第26話 果ての夢

それから、今後の計画の話をした。

全てを知り、そして残りの幹部が一人だけとなった今、強行突破するタイミングだろうと、シュウは言った。それについてルナもユウゴも反論はなく、二日後に作戦開始することになった。切望が完全に回復して参戦する前に突入する、そう決定した。


二日間の時間を与えられ、もう少しで全てが終わるのだと考えるとそわつくというか、不安というか。ルナはシュウに説明されたことを何度も脳内で繰り返していた。


作戦は簡単で、今まで幹部の壁が分厚くて行けなかった研究施設に向かい、そして阻止しに来るであろう絶無を撃破。そして、そのままルナがヴィーナスの元へ向かい、目覚めたヴィーナスとシュウが接触し、ウィルデバイスとのリンクを切る、というものだ。ヴィーナスは眠りについた間に防衛装置をつけられてしまったらしく、目覚めさせなければ本人の意思関係なく抵抗してくるらしい。相手の思惑通り目覚めされるのは危険だが、シュウが迅速に対応してくれれば全て事が収まる。


絶無は強い。

今までデバイス使いにトドメをさしてきたユウゴが何度も負けているし、ルナの力が頼りになってくるのだろう。腰につけたポーチに触れると、その中に入っているデバイスを感じる。


「あんまり気張りすぎるのも、良くないか……」


さっきから考え過ぎで緊張して、脈も早い。体調不良でぶっ倒れる前に、少し気を逸らした方がいいだろう。そう思い、ルナは自室から出て共有スペースへ向かった。


共有スペースには、ユウゴが椅子に座って何かをしている。誰かといられるここが気に入っているのか、ユウゴは共有スペースにいることが多い。ユウゴの向かいに座ると、ルナは彼が何をしているのか様子を伺った。


「『特大ハンバーガー、いっぱいのフライドポテト、高級寿司』……何その小学生みたいなメモ」

「いやぁ、自首する前に美味しいもの食べようかなって」

「あんたは呑気でいいわね……」


メモの傍には恐らくルナとユウゴ、そしてシュウのデフォルメされた似顔のような落書きが描かれていた。まるで商品にプリントされているような上手さに、やはりいつものフリップに描いてあるイラストがシュウの描いたものであることが確定した。なんでも出来ると思っていたシュウの意外な欠点に、心の中で笑う。


出会った当初はそんなこと思わなかっただろう。ただ、こうしてユウゴやシュウと出会えてよかった、ルナはそう思っていた。きっかけは最悪なことで、もし人生をやり直せるなら今と同じ人生は選ばない。だが、全てを失った人生を走っているルナの隣に立つのは彼らしかいない、そう思っている。


「私たち、色々あったわね」

「あれ、今度はルナちゃんが感傷的になっちゃった?」

「うっさいわね、ちょっとぐらい別にいいでしょ!」


ユウゴは恥ずかしそうなルナに笑って、そして自分が今まで書いていたメモをルナに渡すと、トントンと紙を叩く。


「ルナちゃんもやりたいこと書いときなよ」

「私はいいかな」

「いーからいーから! 世界一周でも宇宙旅行でも、世界征服でもさ」

「誰が魔王よ」


譲る気配のないユウゴに諦めると、ルナはペンを受け取った。全てが終わったあとの幸せを、ルナは別に望んでいない。レアートの仇が取れたらいい、ただそう思っているからだ。こんなことに加担して人殺しをしている以上、地獄行きである覚悟はもう出来ている。だから、今から紙に書くことは妄想みたいなもので、夢物語の世界だ。


「なになに? 『親孝行』、『海外旅行』、『まだ行ってない有名ラーメン店に行く』……平凡だね」

「あんた自分でなんて書いてたか読み上げてみなさいよ」

「俺のは夢いっぱいだから」


食い物だらけのメモは夢いっぱいというか見てるだけでお腹いっぱいというか。そんなこんなで揉めていると、騒ぎを聞き付けたシュウが共有スペースに入ってくる。顔を見せた後でも相変わらずフードを深く被っていて、いつも通りだ。


「何を騒いでいる」

「将来の夢について!」


メモ用紙をシュウに見せると、彼は呆れたようにため息を吐いた。人の夢を見てため息を吐くなどなんと失礼なことか。ルナはそう思ってシュウに持っていたペンを差し出した。それを見ると、シュウはお前も書けという意味が伝わったのか、首を横に振っている。


「くだらん、俺はいい」

「人の夢を笑っておいて、自分はどうなのよ!」

「笑ってはないだろうが」


いや、多分心の中で笑っていたに違いない。ルナはそう思ってシュウにペンとメモを押し付けた。嫌々それを受け取ったシュウは紙をテーブルに置いてから、ペンを手に持つ。そして一度ペン先を紙に付けて、そして書くのをやめて。また付けてと悩んでいるようだった。


「ほら、小説家とかは?」

「小説家? シュウって執筆とかするの?」

「こないだあんたに貸した恋愛小せ──」

「ちゃんと書いてやるから少し黙っていろ」


いい機会だとルナがユウゴにシュウの仕事をバラそうと思えば、ドスの聞いた声でそう言われ多分睨まれた。シュウは暫く悩んだようだったが、さらさらと綺麗な字で文字を書き出してから、ペンを置く。


「どれどれ……『レナータ様と旅へ出る』」

「レナータって……もしかしてヴィーナスの事?」

「そうだ。今は誰が付けたかも分からん粗末な名前で呼ばれているが、元々はそんな美しい名前だ。あと気安く名を呼ぶな、ちゃんと敬称を付けてお呼びしろ」


例の主へ思いを馳せたのか、シュウはじっと自分の書いた文字を見ていた。なんだか物言いなどで察せられるのは、シュウが恐ろしく忠誠心の強い従者だったということだ。彼が誰かに頭を下げて尽くしている姿を想像できなかったが、今、それの片鱗を見た気がした。


「二人で色んなところ行けるといいわね」

「ああ」

「……ちょっといい? あのさぁ、ぶっちゃけシュウとその主様って結構親密な関係なの?」


なんだかいい雰囲気であったが、全く空気の読めない男である。ユウゴの言葉に、まあなんだかんだルナも気になっている事だったのでシュウに視線を向けた。彼はピタリと固まってから、そして紙に書かれた『レナータ様』という文字を親指でなぞってから、顔を上げた。


「心から、愛していた。そして同じ気持ちを返してもらっていたと思う」

「だから例の赤毛の女の人との関係間違えた時、あんなに怒ってたわけだ」

「……あの人、大丈夫だったのかな」


シュウには「大丈夫だ、簡単にくたばるようなやつじゃない」と言われていたが、話題に出たことによってルナは戦地に置いてきた赤毛の女性のことを思い出した。絶無と真正面から戦って、生きて逃げられただろうか。あの時ルナ達が逃げ切るまで時間を稼がなくてならなかったし、本人が逃げる時間はちゃんとあったのだろうか。そう思うと、シュウが気を使って嘘を言っているのではないかと思ってしまう。


「あいつのしぶとさは一級品だ。心配せんでもどこかでのうのうと生きているだろう」

「まー、シュウが信頼してるなら大丈夫でしょ」

「信頼では無い。どちらかと言うと貶している」


扱いが雑な人だが、付き合いが長いシュウが何度も言っているなら本当に大丈夫なのだろう。そう思って、ルナはとりあえず一安心する。


あの戦いで、沢山苦しい思いをした。

ユウゴは弟の真実を知って、ルナはユウゴを失う恐怖を知った。しかし、どれだけ体が傷つこうと、心が折れようと、進まなくてはいけないのだろう。ルナは皆の夢が書かれた紙をもう一度見た。これが全て叶ったなら、どれほど幸せなのだろうか。その未来を掴むためにも、まずは勝つしかない、立ち続けるしかないのだ。

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