第27話 終わりへの一本道

──作戦決行当日。


身支度をして、デバイスの確認をする。最初に染まったあの日から変わらず真っ赤な腕輪は、ルナに応えるように光ったような錯覚を覚えた。それをポーチしまうと、共有スペースへ向かう。テーブルにはマップが広げられており、シュウとユウゴは何かを話し合っているところだった。


拠点からオルヴァイスの研究施設に向かうまでのルートを記したマップ、そして研究施設の内部のマップがある。そこにはシュウが時間をかけて考えたであろうルートが書き込まれていて、二人はその確認をしているようだった。


「いやぁ、それにしても施設内の地図なんてよく用意できたね。パクってきたの?」

「手描きだ。潜入中、自由に歩けたんでな。全て記憶している」

「ほんっとあんたなんでも出来るわね……。というか、絵は下手なのにマップは書けるんだ」


絵が下手という言葉がぐさりと刺さったのか、シュウはきゅっと口を紡いで返事をしなかった。それにおかしくなって笑うと、ルナも改めてルートの確認をする。


拠点から施設に向かう道は案外簡単で、シュウの車を使って向かうらしい。そんな習い事の送迎のような簡単な感じでいいのかと思ったが、施設に近づけばどうせ絶無が襲ってくるからどこから行っても変わらない、ということらしい。デバイスを使うことを考えてなるべく人の多いところは避けているが、タイムロスを気にして大分大胆なルートを通っているように思えた。


そして手描きらしい施設内のマップだ。

まるで機械で作って印刷したような代物だが、それは一旦置いておいてルートを確認する。どこから侵入するか、ルートが何パターンかある。最短ルートとなるのはやはり正面から入ってエレベーターを使って地下の最深部にある『ヴィーナスの間』へ向かうパターンだ。こちらの目的もそうだが、相手の目的もヴィーナスとルナを引き合せることだ。故にエレベーターに乗って向かっても、相手は快く迎えてくれるだろう。


問題となるのはそこからで、ヴィーナスの間で何が起こるか、という点だ。シュウはその部屋に入ったことがないらしく、どういったトラップがあるか分からないし、絶無がボスと呼んでいた人物がどのような行動をとるか、それも不明である。


「ボスって、デバイス使いじゃないんだよね?」

「そうだ。ただ俺が潜入していたのは暫く前の話だ。その後デバイス使いになった可能性は十分にある、警戒は怠るな」


シュウからボスのことは聞いてるが、やはり夢想や切望の記憶で見た例の緋色の瞳をした男性らしい。彼自身はデバイス使いではなく、特殊な能力を持っているわけでもなくない。ただあるのは、人を惹き込む話術だけだろうか。しかし、それひとつで組織のトップまで上り詰めているのだ。シュウの言う通り、油断するべきでは無い。


「ヴィーナスの間へ入ることが出来れば、あとはレナータ様に装着されているはずのデバイスに能力を送る装置を破壊するだけだ。それだけで全てのデバイスがただの飾りと化すだろう」

「まあ止めようとしてくるやつがいれば俺がちゃちゃっと片付けるよ。ルナちゃんを近づければ防衛機能は働かないんだよね?」

「そうだ。ルナを連れてヴィーナスの間へ到達する、それさえ叶えば……あとは、俺が装置を破壊する」


ルナはゴクリと唾を飲み込んだ。今の話し合いはルナとユウゴが絶無に勝った場合の話だ。もし今回の機会を逃せば傷を癒した切望、ユウゴの弟のリクトも絶無に助力してくるだろう。大剣での暴力的な猛撃に加えて、ミサイルのような矢が飛んでくればほぼ勝ち目は無い。また時間をかける訳にはいかず、大きなチャンスは今しかないのだ。


────もう少しだよ。

私、待ってるから。

あなた達を、信じているよ。

彼のこと、よろしくね。


「──っ」


また、声が聞こえて、ルナは拳を強く握りしめた。いつもルナを助けてくれるこの声は、おそらくヴィーナスの声なのだろう。彼女はずっと待っている、ルナを助けながら、全てを止めてくれるだろうシュウを待っているのだ。絶対に二人を合わせて、全てが終わったならシュウの望むように好きに旅をしながら生きて欲しい。そう思って、ルナはシュウへ視線を向けたあと、ユウゴと向き合った。


「ユウゴ、私頑張るから……必ず勝とう」

「勿論だ。負ける可能性なんて一ミリも考えてないさ」


説明された通り、ヴィーナスにつけられた装置を破壊すれば全てのデバイスが機能を失う。そうなると、ユウゴもリクトを説得出来る、そう思っているのだろう。今のままでは、また矢を向けられてしまう。そうなれば、まともに会話できるとは思えない。それに、ユウゴは弟と戦うということはしないだろう。

ルナはユウゴに拳を向けると、意図を察したユウゴは自身の拳を軽く合わせた。そして、シュウはそれを包むように合わせた拳の上に手のひらを置く。


「お前ら、死ぬようなことはするなよ。必ず生きて帰る、そう約束してくれ」

「当然! 約束だ」

「ええ、約束よ」


それぞれ視線を合わせ、そして頷き合う。

決戦は近い、そんな星の綺麗な夜だった。




────




シュウが無免許かもしれないとかは置いておいて、彼の運転する車で施設へ向かった。案外運転が雑で、人がいないのをいいことにスピードも出しまくっている。ここで事故死しないか心配になりながらも、ルナはユウゴと絶無について話をしていた。


「え、絶無がなんの意志とリンクしてるか知ってるの?!」

「うん、多分『無関心』だ。あの人と会話する度に分かったけど、物事全く興味無いから」

「そんな感情とリンクする人もいるのね」


ならば相手の心を動かすようなことをすれば、大剣の力も弱まるだろう。しかし相手は幹部な中でもトップレベルの強者だ、そう簡単にはいかないだろうが。


道中、幹部では無いいわば下っ端のデバイス使いが襲ってこないか、そう思ったが案外誰も来ることは無かった。ルナがいるとはいえ相手にとってユウゴとシュウは邪魔でしかない。施設に近づけば近づくほど相手のフィールドで戦うことになるはずなのに、驚く程に穏やかな移動だった。


そして──ついに、施設の前までついた。

ユウゴは真っ先に車から降りると、周りを確認している。


「──居た。シュウ、ここで待っててよ」


そう言ったユウゴの視線の先には、絶無が立っていた。丁度施設の入口を塞ぐように、そこに立ってこちらを見ている。ルナはその冷たい視線にぞくりと背筋を凍らせたが、己を奮い立たせるように深呼吸をして真っ直ぐを見据えた。シュウは車から出ると、ユウゴの言葉に頷く。


ルナとユウゴは二人で絶無へ、研究施設への道を歩いた。相手は何もしてこない。それを確認して、お互いにデバイスを腕に嵌める。絶無もそれに合わせるようにデバイスを嵌めると、トリガーを口に出した。


────『デバイス、オン』 。


三人の言葉が、重なる。

そして時は止まった世界で、絶無はルナとユウゴを待っていた。手に持つ大剣を構えもせず、ただただ二人が自分の元へ向かうのを待っている。それを察して、二人は歩みを進めた。


これから始まる戦いの緊張感に、肌がひりつくようで。ルナは緊張に僅かに体を強ばらせたが、ユウゴが軽く背を叩いた。それに安心して、少し力を抜く。


絶無の前に立つと、彼は相変わらずの無表情で二人を見ていた。そして、斜めを向いていた体を、ルナとユウゴの方へ向ける。


「改めて名乗ろう。我が名はオルヴァイスの幹部が一人、『絶無』。精々楽しませてくれることを、期待している。──かかってこい」


一方的に名乗りをあげると、絶無は大剣を構えた。

それを見て、ルナとユウゴもそれぞれ武器を構える。


ついに──天敵との戦闘が、始まった。

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