最終話 終焉

光を放ったデバイスがその輝きを落ち着かせる頃には、ヤマトの姿が異質へ変化し始めている。

ぐにゃぐにゃと歪んだ肉体は膨張したり収縮したりしながら、人とは全く別物の存在へ変わっていった。


複数の目がルナを見つめ、そして獲物を捉えてように細められる。

体から複数の棘のようなものが突き出て、肉を裂いていた。

翼や角、尾が生えたそれは、もうヤマトではない。



ヤマトだった何かが、ルナの目の前に立っていた。



『コレが──人を超えるということ。本来のデバイスの力……素晴らしい、素晴らしいなァッ! アハハハッ!!』


化け物は笑っている。

その姿に、ルナは銃を掴む手が震えていた。


「ぅ゙あ……え、んど……エンド……! 起きて……!」


ヴィーナスはシュウへ呼びかけている。もどかしそうに拘束された腕を動かしながら、伏せられたその瞳からは今にも涙が零れそうだった。それを見て──ルナは銃を構え直す。


ユウゴに切り落とされたはずの手は、能力が覚醒して再生ていた。シュウにトドメを刺すように振られた剣を、ユウゴは必死になって受け止めた。先程までとは違う、領域が別物の世界。ユウゴは衝撃を受け止められず、そのまま吹き飛ばされると壁に叩きつけられた。血を吐いたユウゴは、床に転げ落ちる。


「ユウゴ……!」


ヤマトは標的を、シュウからユウゴへ変更した。追撃して剣がユウゴの体を二つに裂こうとするが、薄れかける意識の中、横に大きく飛び退きそれを避けた。ルナはヤマトの背へ何発も弾丸を打ち込んだが、相手は被弾しても止まる様子がなかった。傷に構っていないのは痛くないから、避ける余裕が無いからでは無い。傷が瞬時に塞がっている、ルナはそう感じた。


「(こんなの……勝てるの?)」


絶無を遥かに凌ぐパワー、スピード、治癒能力。ルナは脳を破壊しようと弾丸を頭部に放つが、それは剣で塞がれてしまう。しかし、頭部は被弾する事を良しとしなかった。頭は相手にとって撃たれることを避けたい所、それが分かってルナは頭を集中する。


ユウゴは未だ避けてばかりの劣勢で、命の危機だと脳内では警報が鳴り響いている。ヤマトが斬りあげると、絶無と同様に斬撃が飛んでくる。それを横に飛び退くと、その着地地点を狙って次の斬撃が飛んできた。死ぬ──そう思ったが、どうにかそれを剣で受け止めた。


ルナはヤマトの勢いを止めるため、どうにか止めようと弾丸を放った。頭を狙えば、一瞬だがそれを防ぐために隙ができる。そこをユウゴがついてくれれば、そう思い連射を続けた。


その時──ヤマトは苦しそうに体を屈めた。それはほんの数秒の出来事だったが、それを二人が逃すはずがない。ユウゴは左胸を狙って剣を突き立てようとするが、すぐに体を捻って避けられた。ルナの弾丸も一足遅く、ユウゴの剣を避けたのと同時に弾き飛ばされた。


ヤマトは時折顔を顰めるようになった。恐らく、タイプCのデバイスが体に馴染んでいないのだろう。唐突に超越した力を手に入れて、肉体が受け入れられていない。しかし、そんなハンデがあっても、苦しい戦いであることに変わりはなかった。


『改良の余地ありか……いい実験になるよ』

「そんなのに付き合ってる暇ないんだけど、なァッ!」


今度はユウゴから仕掛けた。ヤマトに斬りかかるが、右の剣で弾かれ、そして──左の剣が、そのユウゴに届いてしまった。


ルナの前に、何かが飛んできて落ちた。


それは──右腕だ。


しっかりと剣を握った、デバイスの嵌められたユウゴの腕が、ルナの足元に転がった。


「──ぁ゙ぁああア゙ッ!!」

「そ、んな……!」


ユウゴは無くなった腕の痛みを堪えるように、体を抑えた。その様子に、ルナは動けなくなってしまった。だが、すぐに銃口をヤマトへ向ける。ここで自分が立ち止まれば、全滅する。それを理解して、戦闘を続行したのだ。


だが──眼前に、刃が迫った。

斬られる、そう思った瞬間、腕に衝撃が響く。


────バキィッ!!


激しい音を鳴らして、ルナのデバイスが腕から外れた。

遠くに落ちたデバイスを視線で追うが、手の内から二丁拳銃が消えたのを見て心臓が凍りついたように全身が冷えた。


『完全に破壊すればロストするからな、壊してはいないさ。私の絶妙な加減に感謝して欲しい』


ヤマトは絶望に膝を着いたルナを見下ろした。どうにかしなければ、負ける。しかし、デバイスは簡単に手が届く位置にない。どうすれば、戦況を変えられるのか。


このまま手足を斬り落とされて、ヴィーナスを目覚めさせるためだけの道具として使われるのだろう。初めにユウゴが言った事のように、死ぬより辛い地獄が待っているのだ。


その未来に怯えた。

まだ戦わなくてはいけなかった。


その時──ある言葉を思い出す。



────左翼はどうだろうな。お前が''死ぬ気の行動''をしなければ、見えずに終わるだろう。


────やってはいけないと言われると、やりたくなる事というのがあるな。



ふと、一つの可能性を掴んだ。

それが思い通りにいかなくても、ここで捕えられるよりかはマシな未来が待っているだろう。

自分が死ねば、ヴィーナスはまた眠りにつく事が出来る。

しかし、それは最悪の場合だとして──まだ、諦めない。


ルナは足元に転がっていたユウゴの腕を掴むと、手首からデバイスを外した。


そして──それを自らの手首に装着する。


『なっ────』

「『デバイス、オン』!!」


ルナの手の内には、剣が生成された。

ユウゴが使っているのと全く同じ外見だが、その剣は、ルナの二丁拳銃のよう燃え上がる赤に染まっている。

他者のデバイスを使えばロストするが、赤毛の女性が言っていた''死ぬ気の行動''がこれであるとルナは考えた。


予期していなかった状況に、ヤマトは大きな隙を見せた。

そして──ルナはその左胸に、素早く剣を突き立てる。


『──ぐぁあア゙ぁあぁあアぁッッ!!』

「私の怒りを──甘く、見るなァッ!!」


強く、強く剣を突き刺していく。

背を剣の柄で何度も叩かれるが、それでもルナは手を離しはしなかった。

ここで倒さなければ、終わらない。


全ては終わらない。



復讐は────終わらない。



「ぁああア゙ぁああァ──ッ!!」


剣が赤く輝き、そして──炎を纏った。

ヤマトの肉は焼かれ、その痛みに更に絶叫する。

心臓を貫かれ焼かれても、ヤマトは未だ生きている。


止まらない。

殺せない。

終わらない。


そう思った時────体が光に包まれた。




…………




薄れた意識が、ゆっくりと戻った。

自分の本来の名を、久しく呼ぶ声が聞こえたのだ。


探るように手を伸ばせば、何かに触れた。

それを確認しようと、ゆっくりと目を開く。


「エンド……」

「レ、ナータ……様」


俺が目を覚ましたと分かると、レナータ様は優しく微笑んだ。手錠で拘束された体、そして目覚めたばかりで上手く動かせないだろう状態で、レナータ様はどうにかこちらに近づこうとしている。

俺はすぐに立ち上がると、レナータ様の傍へ立った。昔は俺よりも背が低かった御方は、突然変異によって巨大化している。沢山ヤツらに好き勝手に改造されたのだろう。それを思うと、怒りを抑えきれなかった。そして、地面に伏せたままの彼女に触れ、その体に額を当て頭を下げた。


やっと会えた。

しかし、レナータ様がこうなったのは自分のせいだ。


何度も助けようとした。

しかし次々と仲間は倒れていって。

いつしか、一人になって。


そしてその場に跪くと、深く頭を垂れた。


「……何年ぶりでしょうか、こうして貴方様の前に跪くのは。ようやくここまで来ました。俺達にとって数十年程度瞬く間の事のはずですが、今まで一番長く、とても長く苦痛の時間でした。ですがそれも、今日で終わります。……終わらせます。お待たせして誠に申し訳ございません」


俺は、懐からウィルデバイスを取り出した。リンクした意志は『忠誠心』。今まで使うことが出来なかったこれも、レナータ様が目の前に入れば使える気がした。


「俺の枷となっていた貴方様への忠誠心は、今は罪悪感に包まれていません。もう罪だなんだと言い訳致しません。所詮は逃げでした、情けない限りです。──『デバイス、オン』」


手の内に、赤色に輝く杖が生成される。久しい重さや感覚に僅かに目を伏せ、そして過去を思い返した。


長い戦いだった。

世界が変わって、沢山の仲間を失って、主を奪われて。

苦しかった、悲しかった、辛かった。

そんな感情の中、ずっと生きてきた。


しかし──それも、今日で終わらせる。

この手で。


「貴方様の体を貫けるのは、ウィルデバイスの力しかありません。憎き存在でそれをする事をお許しください。どうか、どうか……」


杖を振りかぶり、先端をレナータ様の胸元へ向けた。上半身を僅かに起こした御方は、俺がやりやすいように胸元を晒す。その応えに、酷く、胸が締め付けられて。


泣いていいなら大声で泣いた。

やめていいなら今すぐ杖を投げ捨てた。


しかし、それは出来なかった。


「申し訳ございません。俺は……」

「──貴方の全てを許します、エンド。……私達はもうこの世界には要らない。一人は怖いから、一緒に来てくれる?」

「──っ、勿論です。……当たり前ですよ。もう絶対に一人にはしません。待たせましたね」


レナータ様は最期を見据えて、そしてただ微笑んでいた。

その微笑みに、俺も笑みを返して。

瞳から、一筋悲しみが溢れ出す。


「……行きましょうか」


杖を、全力でレナータ様に突き立てた。

深く、深くそれは沈んで。


一瞬苦しそうに表情を歪めたレナータ様は、俺に手を伸ばした。


「助けてくれて、ありがとう。もう、ずっと一緒にいられるよ……」

「どこまでもお供します」


レナータ様の肉体が灰色に染まっていく。

そして──俺の体も、光に包まれた。



…………



ルナは、自分の中かデバイスの力が無くなっていっていると感じた。そして、ヤマトに突き刺さっていた剣がボロボロと崩れ始める。支えを失ったヤマトはそのまま後ろに倒れ、床に転がった。


そして、ルナの手首に嵌めていたユウゴのデバイスと、床に落ちていたルナのデバイスが強く発光する。次の瞬間──輝きを放って砕け散ったのだ。それは今までロストした幹部と同様の光景で、まさかこのまま死ぬのではとルナは自身の体を確認する。しかし、灰色に染まる様子はなかった。


「ルナちゃん! 怪我は……?!」

「貴方の方が重症でしょう?! 腕が!」


ユウゴは応急手当を済ませていたらしい、止血のため腕の根元にぐるぐると紐が縛ってあった。片腕では上手くいかなかったそれを直すと、ユウゴがなにかに気づいたのか小さく声を漏らしていた。


そしてルナは、ユウゴの視線の先を向く。


「シュウ……?」


シュウは灰色に染まるヴィーナスの傍に立っていた。

そして──その肉体は、光に包まれていた。

ルナやユウゴのように、ただデバイスの能力を失っただけでは無い。一目見ただけで、それをが分かる。


ユウゴと共にシュウの元へ駆け寄ると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。そしてヴィーナスは、二人へ視線を向ける。


「彼のこと、助けてくれてありがとう。ルナ、ユウゴ……本当に、助かったよ」

「ヴィーナス……」


そう言って、ヴィーナスはシュウの手を握って目を閉じた。ヴィーナスの指先を掴んで握り返したシュウは、優しい顔で微笑んでいる。


何が起こっているのか、ルナには分からなかった。

ただ──別れが来たのだと、それだけが理解出来た。


「俺は御方の一部を媒体に作り出された存在だ。元々、レナータ様の命が絶えれば──共に消える存在なんだ」

「そ、んな……装置を壊すだけじゃ……? 一緒に生きて帰ろうって、貴方が言ったのに……!」

「すまなかった。だが、俺たちはもうこの世界に生きていい存在では無い。長く、生きすぎた」


シュウは光の粒となった徐々に消えていく。そんなシュウを見て、ユウゴはルナの手を引いて三人でそのまま抱き合った。いつか全てを話して貰った時のように、抱き締め合う。


「シュウ。俺らに力を貸してくれてありがとう」

「……長らく付き合わせてしまった。それも今日で終わりだ」

「なんで……こんな、大切なこと隠すのよ……!」


シュウはルナの頭に手を置き、そして悲しそうに笑っていた。徐々にシュウの体が消えていく。そして、体を離すと、シュウはヴィーナスへ視線を向けた。


「願い通り、御方と旅に出る。──今まで、ありがとう」


そう言って、シュウは光の粒となって消えていった。

まるでイルミネーションのように綺麗なその光景に、ルナもユウゴも涙を流す。

そしてシュウを追うように、ヴィーナスの肉体が灰となって散っていった。

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