着替えるミリア。カウンターと2組のテーブル席があるだけの小さな店舗だが、不思議と客が途切れることはない。ホールにはすでにケイが忙しく料理を運んでいた。
「ケイも怪我がないようでよかった」
メールでやり取りしていたとはいえ、無事を確認出来て喜ぶ2人。
「いやでも、ミリアはやっぱり『撃つ』女だね。アイも『ミリアらしい』って言ってたよ」
「実はあの時のことはあんまり覚えていないんだ。私、どこから銃をとりだしたの?」
「えっ、床に落ちてた銃を拾ったとかじゃない? 警備員何人も倒れてたし。まあミリアなら銃を拾ったら撃つだろうと思ってたけど」と笑うケイ。
「それにしてもとんだ成人式になったもんだよね。まさかテロに巻き込まれるとは」
いつも通りの友人に安心して声をかけるミリア。
「参加した人のなかにはトラウマになっちゃった人もいるらしいよ。人が多いところが怖くなったりね。まあ、アンタはそういうのに縁がなさそうだけど」
「どういう意味よ」
軽口をたたきながらお互いに笑い合う。
「さあ、店に出たからにはちゃんと働きなさいね」
雑談を交わす2人を軽く𠮟りながら店長はお酒を出す。あわててお酒を運ぶミリア。慌ただしく仕事の時間は始まった。
「ビールとおしんこセットとから揚げですね。少々お待ちください」
ホールで受付をするミリア。常連のお客さんからは「大丈夫だった?」と心配の声もあったが、仕事時間は概ねいつも通り過ぎるかと思われた。
カランカラン――。
新規客の来店を知らせる鐘の音に、「いらっしゃいませ」と反射的に挨拶するミリア。
入店してきたのは若い女性だ。金髪に染めた髪にヘアバンドを留め、前髪をかきあげている。猫のような目を吊り上げた、気の強そうな印象のある顔のにリアと同じ年頃の女だ。もう冬だというのにコートの下はノースリーブのシャツとホットパンツ。タイツこそ履いているものの、露出度の高い恰好をしている。
(見たことない顔・・・新規のお客さんかな)
女はカウンターに座ると、「ジントニック」とメニューも見ずに注文する。
おっかなびっくりで「少々お待ちください」と厨房に下がる。マユミさんが素早く飲み物を作ってくれる。ミリアはケイに代わってもらおうかと思ったが、あいにく彼女は他のお客さんの注文を取りに行っていた。仕方なしに、愛想笑いを浮かべながらカウンターへ向かう。
「ジントニックです」とミリアが渡すと、女は嘗め回すかのような目でミリアの顔を見た。
「あんたが鐘ヶ淵ミリアだね」
急に名前を呼ばれて戸惑うミリア。
「そ、そうですけど、なにか?」
「いや、思ったより普通だなと思ってさ」
女は気味の悪いことを言う。ミリアは怪訝な思いをしながら一礼してその場を離れる。
「ミリア、どうしたの?」
注文を取って戻ってきたケイが心配そうに尋ねるが、
「いや、なんか急に名前呼ばれて・・」と答えるしかなかった。
「ちょっと変な感じだね。あのお客さんには私が付くよ」
かばってくれた友人の言葉をありがたく思いながら、ミリアは外の客の注文を取るべく足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます