第28話 『絶無』

ルナは手始めに後ろに飛び退くと、絶無から距離を取った。対してユウゴは絶無に向かって突進のように距離を詰めて、剣を引くと左胸に向かって突き出す。だが大剣でそれを防がれ、弾かれた衝撃でユウゴは僅かによろめいた。

大剣のような大振りな武器を扱っているにも関わらず、絶無は動きが素早い。一撃当たれば死ぬような攻撃が、素早く連続で襲ってくる。それが絶無との戦闘だった。

ユウゴは左後ろに重心がズレたの感じて、そのまま体を回転される。その勢いの乗った剣で流れるように斬りつけるが、絶無は大剣を盾にするようにそれを防いだ。


「ったく、当たんないなぁっ──!」


ユウゴは苛立ったように一度後退すると、剣を構えて絶無と向き合った。そして、そんなユウゴの左右から絶無に向かって弾丸が飛ぶ。真っ赤な弾丸は絶無へ接触する前に全て弾かれるが、その隙を狙ってユウゴは再び絶無に接近すると斬りつけた。


絶無がユウゴの剣を防いだ時、空いた足に向かってルナは弾を放つ。それは見事ヒットして、爆矢のように破裂すると火花が散った。しかし──絶無はまるでしっかり根の張った大木のようにびくりともせず、ただユウゴの剣を受け止めていた。


「こんなものか」

「クソッ!」


切望の時のように弾丸が変異して爆破ではなく貫通するようになれば、よりダメージを与えられるだろう。しかし、何がきっかけでそうなったかルナにはよく分かっていなかった。もし相手を憎む気持ち、オルヴァイスへの復讐心がより強まったからというのが理由だったなら、今以上にどうやって憎めばいいのだろうか。自分の感情など上手に変化させられるものでは無い。物事に対してそう感じた、そう思ったというのは自身の意思でどうにかなるはずもなく。ルナはとりあえずと、絶無の頭に照準を定める。


「(絶無の記憶を見て何に関心があるか分かれば、そこからつっつけるかも……!)」


ユウゴの言う通り絶無のデバイスにリンクしている意志が『無関心』であるなら、関心のあるものを探って何か事を起こすしかないだろう。しかし、ルナの放った弾丸は弾かれてしまい、絶無には届かない。ユウゴともっと連携して攻める必要がある、ルナはそう思ってユウゴの動きに集中した。


絶無に刃を届かせようと、ユウゴは懸命に剣を振るっている。しかしそれはことごとく絶無の大剣によって受け止められ、流され、弾かれる。その明らかな戦闘能力の差に、ユウゴは歯を食いしばりもどかしさに耐えた。隙を突かなくてはいけないが、その隙が一切ないのだ。ならばどうすればいい、そう思いながらユウゴは絶無を睨みつける。


「いつでも無表情で淡々と仕事をこなす。あんた生きてて楽しいことあるの?」

「──さあ、どうだろうな」


ユウゴの言葉に、絶無は言われた通りの無表情でそう答えた。その時、絶無の視線がルナに向けられた。灰色の濁った瞳、それが遠くからでもよく見える気がした。真っ直ぐにこちらを見ている、ルナはそう感じて警戒するように銃を構え直した。


今度は絶無の方から仕掛けてきて、上段から大振りに斬りつけられる。ユウゴはそれを剣で受け止めるが、上からどんどんと力を込められ、このまま押しつぶされそうだと感じた。その勢いは収まらず、ユウゴは徐々に背を反らしていく。そのままで押し切られる、そう思って焦りによろけそうになる。

しかし、ルナのサポートにより絶無の勢いが弱まった。ルナが絶無の頭部に向かって弾丸を放つと、それを避けようと持っていた大剣を僅かにずらしたのだ。ユウゴを攻めながらも、ルナの弾丸を防ぐ。そんな技に驚きつつも、しかし弱まった勢いにユウゴは力の押し合いから抜け出した。


ユウゴが一度後ろに下がった瞬間──それを追うように絶無が接近した。休む暇もなく薙ぎ払われた大剣を受けると、ユウゴは完全に受け止めきれず横に向かって吹き飛んだ。木に衝突して体が止まると、そのまま地面に叩きつけられる。そして、絶無はルナを真正面から見据えた。遠距離武器ゆえに近づかれると不味い。ルナはそう思って近づかれる前に銃のトリガーを引いた。


「(当たれ──ッ!)」


放たれた弾丸は──弾かれた。しかし諦めずに連射すると、その間にユウゴは立ち上がり絶無の後ろから斬りかかった。ルナに集中していた絶無はユウゴに視線を向け、そして──一線、赤色が飛び散る。


「──ッ?!」

「ユウゴ!」


切っ先が腹に当たって一太刀入れられたユウゴは、それに構わず右下から斬り上げた。もう少し近づいていたなら、ユウゴの上半身と下半身は分かれていたかもしれない。そんな感覚に冷や汗が出るし、接近することを臆してしてまいそうだ。しかしユウゴは、連撃を絶無に叩き込む。

ユウゴの動きはダメージを負った割には乱れていないが、絶無相手に時間をかけることは愚策である。どうにか二人で一気に叩き潰せればいいが、ルナはそう思って一度連射をやめると狙いを定めた。


ユウゴが絶無に斬りかかった時──一直線に隙間のようなものが見えた。それはほんの数センチの隙間であったが、ルナはそれをしっかり捉える。そして、絶無がユウゴの剣を受け止めた時、ルナはトリガーを引いた。


放たれた弾丸は──絶無の頭部に当たった。

火花を散らし、破裂音のような音が響く。


そして──ルナの脳内に、映像が流れてくる。



…………




俺は幼い頃から物事に関心がなかった。

なんでも、やろうと思えばできてしまった。だから挑戦したり、試行錯誤して努力するなど、俺の人生にはない。傍から見ればそれは才能だったかもしれない、羨ましいことだったかもしれない。しかし──ただ、俺の日常はつまらなかった。


本を読んでも展開が先読みできる、人と会話しても何を言うか分かってしまう。殆ど超能力的なそれと言っても過言ではないほど、俺は察する能力が優れていた。最初は人が望むような答えを返してご機嫌をとっていたが、人を思い通りに操ることも次第に飽きる。食事をし、睡眠を取り、ただ呼吸して生きている。それがあまりにも退屈で、日々刺激を求めていた。


そんな時だっただろうか、彼と出会ったのは。


「君に、望むものを与えようか」


緋色の瞳をしたその男性に、俺は疑いもせずに彼の言葉に頷いた。相手が俺に害を与えようと近づいたとしても、俺にとってはそれが非日常、刺激となる。だからそれはそれで良しとしていた。最悪死んでも構わないと思っていた。そして俺はオルヴァイスに所属して、彼に、ボスに従うことにした。


ボスの側近として仕事をする日々は、案外悪くなかった。相変わらずつまらなくはあったが、ウィルデバイスという道具を極めて、強くなる、未知があるという感覚はとても心地いい。これで戦っている間は少しは気持ちが満たされた。乾きが癒された。


「私には、欲しいものがある」


ある日、ボスはそう俺に言った。この世界に、ボスの欲する人間がいるらしい。もうそれを手に入れる計画が進んでいて、何か想定外があれば俺に任せると言っていた。ウィルデバイスに力を送るヴィーナスに、対となる存在がいる。それを聞いたのはその計画が始まってすぐのことだった。しかし興味がなかった。計画の詳細は聞いたが、そんなまどろっこしいことしなくても奴隷のように扱えばいい、そうとしか思えなかった。


そして、想定外が起こった。

キーを引き込む役であったレアートという男が、裏切ったという報告があがった。ボスからの命令を受けて、俺はその男を始末することになった。やはり最初から捕らえて屈服させた方が早かった、そう思いながら男の居場所へ向かった。


「──お前、絶無か……!」


男は俺の事を見て怯えていた。俺が自身の元へ来た、それだけで自分の未来がどうなるか察したのだろう。抵抗する男を一撃で絶命させると、肉が全て落ち切る前に細切れのように刻んだ。べちゃべちゃと汚い音を鳴らして落ちた肉を見つめた。男はキーへ恋慕を抱いていたらしい。そのせいでこんな結末となって、なんと哀れなことか。しかし、そんなことも数秒後には興味が無くなった。肉塊となったその男の、名前すら忘れた。


その後だった。

キーと──ルナ・ヴァレッタと出会ったのは。


彼女を回収して任務は終了だった。そのはずだったのだが、青い剣を使うデバイス使いを助けるために俺に立ち向かった彼女の瞳に──何か、心揺さぶる刺激のようなものを感じた。初めて、他者に興味が湧いた。彼女はこれからも成長する、そう思って俺はキーを一度逃がすことにした。

ルナ・ヴァレッタは見つからなかった。

その日初めて、俺はボスに嘘の報告をした。



…………



ルナは──一瞬、呼吸を忘れた。

見つけた。

ついに見つけた。


「……まぇ、か……」


レアートを失って、長い間己の半身を裂かれたようであった。その痛みを抱えたまま、彼の仇を討つことだけを考えてきた。

『姫神』、『撃砕』、『夢想』、『寄生』、『切望』。

そう、どれでもなかった、どれもハズレだ。

やっと、やっと目の前に仇が──殺すべき存在がいる。


「お、前かァぁああ゙アァ゙ッッ!!!」


ルナは拳銃を構えた。

激しい怒り、憎しみ。

それに支配されて。


拳銃は燃えるように赤く輝く。

それは今まで見たことがないほど、ルナに応えていて。


絶無はその輝きを見て思った。

──ああ、やはりか。

自身を阻む存在、壁となりゆる存在。

それがルナ・ヴァレッタであると、絶無は直感していた。

だからこそ、ルナの激情を見て──興味を持った。


「来い、ルナ・ヴァレッタ。俺を楽しませろ──!」


ルナの二丁拳銃とは対照的に、絶無の大剣は輝きが弱まった。それを確認して、ユウゴは斬り込む力を強める。ルナは怒りに身を任せたまま弾を放つが、それは外れて地面を貫いた。弾丸が着弾した場所は大きく抉れて、地響きのような音が鳴る。それを見て、ユウゴは目を見開いた。


「(やばっ、近くにいると巻き込まれる……!)」


飛び退いたユウゴと代わるように、ルナの弾丸が絶無に叩き込まれる。その弾を反射的に弾いただけで、絶無は手にもつ大剣が嫌な音を立てるのを聞いた。ルナへの興味を無くさなければ劣勢となる。それを理解しながらも、絶無は己がここの変化を、心の震えを、止めることは出来なかった。


だが、負ける気は一切ない。絶無が剣を下から上に切り上げると──ルナへ斬撃が飛んだ。そんな物語のようなことがあっていいのか、ユウゴはそう思い絶無とルナの間に入るとそれを受け止めた。明らかに絶無の力は弱まっている。しかしそれでも強者は強者であった。弱体化しているとは思えない斬撃を受け流すと、ユウゴは再び攻めるタイミングを図る。


しかし、ルナの猛撃は止まらない。一発でも当たれば死ぬような怒りの弾丸を連射しているが、絶無がそれを受けることは無い。全ての弾丸を真っ二つに切って無力化している。その素早さと正確さに苦笑いすらしそうになるが、ユウゴはルナの勢いが弱まらぬうちにと絶無に斬りかかった。


その時──絶無の左足が吹き飛んだ。

ユウゴを綺麗に避けて、ルナの弾丸がヒットしたのだ。

それを確認して、ユウゴは更に力を込め続けた。貫通したルナの弾丸が地面に着弾すると、大きな音が鳴って爆発する。その脅威の威力に巻き込まれる心配をしながらも、ユウゴは絶無を押し始めた。


「ぐっ……!」


初めて絶無から苦しそうな声が出る。片足で器用にバランスを取った絶無は、再びルナの弾丸が迫ったのを見て、大きく飛び退いた。ユウゴも安全のために同様に退くと、ルナの弾がまた地面に着弾する。


「ここまで追い込まれたことは、正直初めてだ」

「普段なら大喜びでパーティーでもしたんだろけど、今はそんな気分じゃなくてね」

「嗚呼……楽しいな」


足を失っても尚、絶無は言った通り戦闘を楽しんでいた。片足で平然と立っているその姿に若干の狂気を感じながら、ユウゴはルナの様子を伺った。息を荒らげ、血走った目はしっかりと絶無を捉えていた。休む暇もなく絶無に弾丸を放っと、彼は跳躍してそれを避けると、そのまま施設の壁に着地、そしてそこを地面に見立ててルナに向かって飛び込んでいく。その身は弾丸のように、ルナに向かって一直線へ飛んだ。剣を振りかぶっている姿に、ユウゴは慌ててルナを守ろうとする。


「殺す……ッ!」


空にいる絶無は自身を守るすべがない。そう判断して、ルナは相手の頭部に向かって銃口を向けていた。そのまま貫けば頭が吹っ飛ぶ。そう確信して、トリガーを引く。


そして──その弾丸は、絶無の耳を掠った。

そのまま右顔を僅かにえぐりながら、後方へ飛んでいく。

外した、そう思ってルナは身構えるが、絶無の大剣が薙ぎ払われる。


「グゥッ……!!」

「──ッ!」


刃が接触する寸前、ユウゴはその身を盾にするようにルナに覆いかぶさった。

受け止めるのは間に合わないと確信し、自身を犠牲にしてでもと判断したのだ。

ユウゴの背から血飛沫が飛び散り、そのままルナへ倒れ込む。


「ユ、ウゴ……」

「とまらない、で……撃って……!」


かろうじで受け止めたが、ユウゴのか細い声に傷が深いのだと分かった。しかし、ルナはユウゴの言う通りに銃を構える。絶無が着地した瞬間を狙って、弾丸を放つ。それを素早く弾いた絶無は、左足を失くし、そして顔の右側を抉れながらもただ立っていた。その顔は心底楽しそうで、笑みさえ浮かべている。


「心から感謝する、ルナ・ヴァレッタ。こんな気持ちは初めてだ」

「じゃあそのいい気分のまま死になさいよッ!! 私が殺してあげるわ!」


そう言って銃を構えると、ルナは再びトリガーを引く。

そして──それを見て、絶無は穏やかな笑みを浮かべた。

絶無は一瞬で表情を変えると、片足のままルナに斬りかかった。ルナは倒れ込んだユウゴを抱えたまま、右手を銃を持ったまま左手で支える。しっかり照準を定めて────


「消えろ」


──発砲した。


ルナの放った弾の方が早く着弾しなければ、このまま斬り伏せられる。思わず唾を飲み込んだその一秒間は、まるで永遠のようにも感じられた。


そして──パンッ!、と破裂音が鳴った。


絶無の肉体は、バランスを崩してルナの左側に転げ落ちた。

その頭部は綺麗に飛び散り、首から上がない。

手から離れた大剣が空を舞い、くるくると回転しながら地面に刺さる。


「……かっ、た……?」


どさりと倒れ込んだ絶無の肉体は、灰に染まり砕け散っていく。そのまま消えていった体を追うように、ウィルデバイスが強く発光して同じく崩れ落ちた。


──絶無が死んだ。


放心状態であったルナだが、シュウが駆け寄ってきたのが視界に見えて僅かに首を振る。抱きとめていたユウゴは意識はあるが、痛みで動けないようだった。


「一旦車に運ぶ。手当してから向かうぞ」


シュウはルナからユウゴを受け取って、一度車に運んだ。背中の手当をしているシュウはどこか悔しそうで、戦いに参加できないのがもどかしいのだとルナは思った。テキパキと傷を消毒してから包帯を巻いたシュウは、手当が終わったのかユウゴに呼びかけている。


「生きて帰ると約束したばかりだろう。無茶をするな」

「いてて……でも、ああするしかなかったし……」

「……とにかく、二人とも生きていて良かった。このまま施設に入って地下のヴィーナスの間へ向かう。それからは俺の出番だ、任せて欲しい」


シュウの言葉に、ルナとユウゴは頷いた。

そのまま全員で再び車から降りると、ルナは絶無の遺体があった場所を見つめた。

絶無はあの時、死ぬことを察していたようだった。そう思えてならない、ルナはそう感じながら視線を正面に向ける。


目の前には、オルヴァイスの研究施設が建っている。シュウの言う通り、この地下にヴィーナスが眠っているのだろう。


「覚悟は出来ているか」

「勿論、ここまで来て怖気付くわけないじゃん」

「まだ復讐は終わってない。必ず全て終わらせるわよ」


三人で施設内に入るが──そこは、無人だった。

誰もいないロビー、人の気配は一切なく、そしてエレベーターは電気がちゃんと通っていて使える。一瞬この建物に誰も居ないかと思ったが、エレベーターが使えることに安心した。地下に向かう階段は無く、エレベーターで向かうしかない。


「本当に通してくれるかしら」

「問題ない」


シュウがエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開かれた。そのまま三人で乗り込むと、地下のボタンを押して扉が閉まる。そのまま閉じ困られてしまえばおしまいだが、シュウの予想通りエレベーターは何事もなく下に向かって進んだ。少しの時間エレベーターに乗り、そして──扉が開かれる。

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