第22話 遊園地

──崩れる。

全てが、崩れる。


「ぁあ゙ッ……俺、は……! ァぁあ゙あァ──ッ!!!」

「ユウゴ! しっかりして!」


まるで極寒の中で冷水を浴びたように、体が芯から凍りついて。

体ひとつひとつの細胞をねじ切られたように、全身が痛む。

何故立っているのか、何故生きているのか。

それすらも分からない。


ただ、群青の剣を握る指が灰に染まる。

そのままじわじわと侵食する死に、恐怖を感じない。


ただ、絶望。

後悔。

懺悔。


そればかりが、この身を包んでいた──。



────




────十二月。




始まりは、ルミナの街中だった。

いつものように食料や生活必需品の買い出し来ていたルナとユウゴは、特に変わりなく目的のものを買っていた。しかし、一つだけ違うところがあって──ユウゴが足を止めたのだ。


「──止まって」

「ど、どうしたの……?」


ユウゴはルナの手を引くと人気のないところへ隠れた。そして物陰から覗く彼の視線の先には、黒い服をきた人物が立っていた。背格好から男性か女性かの区別はつかず、観察していると背を向けていた相手が振り返る。そして、その顔には仮面をつけており、容姿は確認できなかった。


「あんな怪しそうな人がいるのに、よく誰も見向きもしないわね……」

「フードの所みて。……オルヴァイスの連中だ」

「ただの研究員か、もしくは……」


デバイス使いが襲ってきた可能性がある。そう思ってルナはユウゴと視線を合わせた。幸いこちらには気づいていないようで、このまま隠れて拠点に戻ることも出来るだろう。しかし、ルナはあることを思いユウゴに提案した。


「拠点の位置が気づかれかけてるのかもしれないわ。それなら誘き出して始末した方がいいと思う」

「相手はただの研究員かもしれない。しかしデバイス使いやその中でも『切望』である可能性とあるよ。危険だ」

「彼らに聞きたいことがある。レアートの事、私……何も知れてないから」


今まで数人の幹部と戦ってきたが、命ある状態で勝利するということに必死で何も聞き出せていなかった。今のルナは自身の復讐はユウゴとシュウに協力してオルヴァイスを壊滅させることだと思っているが、それでもレアートのことを早く知りたいという気持ちは当然ある。オルヴァイスの研究施設に辿り着いたとしても、資料を探す余裕があるかは分からないのだ。


「……分かった。俺もリクトのことを探りたいし、一度シュウに連絡して計画を練ろう」

「うん」


ユウゴはスマホを取り出すと、シュウに連絡を取り始めた。事情を説明すると、シュウは少し悩んだようだったが作戦を立て始める。ユウゴはシュウといくつか会話すると、通話を切って連絡を方法をインカムの方に切りかえていた。それを確認して、ルナも預かっていた通信機を耳につける。


『相手が切望で、命の危険があれば必ず撤退しろ。それを条件に作戦を決行する』

「りょーかい。それで、作戦って?」

『ルミナに廃墟となった遊園地があるのを知っているか。まずそこに誘導しろ。地図を送る』


シュウがそういうと、すぐにユウゴのスマホに遊園地までの地図が送られて来た。時が止まっている間に攻撃が当たっても傷を負うことはないが、相手をその空間に閉じ込めてしまうし、何より人がいるとこちらの気が散るというのもある。それを考えて、シュウは人気のない場所を選んでいるようだった。


『ユウゴ、お前が姿を見せて誘導する。ルナを発見したとなれば、幹部を呼ばれる可能性が高くなるからな。遊園地へ誘導したら、無力化して情報を吐かせろ。ルナ、お前は物陰から狙うといい。幸い障害物はいくつもある』

「分かったわ」

『相手が誰であるか分からない以上、無茶はするな。切望であった場合は十分に用心し、戦況が悪れば必ず撤退しろ。逃走ルートも送っておく』


次に逃走用の地図がスマホに送られたのを確認すると、ルナとユウゴはデバイスを取り出した。ユウゴは変装を解いてから、ルナと共にデバイスを腕へ嵌める。

まず相手がデバイス使いであるかの確認だ。動きが止まればただの研究員で、捕獲は楽になるだろう。しかし、止まった世界の中で自由に動けていたなら、シュウの言った作戦をとらなくてはならない。


「行くよ」

「うん……」

「「『デバイス・オン』」」


ぴたり、時が止まった。

物陰から相手を確認すれば──動いている。急に世界が止まったことによって戸惑っているのだろう、周りを確認していた。ルナとユウゴは頷き合うと、作戦を始める。

まずユウゴが物陰から出て、ギリギリ相手の視界に入る程度の場所に立った。相手がユウゴに気づいたのを確認すると、想定通りに追ってこようとするのを見て、シュウから渡された地図のルートを通って遊園地に向かう。ルナは相手を挟むようにユウゴの後を追うと、遊園地のある方角を向いた。


『ちゃんとついてきてるー?』

「うん、大丈夫」

『そろそろ着きそうだ。俺は相手が切望か確認してから戦闘に入るから、援護よろしく!』

「了解」


デバイスで強化された身体能力で追いかけっこをすると、何倍もの速さで遊園地に着くことが出来た。

昔は賑わっていたのだろうが、数々のアトラクションが今は放置され、錆び付いている。本来楽しい場所であるそこから漂う、廃墟独特の寂しさ。そのアンバランスさが少々不気味ではあるが、身を隠すものが多いのはルナにとってはありがたい。

ユウゴは開けた場所で止まると、仮面のデバイス使いを待った。そして、すぐに相手はユウゴの前に到着すると、二人は対峙する。


ユウゴは相手を観察した。

身長は一七十センチ代程度で、男性とも女性とも言えるような中性的な体格。しかし、よく見れば胸に膨らみのないところや腰の狭さ、位置から男性であることが分かった。仮面を顔につけ、深くフードを被っているせいで顔はよく見えない。とりあえず切望かどうかの確認、それが先だ。


「やっほー。オルヴァイスの人だよね?」

「……」

「あれ、名乗らないってことは幹部じゃないのかな? 幹部の人だいたい最初に名乗ってくれたんだけど……ああそうか、雑魚の下っ端の人かな?」


ユウゴが煽っても、相手は何を返事を返してこなかった。しかし、相手は足に着いたポーチからデバイスを取り出すとそれを起動した。手の内に生成された意志は大きな水色の弓の形をしていて、弦に手を当てると輝く矢が生成される。そして、矢頭を向けられた時──ユウゴは底知れぬ強烈な殺意を感じた。


「──ッ!」

「消えろ」


相手の発した声は、まるでなにかの機械を通しているかのようで、軽くノイズが掛かっているように聞こえた。それよりも、ユウゴは相手から向けられたその突き刺すような鋭い殺意に戸惑っていた。今までここまで強く人にその感情を向けられたことがない。数多くのデバイス使いと戦ってきたが、これまでの比では無いのだ。


放たれた矢は真っ直ぐユウゴへ飛んでくる。しかし──弾いて砕けるようなものでは無いと察した。すぐに横に飛び退いて受け身を取り立ち上がると、ユウゴが立っていた場所に大きなクレーターができる。

それを見たルナはまるで撃砕の拳のようだと思っていた。いや、それ以上かもしれない。ボクサーの拳を凌駕するほどの矢は、また引き絞られた。


「こんなのが幹部じゃなかったら俺たち今まで何と戦ってたんだって話だよね」

『相手が切望であるなら撤退も考えろ』

「ここまで来て引き下がれないよ。やるだけやる──!」


ユウゴが攻撃を仕掛けようとすれば、相手は大きく飛んで高いアトラクションの上に乗った。見下ろされたユウゴは剣を構え、そして相手は弓を構える。


「我が名は『切望』。お前を倒す、目的はただそれだけだ」

「今まで何人のデバイス使いが俺に殺されたと思う? そう簡単にいくかな?」

「──できる、僕ならできる……!」


矢が手から離された。

弧を描いて綺麗にユウゴに向かうそれは、距離や風向きを計算された完璧なものだ。相手がデバイスに慣れている、そう感じられた。ルナは物陰に隠れながらそれを見ていたが、そろそろ頃合かと拳銃を構えた。この状態なら夢想、寄生と戦った時のように、援護射撃をする人物は安全に狙撃できる。ルナは、アトラクションの影に隠れながら照準を定める。


ルナの弾は貫通するまでの威力がない。接触したら至近距離で小型爆弾が爆発したようになるが、相手も化け物である。隙はできても耐え切れるかもしれない。


「(何より……頭に、当てていいのか……)」


ダメージを考えるなら頭を狙う方がいいが、過去のビジョンを見て同情してしまわないか、それが心配であった。罪ばかり犯しているクズなら容赦なく殺せるが、夢想や寄生のような悲しい過去があれば、ルナのデバイスの力は弱まってしまうだろう。


しかし、ルナは夢想と寄生を相手にしてから、思うことがあった。相手の過去を見ずに殺していたら、あの二人を理解出来る存在はお互いしかいなかったのではないだろうか。そう、思ったのだ。

それは悲しい、寂しい。もしルナの能力が赤毛の女性が言うような翼であるなら、それを使って有利に物事が進まないだろうか、相手を知って、なにか不利になる以外で変わることは無いか。

そんなことを考えながら、切望と対峙することになり、ルナは──的を相手の頭部に絞った。


「(アラシさんの時も、相手のことを知ってたから状況が変わった。それなら……賭けるしかない!)」


ユウゴが飛び上がって、相手の立つ場所に向かおうとしているのが見えた。それを追いながら、チャンスを伺う。そもそも寄生と違ってルナの銃は遠距離射撃が向いていないので案外距離は近い。これなら手元が狂ってユウゴに当たることないと、そう、思いたい。

彼と何度も訓練をしてきて、今のルナはユウゴの動き方がある程度分かってきた。お互い信頼している、だからこそ、こうして背中を預けてくれているのだ。


ユウゴの剣を避けた切望は僅かに体勢を崩した。逃げようと足に力を込めたのを見て、ルナはまず足に弾を撃ち込む。そして、大きな破裂音を鳴らし弾は命中した。

それによって大きくよろけた切望を見て──頭部に弾丸を放った。


ルナがその場にいると確信した時にはもう遅かった。

視界が揺れて、切望は顔を顰める。


そして────ルナの立つ世界が一瞬で変わった。


まるで一本の映画のように、一気に光景が流れてくる。


それに──酷く、胸を痛めて。


そして、ルナはユウゴへ向かって叫ぶ。


どうか届いて。


駄目だ。


駄目だ──!!


「──ユウゴ! 戦っちゃ駄目ッ!!」


ルナの言葉に、ユウゴを動きを止めた。

彼が振り返るよりも早く、衝撃を受けて割れた仮面がバラバラと地面に落ちていく。


そして、切望の顔が顕となった。

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