一夜明けて

 目覚めたら白い部屋の中にいた。

「ミリア! 目を覚ましたのね。あんた、大丈夫なの?」

 母の言葉に、意識が少しずつ戻っていく。そして自分がベッドに横たわっていることに気づいた。

「母さん・・・、あれ、ここは?」

「ここは警察病院の病室よ。あんた、セレモニーホールで事故に巻き込まれたのよ」

 その言葉を聞いて思い出す。市長の演説、ふさがれた出口、そして、襲い掛かってきた犬の顔のモンスター・・・。

「あ、アリーナに怪物が現れて・・・・、警備の人たちが襲われて・・・、怪物が私たちのほうに近づいて・・」

 思い出すにつれ、顔色が悪くなっていく。悪夢のような出来事だった。

「み、みんなは無事なの? レオは?」

「落ち着きなさい。みんな命に別状はないわ。レオ君はちょっと打撲が残ったみたいだけど、意識をなくしたのはあんただけよ」

 友人たちが無事と聞いてほっと胸をなでおろす。よかった。なんとか切り抜けられたようだ。

 安堵のため息を漏らすミリアを心配そうに見ながら、母は「刑事さんがあんたに聞きたいことがあるって」と爆弾を落とす。そうだ、私は銃でモンスターを撃ったんだった。

 青くなるミリアに、「明日改めて事情を聴きたいそうよ」と教えてくれた。銃の出どころとか聞かれても、まさか馬鹿正直に「ぬいぐるみからもらいました」といえるはずがない。絶対信じてもらえないし・・・。青くなるミリア。そういえば、怪物を撃った銃はどこにいった?

「私、なんか持ってなかった?」

「刑事さんもなんか銃がどうとか言ってたけど、何にも持ってなかったみたいよ。アンタの友達も荷物検査されたみたいだけど、誰からも何も見つからなかったって」

「へ?」

 私はぬいぐるみから渡された銃で確かに怪物を撃ったはず・・・、そこまでは覚えている。でもそのあとすぐ気を失って・・・。撃った後に銃を誰かに奪われた?

「治癒の魔法も処置されたわ。あなたには明日までこの病室使っていいそうだから、今日はこのまま休みなさい。母さん、ここでついててあげるから。友達もみんな今日は帰ったみたいよ」

 治癒の魔法は5番目の魔女が開発したとされる優秀な魔法だ。ある程度魔力のある治療士なら使えるとされ、大きな病院なら使い手がいる。彼らに処置されたというなら、そこそこ重傷だったということだ。

「・・・・ありがとう。もうだめ、今日は寝る」

 とりあえず、ミリアは考えることを放棄した・・・。



「お嬢さん、正直に答えてほしい。君は銃で怪物を撃ったはずだ。目撃者も多数いる。その銃はどこへやったんだい?」

 翌朝、病室に事情を聴きに来たのは中年のいかつい顔をした刑事さんだった。

「すみません、あの時のことはあんまり覚えてなくて・・・」

 ミリアはとりあえず神妙な顔でとぼけることにした。

「刑事さん! ミリアは被害者なんですよ? なんで犯人扱いするんですかっ! そんなことよりも、テロを起こした犯人をさっさと捕まえてください!」

 母が横から口をはさむ。こういう時は頼りになるなぁ。そんなことを思いながら、何とか切り抜けられそうだと安心する。

「いやしかしね、お母さん。お嬢さんが銃で怪物を撃ったのを見た人が何人もいるんですよ。銃の行方もまだわからないし、こちらとしても事情を詳しく聞かなきゃいけないことはご理解ください」

「たとえミリアが撃ったとしても、怪物相手なら正当防衛じゃないですか! だいたい、あなたたち警察がしっかりしてくれないから、ミリアが巻き込まれちゃったんじゃない! うちの夫は弁護士なんです。警察の不祥事、しっかりと追及してもらいますからね」

 鼻息荒く警察を相手取る母を見て、もうひとりの若手刑事が「お母さん、いつもあんな感じなの?」と小声で尋ねる。

「すみません」と謝るミリア。年配の刑事と母はヒートアップして口論になっていた。

「でも銃を撃ったとはいえ、おそらく空砲だったんだけどね」

「え? そうなんですか」

「うん、怪物の体内からはうちの若いのが撃った弾しか検出されなかったんだ。銃が見つかってないのは問題だけど、おそらく緊急時の措置とみられるだろうし、君が罪に問われることはないんじゃないかな」若い刑事は気楽な顔でそう話す。

「怪物を殴りつけた勇敢な彼ももう退院したしね。銃を撃った反応もなかったし、実は君のことはあんまり問題視されていない。警備体制とか、市長の安全とか、そっちのほうで責任追及の話があるけどね」 若い刑事の言葉に安心するミリア。激しくにらみ合いながら罵り合う母と年配刑事を尻目に、レオに連絡しないと、と友人たちの無事を祈った。

 結局刑事たちは1時間ほど事情を聴いたが、母の抵抗が激しく、またミリアは知らぬ存ぜぬを貫き通した。だいたい、ぬいぐるみからもらいました、なんて答えてもあきれられるだけなのは目に見えている。そして、ミリアにはあのぬいぐるみを警察に売ることはどうしてもできなかった。

「ミリアはまだ体調が戻っていないんです。今日はこのくらいにしてもらえますか」

 母の言葉に、2人の刑事はあきらめたようにため息をついた。

「わかりました。何か思い出したことがあれば連絡をお願いします」

 名刺を渡し、足早に立ち去る刑事たち。疑いは全然晴れてないだろうな――ミリアはどこか他人事のように思った。

「さ、あんたは少し眠りなさい。大丈夫よ、なんかあったらお父さんに言ってもらうから」

 母が優しくそう伝える。

「うん、ありがとね」答え、ミリアは目を閉じる。頭に浮かんだのは、怪物に放った銃のことだ。振り返ってみても、普通の銃ではなかった。あの時撃った銃弾は、確かに怪物のなにかを破壊した。何を破壊したのかは、今一つ分からないけど――。

「ま、いっか。寝よ」

 ミリアは、大人しく眠ることにした。


 父が運転する車の後部座席で、ミリアはなんともなしに外の景色を眺めていた。膝の上にはいつものバッグがあり、持ち手にはあのハリネズミのぬいぐるみが揺れていた。動きだしそうな様子は今のところない。

 気味悪く思う気持ちがないわけではなかったが、ミリアはそのままぬいぐるみを持ち帰ることにした。

「とりあえず今日はゆっくり休みなさいね」隣の母は心配そうにそう告げる。メールで無事を確認したが、アイたちはもう家に帰ってるそうだ。バイト先にはケイうまく言ってくれたようだ。

 レオからもメッセージが届いていた。本人もヒューゴも大きな怪我はなく、安心してほしいとの言葉があった。近いうち、電話することを決めるミリアだった。

「しかしモンスタートレインか。市長が悪いわけじゃないが巻き込まれるほうはたまったものじゃないな」

 父は疲れたように首を振る。

「あなた、ミリアの前では・・・」

「おっと、すまんすまん」

 母が気を遣うように言うと、父も慌てて謝った。

「ううん、もう大丈夫。ねえ、あの事件で怪我人とか大丈夫だったの?」

「新成人に死者は出なかったらしい。ただ、警備員に重傷者が何人かでたらしくてな。ああ、レオ君やヒョーゴくんの無事は確認できたよ」

 そう言えば刑事さんもそんなこと言ってたな、とぼんやりとした頭で考えた。

 そして考えるのはあの事件のことだ。モンスタートレイン。ネットゲームから飛び出したようなこの言葉の意味は、薬を使って人や動物をモンスターに変えて人をおそわせるテロのことを言う。怪物にはたいてい結界装置が装備され、巻き込まれた人は銃が効かない怪物に襲われるという恐怖を味わうことになる。

「テロに対抗するために中央から専門家が来ているという話があったが、今回モンスターが迅速に処理されたのは彼らのおかげらしい。まあ、モンスターに勇敢に立ち向かった若手警官もいたから、うちの人材も捨てたものじゃないけどね」

 ミリアはモンスターに殴り掛かったレオと素早く銃撃したヒョーゴのことを思い出す。特にレオは、空手の全国大会に出場という実績があるからといって、武器もなしに戦って、よく無事だったものだと思う。

「まあ今日は家でゆっくりしなさい。明日のバイトも休んじゃっていいからね」母は心配そうに声をかける。

「いや今月ピンチだから明日はバイトにいくよ」

 慌てて言うミリア。

「大丈夫なのか?」心配そうに尋ねる父と「無理しなくていいのに」と気遣う母。だが当のミリアはケイに詳しい話を聞いてみようと、明日の仕事に思いを馳せていた。

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