第24話 疑惑の片鱗
見るまでもなく、戦況は最悪である。
撤退した方がいいと思い、ルナはスマホを確認して一度シュウから送られた逃走ルートを頭に叩き込んだ。そして、もう一度ユウゴの様子を見る。
「このままじゃ……。でも、ユウゴを背負って逃げれるかな……?」
『……今すぐ向かう。どうにか生き延びておけ』
「でもッ……大丈夫なの?」
シュウは組織に顔を知られていないし、今まで姿を見られることを極力避けていた。それについて不安に思ったのだが、ユウゴのことを思うと今はそんな場合では無いのだろう。シュウは「問題ない」と小さく返すと、支度をしているのかインカム越しから物音が聞こえた。
そうなると、シュウが到着するまでユウゴを守って逃げるしかないだろう。シュウは考えがあるようだし、それまでどうにか命を繋ぐしかない。
これだけ騒いでおきながら見つかっていないのは幸運だった。しかし、それがいつまでも続くはずなく──真隣に、矢が落ちてくる。
激しい音を鳴らしながら地面を抉ったそれに、冷や汗が出る。剣を置き去りするのは不味いだろうと、ルナはユウゴの腕からデバイスを外して一旦それを自身のポーチにしまった。そして手に持つ片方の銃を腰に挿してユウゴを背をおうと、片手で支えながら、そして利き手で銃を握った。
もう居場所が割れてしまったのか、こちらを誘き出すように、絶妙に位置が外れたところに矢が突き刺さる。それを避けながら走り出した時、先程までいた場所に矢が刺さり大きく地面が抉れた。
「(切望のリンクしている意志は恐らく嫉妬心。だからその対処であるユウゴが居ると、余計に武器の威力が……!)」
ユウゴはただ弟を助けたいだけだった。
それなのに、何故こんなことになってしまうのか。
夢想や寄生の時も、あの緋色の瞳の男が全て歪めてしまう。
「(そんな組織──潰すしかないわよッ!!)」
ルナは、意を決してユウゴを抱えたままリクトの方へ視線を向けた。普通のハンドガンなら届かない距離でも、これはウィルデバイスの生成した意志の武器だ。これなら、届くかもしれない。そう思って、ルナは一度祈るように額に銃の背を当てた。
「少しだけでいい、いつも以上の力を……憎しみを……!」
ルナはしっかりと目を開くと、まっすぐリクトの方へ銃口を向けた。相手はこちらに気づいているが、遊んでいるのかまともに狙ってくることは無い。故に、油断している今しかチャンスは無いのだ。
ルナはまず高い位置にいるリクトの胸元を狙った。少しでも体勢を崩させて下におろせれば、高いところから見下ろして狙い撃つことが出来なくなるだろう。そう思って一発撃つが──外れてしまう。
「クソッ!」
しかし、別の高台へ逃げれる前にすぐ二撃目を放った。それはリクトの腹部にあたり、相手が少しよろめいたのを確認する。やはり遠すぎると狙いが定まらない、それにユウゴを背負っているし、重心がぐらついて上手くいかなかった。
このままで負けるかもしれない、しかしユウゴを置いて一人で出ると彼が狙い撃ちされて殺されてしまう。そう思って──ルナはユウゴを背負ったまま開けた場所へ向かった。そのまま真正面からリクトと対峙すると、堂々と銃を構える。
「(撃てるもんならその馬鹿みたいな威力の矢を当ててご覧なさいよ……! ユウゴに当てようものなら、捕獲するはずの私も死んじゃうわよ!)」
リクトの矢は爆発的に威力が上がった。そのせいで生け捕りのはずのルナを誤って殺す可能性があるのだ。先程からわざと避けられるような矢を撃っているのは遊んでいると勘違いしていた。しかし実際は殺しかねなくて当てられない、それが正解なのだろう。
想像通り、態々的になるような行動をしても相手は矢を撃っては来なかった。それを確認して──弾丸を放つ。
ユウゴがどんな気持ちだったか、彼に分かるだろうか。
どれだけ愛して、想っていたか、分かるだろうか。
いや、知らないからこんなことができるのだろう。
ルナの弾丸はまっすぐリクトへ向かった。
そして──腹を、貫通した。
「──ッ!?」
「当たった……!」
ルナの弾は爆矢のようで貫通などはした事がなかった。属性が違う、そう言った方がいいだろう。しかし、リクトの腹を確かに弾が貫通したのだ。激痛と出血に腹を押えたリクトは、よろけて高所から落ちていった。
そのまま落下する体を銃口で追って、トリガーを引いた。
「──あ゙ァッ?!」
右肩を貫かれ、リクトはそのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられた。ルナの方を向けば、銃口を向けたまままっすぐリクトを見ている。
ルナは──怒りで僅かに正気を失っていた。ユウゴは無神経だが優しい人だ。だからあの笑顔をめちゃくちゃにするなら、容赦なく殺す、そう思ってしまったのだ。
無理やり立ち上がったが、今度は右足を貫かれリクトは膝を着いた。そのままでは──殺される、それが理解出来た。
ユウゴは泣いていた。
誰よりも弟を想っていたのに。
何故こんな残酷なことができるのだろうか。
オルヴァイスという組織が、何もかも悪いのだ。
それに加担するやつは──殺すべきだ。
怒りに染る。
赤に染る。
リクトの頭部に、銃口が向けられる。
────しかし。
「おね、がい……やめて、くれ……」
拳銃を握るルナの手に、ユウゴの手が重ねられた。震える手でルナの手を包んだユウゴは、「駄目だ」、「やめて」と何度も懇願していた。それに──ルナは、正気を取り戻す。
「ご、めん……私……」
ルナが銃を下げると、ユウゴは安心したようにまた意識を失った。リクトは身体中から血を流し倒れてしまった。このまま手当をしなければ死んでしまう、ルナはそう思ってユウゴを抱えたまま近づこうとする。
しかし────ゾッとして、寒気がした。
いつの間にそこにいたのか、こちらに向かっている人物がいるのが見える。相手はまるで散歩をしているかのような自然な動きで、ルナとリクトの間に立った。全く気配を感じなかったが、確かに、そこに立っている。
「これ以上幹部を減らされるのは面倒だ。それに……彼は見込みがあるらしいからな」
「絶無──!」
目の前には、幹部の中でもユウゴが何度も負けている絶無がいる。こんな状況で現れてしまうのか、そのタイミングの悪さに、舌打ちすらしそうだ。
「やつは──そうか、まだロストしていないか。貴様を捉えて、そいつを葬って……さすれば、全て終わる」
絶望的な状況に、ルナはどうすればいいのか分からなくなった。こうなればシュウが辿り着いたとしても状況が変わるか分からない。
しかし、絶無の前に立ち塞がる存在が。
──シュウは、ルナの目の前に立った。
いつこの場についていたか分からないが、絶無に気を取られているうちに、シュウがここに到着したようだった。
「シュウ……!」
「待たせたな」
だが、流石にシュウの焦りを感じた。絶無を相手にする想定ではなかったのだろう、それはルナも同様であるが、しかし一歩あゆみを進めた絶無からルナを庇うように立ち続けた。
「貴様──『使者』か 」
「……それがどうかしたか」
使者。
それは確かオルヴァイスから逃げた幹部の二つ名だ。
シュウは使者と呼ばれ、それを否定しなかった。
それを見て、ルナは目を見開く。
だが、当然絶無はそんなことに構わず持っていた大剣を振りかぶった。それを見てシュウは自身のデバイスを取り出して使用する準備をしている。あれを使えばシュウがどうなるか分からない。使う前に助けなければ、そう思いルナは銃を握りしめる。
その時──ルナはあるものの存在を思い出した。
現在絶対絶命のピンチで、藁にもすがりたい気持ちだ。
なら、例の品に縋るしかないだろう。
「(何が起こるか分かんないけど、今しかない……)」
ルナは、懐から一つのクリスタルを取り出した。それは赤毛の女性から貰ったもので、助けが必要なら使えと言っていた。それは今しかない、そう思い強く願った。
「(助けて……!)」
────〈テレポート〉、発動。
何か聞こえた気がして、ルナは一瞬そこに気を取られた。
しかし、黒い影を見てそこに視線を向ける。
「ひー、ふー、みー……なんだこんな大所帯で、パーティーでもするのか?」
「──え?! なんでここに……!」
言った通り何人登場するのかという話だが、シュウの隣に魔法陣のようなものが展開されたかと思うと、そこには赤毛の女性が立っていた。シュウはその姿を見て驚いたようだったが、すぐにルナの手を掴んだ。
「死んでも時間を稼げ」
「懸命な判断だ。任せるといい」
シュウと赤毛の女性は短く言葉を交わす。
何が何だかと混乱している間に、シュウはルナからユウゴを受け取るとそのまま走り出した。シュウが向かう先に車があるのだろう。ルナはそれを察してシュウの後ろをついていく。
「シュウ、あの人は?! 大丈夫なの?!」
「知らん。だが──信じるしかない」
ルナは一度振り返ったが、あの女性と絶無の戦闘が始まったようだった。シュウに名を呼ばれまだ前を向いて走り出すと、ルナは女性の無事を祈りながら走り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます