第25話 答え合わせ
その後、シュウの用意した車で逃走に成功した。
拠点に戻ったルナ達は満身創痍の状態で、シュウは意識のないユウゴを医務室のベッドに寝かせると、大きく息を吐いた。
「暫く休めば元に戻るはずだ。このような状態になった場合の前例が無いせいで、確実とは言えないが」
「……そう」
ユウゴのことも心配であるが、ルナはそれよりも気になっていることがあった。シュウは絶無に『使者』だと呼ばれていた。昔オルヴァイスを裏切って逃げたその使者という幹部は、赤毛の女性であると思っていた。しかし、本人は一度もそれに頷いたことは無いし、シュウがやけにオルヴァイスに詳しいのは、長い間敵対していたからだけでは無いのだろう。
「シュウ、あのさ……」
「不審に思うこともあるだろう。そろそろ、話さなければならない。ユウゴの目が覚めたら……全てを話す。それまで、お前も少し休んでいろ」
「……うん」
シュウは、ユウゴのベッドの傍に椅子を置くとそこに座った。それを見てから、ルナは自室に戻ることにする。
ついに、シュウから全てを語られる時が来た。そう思うと安心した気持ちもあるし、不安や緊張する気持ちもある。何が語られるのか、何を知れるのか、それに対して全てを受け止められるか。
ルナはベッドに寝転がると、天井を見つめた。ユウゴとシュウと出会ってから数ヶ月、いや、そろそろ一年経つだろうか。それ程短いような、長いような期間で、色々あった。
「……大丈夫、だよね」
何が語られたとしても、今の三人でいたい。
ルナはそう思って目を閉じた。
────
部屋にノックの音が響いて、ルナは目を開けた。
どうやらユウゴの目が覚めたらしく、共有スペースに迎えば彼はいつも通りの笑顔でルナに手を振っていた。あれだけ大きな出来事があったにも関わらず、全く呑気な事だ。灰色に染っていた体も元に戻り、恐らくメンタル面以外は普段と変わらない、といったところだろう。
「ユウゴ、その……大丈夫?」
「うん、へーきへーき! まあ、お互い生きてればどうにかなるでしょ。ルナちゃんの言う通りだ」
「そう。あまり無茶はしないで」
本人の言った通り、今は本当に平気そうだった。ルナの言葉か強烈なビンタが効いたのだろう。それに安心して、シュウと向き合うように座っていた彼の隣に座る。
ルナ、ユウゴ、シュウ、それぞれがその場に揃う。シュウはルナとユウゴを見ると、それぞれ聞く覚悟ができていると判断して一度頷いた。二人とも決意した、それならもうあとは応えるだ、と。
「俺が何故オルヴァイスと戦うか、お前たちに話そうと思う」
その言葉に、ルナとユウゴは息を飲んだ。
長い間伏せられていたシュウの過去が、やっと明かされる日が来たのだ。
「切望は暫く戦えないとみて、残る幹部は一人。それそろ計画も節目に入っただろう」
シュウの言う通り、残る幹部は『絶無』を残すのみとなった。ルナもユウゴも何度も命を落としかけている、それについて思うこともあったのかもしれない。シュウはルナとユウゴの顔を見てから、話を続けた。
「今までお前達に何も話さなかったのは、俺を信用出来ないだろうという理由だった。しかし──今のお前達なら、俺の言葉を信じてくれると確信している」
計画が節目に入り信頼関係が築かれた今、話すべき時が来たのだろう。シュウは、珍しく緊張しているようだった。彼にとって触れたくない過去も関わっているのだろう、それを明らかにするというのは、勇気がいることだ。だから、ルナもユウゴも口を挟まず話を聞いていた。
「オルヴァイスと何故敵対するか、俺が『使者』となった理由、そして俺の……主について、それらの全てを順を追って話す」
シュウは一度言葉を止めてから、再び話し出した。
…………
今では信じられないが元々この世界には魔法や生まれ持って使える異能などが存在した。ある時から徐々に魔法が弱まっていき、生き残るため人々はその穴を埋めるように化学を発展させた。篩にかけられるように、異変が起きた世界から人間種と呼ばれる現在の人類以外は衰退して、そして最後にはみな死に絶える。
その中でも異質な存在、特殊な称号を持つ三人の王が居た。それぞれが得意な分野を持ち、特別な方法で召喚した従者達を従え、統治する国を守っていた。その王と従者達だけは、衰微していく世界でも弱体化した能力を持ちながら生きていけた。
しかし、世界が化学を発展させ進んでいく時代の中で彼らは取り残されて行く。更にはその力の存在を知り脅威だと判断した一部の人類に攻撃を受け、敵対することになる。そして昔の世界に生きていた者達はたった三人しか生き残れず、今も敵対する一部の人類……オルヴァイスと戦い続けている。
その中の一人は傍観に徹していて殆ど顔を合わせていない、ルナが言っていた赤い髪の女だ。元々は綺麗な碧眼だったんだが……それはまた別の話なるから、今は省く。
そして、ウィルデバイスに備わっている化学だけでは説明できない機能。それは、今は存在しないはずの魔法が関わっている。ウィルデバイスは最初不完全だった。しかし王の一人が囚われ、その身に宿る力を研究して異能をやつらはデバイスに植え付けることに成功した。デバイス使いによって多くの生き残った王や従者達が殺害され、今の三人まで減らされてしまった。
…………
──暫く話を聞いていて、ユウゴには思い当たることがあった。それを確かめるために、手を上げて合図すると、シュウはそれを見て頷く。
「生き残った人達は三人なんだよね。あの赤毛の女性と、囚われた王……一応聞くけど、紹介されていない残りの一人は?」
「これもお察しの通りだ。俺は本来シュウという名前では無い。……エンド・ストーリア。これが愛しい御方から頂いた俺の本来の名だ。維持の称号を持つ王である御方に従える従者の一人……今ではただの能無しだがな」
そう言ってシュウは──フードに手をかけ、そして下ろした。
眉の凛々しいタレ目が印象的で、ライムグリーンの瞳がルナとユウゴを見つめている。
毛先が肩につく程度の長さの金色の髪は、後ろにひとつでまとめられフードを被れば完全に隠れるようになっていた。
何より目を引いたのは、そのどれでもなく──耳だ。
耳は普通の人間とは違う長い耳で、所謂現在では『エルフ耳』と呼ばれるものだった。
それこそ、シュウが語ることが真実であるという何よりの証だろう。
「……王が捕らえられた原因は俺にある。そして王を助け出す機会を伺うためとはいえ、仲間の制止を振り切りオルヴァイスの連中に頭を垂れた裏切り者だ。昔は驚異の能力を持ちながらも、今では力が弱まり能力をウィルデバイスを頼らないと使えない。だが、御方への忠誠を違う度、デバイスを使おうとする度──罪を思い出して、罪悪感に押しつぶされそうになる。そのせいで、俺はデバイスを上手く扱えない」
「シュウがオルヴァイスと戦うのって……」
「捕らえられた主を──愛する人を救いたい。これ以上、御方の神聖なお力を、あのような道具に使わせて堪るものか……!」
シュウは、拳をを強く握りしめた。
大切な人を救うため、それを悪用して敵が作った道具でしか戦うすべがない。それが悔しくて、憎くて、しょうがないのだろう。
そして、シュウはルナに視線を向けた。それを受けて、なんだか凄く不安になる。嫌な予感を感じた、そういえばいいのだろうか。
「ルナ。お前にはいつか言おうと思っていた事がある。それを聞いて、俺を殴っても撃っても何をしても、俺はそれを受け入れる」
「な、何よ急に……」
「──俺は、レアート・ティールのことを知っている。会ったことがある、何度も話をした。そして、ルナ。お前のことを聞いていたし、やつが何を目的にオルヴァイスに所属していたか……俺は知っている」
その言葉に──ルナは絶句した。
脳が混乱して、何も言えなかった。
ただ、すぐに怒りを感じて立ち上がると、シュウの方へ向かいその胸ぐらを掴んだ。殴ってもいいと言うのなら、今すぐそうしてやる。そう思うほど、激しい怒りを感じていたのだ。
「あ、んた……私が計画に乗るようにわざと伏せてたの?! 私は、私は……ずっとレアートの事何も分からなくて、辛かった!! それなのに、あんたはそれを涼しい顔して見てたわけだ?!」
「ル、ルナちゃん! 落ち着いて!」
「私、なんのために……! あんたのこと、信じてたのに……」
シュウはただその怒りを受け止めていた。
先程聞いたばかりだ、シュウが大切な人を救いたくて、長い間苦しんで、努力してきたのは知っている。分かっているが。そう思いながら、ルナは拳を振り上げた。
「……」
「……」
しかし、シュウはまっすぐルナを見ている。その瞳を見て、ゆっくりと拳を下ろした。
レアートのことを知るため、今まで立ち続けていた。彼の仇をとるため、オルヴァイスと戦ってきた。自分のためだけの復讐であった人生は──いつの間にか、ユウゴやシュウの想いも乗って。いつしか、彼らのためにもオルヴァイスを壊滅させたい、それが自身の復讐であると、ルナはそう思っていた。
シュウは今まで自分を騙していた。その事実に心の底から憎く思うし、殴ってやりたい。シュウと過ごす時間がもっと短かったなら、ルナは実際手が出ていただろう。
しかし、今は違う。人生の中で少しの間と呼べる時間だろうが、シュウと会話して、共に行動して、彼がただの不器用で優しい人だと知っている。ルナにレアートのことを言わずに協力されることも、最初はどうか知らないが、今は辛い思いをしただろう。だからそこ、シュウはそんなそんな表情をしているのだ。申し訳なさそうな、彼に似合わない、そんな表情を。
なんと言葉をかけていいか分からなくなった。
ルナはシュウの服から手を離すと、再び椅子に座る。
「……私の目的は変わらない。オルヴァイスに復讐する、ただ、それだけ。だから……レアートのことを教えて。そうしたら貴方を、許そうと思う」
「騙していて悪かった。そして……感謝する」
「昔なら何十発も殴ってただろうけど……貴方のこと信じたい、まだそう思えるから」
そうして、シュウはどこからから資料を取り出すと、それをルナの前に差し出した。テーブルに置かれたそれをユウゴと確認したルナは、資料にある顔写真を見て胸が苦しくなった。
「レアート・ティール。オルヴァイスに所属して数ヶ月で、ある計画の要を任された人物だった」
「ある計画?」
「お前に近づいて、オルヴァイスに自然に引き込む役だった。その計画には……ルナ、お前の存在が必要不可欠だったからだ」
そして、二枚目の資料が渡される。そこには『''ヴィーナス''を目覚めさせる』と書かれており、その計画について詳しく書かれているようだった。
要約すれば、ウィルデバイスに力を与えている存在である『ヴィーナス』、それが抵抗して眠りについてしまった。それを目覚めさせるには『キー』となる人物が必要で、魂の器がヴィーナスに近い『キー』、それがルナ・ヴァレッタである。ヴィーナスに本来の力を出させるために、そのキーをヴィーナスに近づけて目覚めさせなければいけない。ルナを引き込むために、レアートが接触して忠誠心を植え付ける──。そんな計画であった。
「レアートは計画通りルナに接触して、恋人という関係を築いた。最初は任務のためだったが、彼は本当にお前に恋をしてしまったらしい。だから自分に何かあればルナを助けて欲しい、俺にそう言っていた」
「レアート……」
「彼が殺されたと知って、俺はすぐにお前を助けることにした。彼にはヴィーナスの事を……俺の主のことについて教えてもらった恩がある。だから、それを返すつもりでいた」
ヴィーナスに関わる任務についていたレアートは、シュウと仲良くなったことをきっかけに彼の目的を知った。お互い信頼していたからこそ、レアートはシュウに情報を渡し、そしてルナのことを頼んだのだ。
レアートはいつもルナに元気をくれる人だった。
物腰柔らかく、よく笑う人で、そしてたまにドジな一面があって。そんな彼のことを、ルナは大好きで、心から愛していた。最初は任務のためだったとしても、レアートもルナを愛してくれていたならそれでいい。
それで、それだけでよかったのに。
「レアートが私の事、好きにならなければっ……殺され、なかったの、かなぁ……っ」
「そうだとしても、彼はいつも幸せそうにお前のことを話していた。殺されるのなら好きにならなければよかった、そう言うようなやつとは思えんよ」
涙が、止まらなかった。シュウの掛ける言葉や、背を摩ってくれるユウゴの温かみに、余計に涙が溢れて。あれだけ望んでいた真相を知って、ルナが感じたのは怒りではなく悲しみだ。望んでいたものを手に入れて、ルナはもう崩れ落ちそうだった。だが、それでも──立とうと思った。
「レアートは研究熱心なやつだった。その熱意に付け込んで、オルヴァイスは彼を誘惑して、引きこんだ。もう後戻り出来ない、そう判断した彼はオルヴァイスに身を置きながらも、ただ愛する人を守った。……それがレアートについての真相だ」
「……ありがとう。レアートとの約束、守ってくれて」
シュウはそれを聞いて首を横に振った。気づいた時には時は既に遅く、レアート本人は守れなかったのが悔しいのだろう。そう思ってくれる人がいるだけで、ルナは救われた。レアートはルナに真実を隠しながら接してきた。その辛さを理解してくれるシュウが居て、少しは楽になったんじゃないか。そう、思ったのだ。
「色々衝撃だったり物語の世界みたいな話だけどさぁ、俺はシュウのこと信じるよ。付き合い長いし、妄言吐くような人じゃないって思ってるからさ」
「魔法だかキーだか信じられない事ばっかだけど……私も、貴方のこと信じてる」
それを聞いて、シュウは椅子から立ち上がった。そしてルナとユウゴと視線を合わせたあと、深く頭を下げたのだ。急な出来事に二人で驚き、思わずこちらも立ち上がった。
「大きなことを隠していたにも関わらず、それを理解した上で協力をしてくれて、本当に感謝している。そして、このまま最後まで付き合って欲しい」
「顔上げなよ、らしくない! オルヴァイスが壊滅するまで、俺らは運命共同体だ。願われなくても共にいるよ」
「私の復讐もまだ終わってない。逆に勝手に居なくなったりしないでよね?」
顔を上げたシュウは、ルナやユウゴの言葉に嬉しそうに微笑んでいた。今まで口元しか見えなかったせいで、その笑みは余計に優しく見える。すると、ユウゴはルナの手をとるとその身を巻き込むようにシュウに抱きついた。シュウとまとめ抱擁を受けたルナは戸惑い、ユウゴの方を向く。
「ちょっ、なに?!」
「俺たち、バラバラにならなくて良かった。なんか安心しちゃってさ……」
「らしくないのはお前の方だろう。感傷的になって」
シュウは鼻で笑ってから、ユウゴとルナの背に手を回した。静かに摩られて、ルナは恐る恐るといった様子でユウゴとシュウの服を掴んだ。お互いの体温が温かくて、わずかに笑みがこぼれた。
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