成人式1

「ミリア! 久しぶりね」

 会場の入口で出会ったのは、高校のとき同じクラスだった同級生の篠村アイだ。車の中で彼女のことを報告したばかりで、思わず笑いながら再会を喜ぶ。その隣に座るのは佐久間ケイで、ミリアとは同じバイト先で働く仲間である。その近くには同じく同級生の栗原アワジと里崎シゲが手を振った。

「アイとはひさしぶりだね! こうして会うのは去年の同窓会以来だね~大学生活はどう? ケイは昨日のバイトぶり。昨日のお酒、残ってなよね?」

 アイとの再会を喜びつつも、ケイに軽口をたたくミリア。アワジやシゲとも挨拶しながら、幼馴染の東雲レオと瀬良ヒョーゴを探す。

「レオは昨日も仕事で忙しかったらしいぜ。会場に向かってるってさ。ヒョーゴのやつも向こうにいるらしい。さっさと中に入って席取っとこうぜ」

 ミリアたちは中央列に陣取った。

「あ~。せっかくの成人式なんだから、お偉いさんの挨拶なんていらない」

「わかる。あのマッチョが治安向上の功労者ってのは知ってるけど、だからどうしたって感じだし。式なんてさっさと終わらせて飲み会にいきたいね」

 ケイとアイが雑談を交わす。この2人は小学生時代からの友人で、以前からよく2人でつるんでいた。ともに成人式を迎えられてうれしそうな様子が見えてくる。

 式典までは少し時間があった。アイが「ちょっと化粧直ししてくるね~」と言うので、3人でお手洗いに向かう。

 先に用を済ませ、トイレの前で2人を待っていると、カバンを持った60歳くらいの顔色の悪い男性がふらつきながら歩いているのが見えた。

「大丈夫ですか?」ミリアは近寄って手を出した。

 老人を支えると、彼は「ありがとう」とさみしそうな表情でお礼を言った。

「今年の新成人ですか」

「はい、やっぱり混んでますね~。ご家族の方ですか?」

 ミリアは尋ねる。年齢から言って新成人の祖父だろうか。

「おめでとうございます。娘が今年20歳になったんです」

 それを聞いてミリアは嬉しそうに祝福の言葉をかける。

「それはおめでとうございます。ご家族の方はこちらに並ぶみたいですよ」

 支えがてら道案内するミリア。老人の姿にちょっと違和感を覚えるが、成人式に親族が来るのは珍しいがなくはない。気にすることでもないかと思い直す。

 会場の入り口の手前まで行くと、老人はミリアに礼を言う。

「ここで結構です、ありがとう」

 丁寧にお辞儀をする老人に、笑顔を見せるミリア。

「いえいえ、大したことはしてませんよ。娘さんと早く合流できるといいですね」

 朗らかに答えるミリアに老人は少し痛みをこらえるかのような表情を浮かべる。

「一つだけ、今日はなるべく出口の近くに座ったほうがいい。あなたの未来に幸運がありますように」

 そう話して一礼すると、老人はさっといなくなる。

「え!?」戸惑うミリアだったが、後ろから彼女を呼ぶ声が聞こえて振り返る。会場の入り口に背の高い青年が佇んでいた。

「レオ!」

 180センチの身長、ぱっと見やせ形に見えるが筋肉はしっかりとついている身体、そして外国人を思い起こさせるハンサムな顔――、。カラテで全国大会に出場した経験もある鍛え上げた彼は、付き合って3年目になる東雲レオだ。

「昨日忙しかったんでしょ? 今日会えるかちょっと不安だったんだ」

 ミリアが嬉しそうに言うと、レオも笑顔で答えてくれた。

「迎えに行けなくてすまない。警官には休日も祝日もなくてな。今日は式だけはちゃんと出て来いって上司が言ってくれてな」

「さすがの警察も新成人を働かせたりしないか。ヒョーゴも来てるんでしょ?」

「ああ、たぶん。サボってなければどこかにいるはずだ」

 そう言ってレオは新成人でごったがえす会場を見渡した。 

「赤堤高校一の優等生と問題児が同じ警官になるとは意外だよな~。今でも信じられねぇ」

 いつの間にか近づいてきたシゲがぼやく。

「そういうな、ヒョーゴもあれで真剣なところがあるんだ。俺よりむしろ一途だしな」

 レオが同僚をかばう。そんなレオに促され、ミリアたちは会場内に取った席に足を向けた。

 ミリアはアイたちと合流し、席に着くと、バッグを椅子の下に置きなおした。そのとき、一枚の和紙が床に落ちていることに気づく。

「なんだろこれ」

「前の人が置いてったんじゃない?」けだるげに言うアイ。2つ折りの和紙には何か文字が書かれているようだった。

「これはまあ、ごみだよね」

 ミリアはなんともなしに紙を開いてみる。そこには古臭い文字で次のような一文が書かれていた。

「7人目の魔女殿

 あなたには力がある。自分を信じて迷わず打ちなさい」

「7人目の魔女、ねえ・・・・・」

 ここ赤堤市には過去に偉大な力を持った6人の魔女が存在した。彼女たちはその膨大な魔力でこの地に富をもたらしたという。赤堤市に住む人なら子供でも知っている昔話だ。

「まあ、いたずらだよね」

 横から覗き込んだケイが笑う。7人目の魔女はまだ誕生していない、と言われている。魔女になって富を得るという夢は、小さいころミリアもあの子に語ったことがあった。このまま捨てるのも忍びなく、ミリアは和紙をポケットにしまった。

 とりとめのない話をしながら式典の開始を待っていると、司会の始まりを告げる言葉が響いた。ざわざわしていた会場から少しずつ音が消えていく。

 壇上で挨拶の言葉を告げるのは、出発前に両親と噂した筋骨隆々な市長だ。スーツを着ているが、筋肉ではち切れそうなくらいパンパンになっている。

「新成人の皆さん、おめでとう! これから皆さんは一人の大人として・・・・」

 市長の話を聞き流しながら、小声で仲間たちと話す。

「早く終わんねぇかな。挨拶の内容なんて誰もきいてねぇよ」

 アワジがぼやく。その言葉通り、会場内のいたるところで小声で話す声が聞こえてきた。

「まあ式典なんてそんなもんだよね。結局ヒョーゴとは合流できなかったね」

「あいつのことだから大丈夫だろ。なんか人を探すようなこと言ってたし」

 ミリアの言葉に返事をするレオ。壇上から掛けられる挨拶の言葉を聞き流しながら、「最近アイツ変なんだよ」とレオは心配そうにぼやく。

「あのマッチョ、意外と語るね」

 そう愚痴をこぼすアイに答えたのもレオだった。

「あの人はでかい図体に見合わず気を使う人だったな。オレが挨拶しても気さくに答えてくれるし。新人一人一人の名前を覚えてくれてるのはさすがだと思ったよ」

「へ~。人は見かけによらない、っていうか。レオ、悪いことはもうできないね」

 からかうケイに、「元からやってねーよ」と苦笑いを返すレオ。

 そのとき、壇上に続く通路に一人の男性が現れたことに気づく。ミリアが入り口までエスコートした顔色の悪い老人だ。彼が持つ異様な雰囲気に、会場内がざわついた。

 老人は体に似合わない大きな声で市長に呼びかけた。

「挨拶の途中だが、どうしても言いたいことがある!!」

 市長は挨拶を止め、胡乱気な目で老人を見た。

 声を張り上げる彼が手に抱えているのは遺影だ。もう一方の手には注射器があった。

「私の娘は20になったばかりだった。娘はあなたと組織との抗争に巻き込まれて命を落としました。あの子は、20歳を祝うこの式典に参加できなかった。なのに原因の一人であるあなたは、なぜこうして誇らしげに新成人に言葉をかけられるのですか!?」

 そう言って市長を弾劾する老人は、持っていた注射器を自分の首筋に打ち、液体を注入したのだった――。

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