成人式2

 液体を打つと、老人は苦しそうにしゃがみ込む。

「う、うう・・・」

 苦しそうにうめき声をあげると、体を抱えて小さくなる。しかし次の瞬間、老人の体が大きく震える。そして震えるたびに体が膨張していった。

 少しずつ、老人は人でないものに変わっていった。

「うがぁぁぁぁ!!」

 一声吠えると、両手を広げて立ち上がる。その顔は人間のものではなく、犬のように口が伸び、鋭い牙が伸びていた。

「きゃあああああああああ!」

 新成人の誰かが悲鳴を上げた。会場は一気にパニックになる。

 3人の警備員が取り押さえようと近づくが、振り回された腕に吹き飛ばされる。

「モンスタートレイン・・・!!」

 アワジがつぶやく。そして会場のいたるところで悲鳴が上がる。

 怪物に変化した老人を見て、新成人たちは我先にと逃げ出そうとする。

「俺たちも逃げないと・・・」

 アワジが青い顔で言葉を漏らす。

「まて!! 入口を見てみろ!」

 レオが逃げようとするアワジを止める。気が付くとホールの後方にある3つの出口にそれぞれ人が立ちふさがっていた。その3人はらんらんと輝く瞳で新成人たちを見渡し、首筋に注射器を打ち込んだ。叫び声とともに、体が膨張する。3体のモンスターによってあっという間に退路を断たれた。

「う、うわーーー!!」

 入り口の傍にいる警備員がパニックになり、銃をモンスターに向けた。バン、バン、バン。乾いた音が会場に響くが、怪物の周りに現れた障壁にあっさりと弾かれる。

「あ、あれ、もしかして結界ってやつ!?」

 ケイが驚いた表情でレオに尋ねる。レオは焦った様子でモンスターを睨む。

「銃がまったくきかないってか・・・!」

 茫然とした様子のレオに、アイが焦ったように叫ぶ。

「とにかく、どうにかして逃げないと・・・!」

 とはいえどうすればいいのか、ミリアは考える。

 入口にいるモンスターは逃げようとする新成人を威嚇し、最初に変化したモンスターは市長に向かって歩みを進めていく。

 そして後ろ側の来賓席からへらへらと笑う一人の男が現れ、自分の首筋に注射器を打ち込んだ。

「今日、この赤堤町で成人を迎えられるものはいない! みんな俺たちに殺されるからなぁ!」

 そして、男の体は膨らんだ――。


「くそっ、逃げ場が全部防がれてるじゃないか!」

 アワジが吐き捨てる。警備員たちは新成人を守ろうとするが、怪物が振り回す長い腕にあっさりと吹き飛ばされる。

 3か所の入り口のモンスターは動く様子はない。完全に退路を断たれたのだ。

 壇上を見ると、警備員に守られた市長が厳しい表情でモンスターをにらみつけていた。

「私に恨みを持つのならなぜ私だけを狙わない! ここにいるのは未来を創る新成人たちなんだぞ!」

「ダマレ! ワタシノ娘ハ成人式ヲ迎エラレナカッタノニ。ダレモガ娘ノ死ヲ仕方ナカッタトイウ。ソンナハズハナイ! アノ子ガ死ヌナンテ、コンナ世界ハ間違ッテイル!」

 最初に変身したモンスターはくぐもった声で叫ぶ。そして壇上に向かい走り出した。市長をかばう警備員の表情は恐怖に震えていた。

「せっかくの晴れの日になんということを・・・」

 悔し気に嘆く市長とモンスターとの距離が5メートルまで縮まったときだった。壇上の幕間から刀を構えた一人の男が飛び出してきたのだ。

 男は一瞬でモンスターに近づくと、刀を一閃。男はモンスターの胴にけさぎりの一撃を放つと、ひるんだ隙に蹴り斬り飛ばした。

「政府側の警備兵か!!」

 新成人から嬉しそうな声が上がった。最初のモンスターは壁に吹き飛ばされると、紫の電流が流れ、そのまま倒れ込む。モンスターは再び立ち上がろうとあがくが、力は戻らず、そのまま動かなくなった。

 市長側の警備員の活躍に、新成人たちの顔に希望の火が灯る。モンスターを倒した長身の男はそのまま壇上を飛び降り、人の波を避けながら出口をふさぐモンスターに向かった。

「あのイケメン、やるぅ!!」

「よ、よし、あの人が来てくれたら逃げられる!!」

 安堵の表情を浮かべたアイとアワジだったが、隣のレオは厳しい表情を崩さない。

「あの化け物を何とか出来たらな」

 気づけば、最後に化けたモンスターがミリアたちの前に立ちふさがっていた。


 モンスターは周りの新成人を殴り倒しながら、ミリアたちのほうにゆっくりと足を進めていた。

「くそっ!」

 レオがモンスターの進路に飛び出し、ミリアを守ろうとする。

「レオ! 銃とか持ってないの?」

「そんなもの持って会場に入れるわけないだろ!」

 それでもミリアたちを守ろうとしてくれる。いつもなら頼もしいはずの背中だが、今は不安しか感じない。

 嫌な予感にさいなまれるミリアに、幼い声が聞こえてきた。

「ミリア、戦うモグ」

「へ?」

 椅子の下に置いたバッグの、あのぬいぐるみだ。

 そうだ、私のぬいぐるみはしゃべって動くんだった――。今朝起きたばかりの不思議な出来事が遠い昔のことのように感じた。

「いや、戦うって、武器もないのにそんなこととできるわけないじゃない」

「これを使うモグ」

 そう言って取り出したのは、一丁の拳銃だった。

「こんなもの、どこに隠してたのよ!」

 ミリアは叫び返すが、モググは不敵に笑う。

「モグにはモグの秘策があるモグよ。それより、この銃であいつを撃つモグ!」

 驚くミリアだが、さすがに戸惑いを隠せない。

「い、いや銃なんて撃ったことないし」

 戸惑うミリアの頭に浮かんだのは、あの和紙の一文だ。

 自分を信じて迷わず打ちなさい――、あの言葉はこの状況のことを言っていたのか。でも「打つ」って・・・。「撃つ」じゃないの?っとミリアは余計なことを考える。

「これはただの銃じゃない、ミリアのためだけの“魔銃”モグよ。ミリアにしか扱えない銃だモグ」

 ぬいぐるみの言葉を無視し、ミリアは誰か代わりに戦える人はいないかと周りを見渡す。アイとケイはいきなり叫びだしたミリアに驚いている様子だが、その視線はなぜかぬいぐるみのモググには刺さらない。まるでそこにいないかのように「ミリアが独り言を言いだした」と焦った様子を見せる。アワジとシゲも恐怖で震えていて戦えそうになかった。

 そんなことをしている間に、モンスターは少しずつミリアたちに近づいてきた。レオは正面をにらみつけ、覚悟を決めてモンスターに突撃するかう。

「うおぉぉぉ!」

 殴りかかるレオ。だがモンスターの周りにある壁に阻まれ、すぐに押しとどめられた。全国トップクラスの正拳突きがまるで通じない。驚くレオに、モンスターは容赦なく腕を振るう。

「レオ!!」

 レオはおもちゃのように吹き飛ばされ、会場内の椅子に体をぶつける。その姿を見て頭に血が上ったミリアは、反射的に銃をとった。

「よくも!!」

 モンスターに向かって引き金を引く。

「グオォォォォオォ!」

 弾丸がモンスターに着弾する。と同時に、たくさんのガラスが割れるような音がした――。

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