第20話 夢の中

ルナは、いつかそうなると思っていた。

今まで何度も注意したが、相手は聞き入れてくれず。

前兆は全く無かったのだが、実際それは起こってしまった。


悲しそうなユウゴの横顔を見て、ルナは大きくため息を吐く。


「──だから、コーヒーだけでご飯済ますなって言ったのに!」


今日の朝──シュウが、倒れた。



…………



シュウはユウゴに抱えられ、自室のベッドに寝かされた。

意識はなく、声をかけても返事は無い。栄養失調で倒れたのかと思ったが、それにしてはもう長い間意識が戻っていない。何があったのか、ユウゴとルナはそれを確認しようと部屋に集まっていた。


「シュウが最後に物食べてるの見たのいつだっけ?」

「私、会ってから一度も見たことないんだけど」

「俺は……三年前ぐらいにクッキー作ってあげた時かな!」

「三年前?!」


本気で食べていないのか、隠れて食べているのかは知らないが、どちらだとしても何故そうするのか、その理由が分からない。人に物を食べている所を見られるのが嫌という人もいるが、もしそれなら数年も人に見せていないのなら極めている人なのだろう。お粥でも作って口に突っ込もうか、ルナがそう考えていると、ユウゴはシュウの体を揺すった。


「シュウ、起きて〜。なんか食べなよー」

「普通……こんなに意識が戻らないものなの?」

「もしかして、原因は別のなのかな」

「睡眠不足?」

「あー、確かにありそう」


ルナはシュウが倒れる直前まで何をしていたか探るために、部屋の中を見て回ってた。倒れた位置はユウゴと同室である自室の中央。ユウゴは共有スペースに居たためどうやって倒れたかは見ていないが、部屋に用があって入った時に見つけたらしい。

いつも投資をしたり執筆していたり、計画を練っていたりと椅子に座っていることが多いが、意識がなくなって椅子から落ちた様子ではなかった。


「どっち向きで倒れてたの?」

「えっと……あっち、本棚とパソコンの間の角」

「なんも無いところね。何か取ろうとしてたとか、見てたとかじゃなみたい」


試しにシュウが倒れたシュミレーションをするように部屋の中央に立つと、そのままユウゴが言っていた角の方を見てゆっくり屈んでいく。が、何も分からずに立ち上がると、今だ眠ったままのシュウへ視線を向けた。


「やっぱり栄養失調なのかな」

「でもシュウって別に病気もしないし痩せてもないよね」

「むしろ力ある方よね。本当に何をエネルギーに動いてるのかしら、この人」


二人で行きづまって、試しに、とユウゴも倒れるシュミレーションをしている。実際に倒れたシュウを模すように床に倒れると、ユウゴは「あ!」と声を上げた。


「どうかした?」

「本棚の下になにか落ちてる」

「どれ……?」


ルナも屈んで、本棚の下を確認する。シュウが毎日掃除ているため埃一つ落ちてない床は、確かに棚の下になにか落ちているのが見えた。ユウゴは棚に近づいて床に伏せると、手を伸ばしてそれを取った。


「あれ? ルナちゃんのウィルデバイスじゃん」

「え! いつの間に落とした──って、私のはあるわよ?」

「でも赤い腕輪だよ?」


ルナは最初にシュウに貰ったポーチがある。普段から腰につけているそのポーチにデバイスは入っていて、実際中にデバイスは入っておりそれをユウゴに見せた。ユウゴはルナに見せるように落ちていた腕輪を見せる。確かに同じ赤ではあるが、落ちていた腕輪の方が少し色が濃かった。


「あ、シンボルも違うや。ルナちゃんのは十字形みたいなやつだったよね?」

「ええ」

「これはなんだろ……雫? かな。それか尖ってる方が下なのか分かんないけど」


自分のデバイスをポーチにしまうと、ルナはユウゴから腕輪を受け取り確認した。確かに、ユウゴが言うように雫かそれを反対にしたような柄が掘られている。誰のデバイスなのか、そう思ってシュウの方を向いた。


「シュウってやっぱり……」

「うーん、でも昔仲間だった例の女の人の物だったりとかしないのかな? ルナちゃんの予想では彼女、元々オルヴァイスの幹部だったんでしょ?」

「研究するために預かってる……とか?」


シュウが実はデバイス使いなのか、それとも赤毛の女性の物を預かっているのか。見つけてしまったからにはシュウに聞きたいところだが、まだ目が覚めていないようだった。まさかこのまま目覚めないなんてことは無いか、そう思って不安になる。熱は無いか、そう思って額に触れるが特に熱くなかった。


「(原因が分かれば……)」



そして────急に、部屋が変わった。



驚きに周りを見渡すが、薄くモヤがかかっているような空間で、ぼやけて見える。どうなっているのかと歩みだそうとした時、背後に人が立っていた。


「──様、お加減──がでしょうか」

「う──、大丈う──だよ」


薄ぼんやりとしているが、宮殿の一室のような部屋だ。そこに金髪の髪をした人が、白い髪の人物に話しかけている。体格から見て、金髪の人は男性、白い髪の人は女性らしい。顔はよく見えないし、声も聞こえづらい。


「……力になれず──ざいません。俺も──はもう出せ──ようで……不甲斐──です」

「──は悪くないよ。このままだと、私、ただの──弱くなっ──のかな」


なんと言っているのか、そう思ってルナは二人に近づいた。世界はまるで磨りガラス越しに見ているようで、どうにももどかしい。なんだか弱々しい声でそう話す女性を、男性はゆっくり抱きしめた。女性はその抱擁を受け止めると、自分も腕を回して強く抱き締め合っている。


「ど──うな未来が──ようと、──貴方様に──いきます」

「……あ──とう」


体を離した二人は、どちらからともなく唇を合わせた。どうやら恋人同士だったらしい。口を離すと、また静かに抱き合っていた。


「(どうして急にこんな所に……?)」


ルナはせめてどんな顔をしているのか確認したいと更に二人に近づいた。男性の方は、よく見ればライムグリーンの瞳をしている。そして女性の方は、蜂蜜のようなオレンジ色をしていた。それ以上は分からず、めぼしい情報は得られない。

ここに来る直前、シュウに触れていた。デバイスは起動していないし当然弾も頭に当てていないが、過去の記憶を見ているのだろうか。そう思うが、つまりこの男性がシュウなのか、この空間に別に人がいるのか。確認するが、この部屋には二人以外に人は居ないようだった。


「──愛しています」

「私も……愛してる」


男性の愛の言葉が、すっと曇りを突き抜けて聞こえた。女性はそれに幸せそうに答えて、笑っているように見える。ルナは女性の声に、聞き覚えがあった。そして──次の瞬間、ぼんやりとした世界が鮮明になる。


微笑む女性は、とても美人で綺麗な瞳を持った人だった。その人は愛おしそうに男性を見ている。男性の顔を確認しようとする──が。



──ふふ、こんなこともあったっけ。

懐かしいなぁ。

大丈夫、彼は必ず目は覚ますよ。

だから、少しだけ。

夢の中で休ませてあげて。



そう、どこからか声が聞こえて、ルナが瞬きをした間に元の部屋へ戻っていた。何があったのか、勢いよく顔を上げると、目の前にはユウゴが立っていた。そして彼と視線が合うと、戸惑った様子のルナを見て、ユウゴは首を傾げる。


「ルナちゃん、どうかした?」

「あ、いや……いつか目を覚ますわよね! 少し寝かせてあげましょう、多分疲れてるのよ」


デバイスをシュウの机の上に置くと、ルナはユウゴを部屋から押し出した。ルナも続いて部屋から出ると、最後にシュウを確認して扉を閉める。たまに聞こえる女性の声は、何時でもルナの味方だった。信じていいだろうとルナは判断すると、共有スペースへ向かい椅子に座った。もしかしたら自分の都合の良い幻聴かもしれない、そう思い苦笑いを浮かべながら。


ユウゴは冷蔵庫から飲み物を取り出すと、ルナの分と自分の分を用意してテーブルへ置いた。そして座りながらそれを飲み、自室の方へ目を向けている。


「俺、その赤毛の人に会ったことないけど、いつもアドバイスくれるんだっけ?」

「アドバイスって言っていいのかな……? でも、人の過去を見れる能力も、その人にヒント貰ったから」

「名前は?」

「……聞いたことないわ」


名前はなんだと問いかけたところで、恐らく別の返事が返って来るだろう。あそこまで噛み合わない会話をユウゴにも体験して欲しいところだが、前にユウゴと合わせようとした時にはもう居なくなっていた。もしかして彼女も自分に都合の良いだけの幻覚なのか、一瞬そう思ったが、シュウは存在を知っていたし、そうでは無いかと安心する。


「そういえば、さっき三年前って話してたけど……ユウゴとシュウって組んでどのくらいなの?」

「んー、五年とちょいってところかな」

「じゃあ、二人が出会った時は丁度ユウゴが私と同い年の時かぁ」


それ程長い期間一緒に計画を進めながらも、現在のように一気に幹部を倒せたのは初だという。用意周到に事を準備してやっとここまで来たのだ、今がチャンスなのだろう。それがプレッシャーに感じる気持ちもあるが、自分がちゃんと役に立っているのだと自信にもなる。


「……まだ若いのに、こんなことに巻き込んでごめんね」

「ユウゴはシュウと組んだ時、後悔したの?」

「いや、全く」

「じゃあそれと一緒よ。貴方、案外優しいのね」


それに対して照れたようにユウゴが笑うと、ガチャッ、と音が聞こえてシュウとユウゴの自室の扉が開いた。そこからシュウが出てきて、ルナ達の姿を確認する。歩いている姿は別にふらついておらず、いつも通り、といった感じだ。


「あら、おはよう」

「……ああ」

「急に倒れてるからびっくりしたよ! ルナちゃんの言う通り、何も食べないからこういう事になるんだよ?」


ルナもユウゴも原因は別にあると思っているが、なんだかデバイスのことに触れる気にはならなかった。さっきまで気になっていたが、シュウから話して欲しい、今はそう思っている。

シュウも机にデバイスが置いてあったことで、それを見られたということは気づいているだろう。

シュウはユウゴの隣に座ると、少し俯いてから、そして顔を上げる。


「……今まで嘘を言っていたが──俺はデバイスに適性がある」

「じゃあ、あの部屋に落ちてたデバイスって……」

「俺のものだ」


シュウはそう言って、先程机に置いたデバイスをテーブルの上に置いた。それを見つめてから、その上に手を置く。


「だが、使うことは出来ない」

「それは……なぜ?」

「俺の読み込まれた意志は、いま負の意識に包まれている。殆どロストしかけていると言ってもいいだろう」


本来なら、寄生の時のように読み込まれた意志に何らかの大きな影響があるとロストしてしまうはずだ。だが、シュウはしかし今ここにロストせずに生きている。それは奇跡のようなことなのだろう。シュウがデバイス使いでないと言っていたのは、使うことが出来ないからなのかもしれない。


「じゃあ倒れてたのって……」

「試しに使おうとした。だが、やはり不可能だった。体が灰色に染まりかけたので腕輪を外したら……あのザマだ」

「な、なんでそんな危険なことするのよ!」


ロストしかけている状態で更にデバイスを使うなど、自殺行為だろう。シュウはルナの言葉を聞いて、テーブルに置いたデバイスから視線を逸らした。言い難いことなのか、一度強く口を噤むと、ルナとユウゴへ顔を向ける。


「これからオルヴァイスの連中は更に本気を出すだろう。ユウゴの天敵と言える絶無との戦闘も待っている。そうなれば……俺も表に出て共に戦った方がいい、そう思った」

「シュウ、俺たちはそんなに頼りないかな?」

「違う。そう言いたいわけでは──」

「じゃあ戦闘は俺たちに任せてよ。シュウはいつも通りサポートしてくれたらいい。俺たちを……信じてよ」


ユウゴは、シュウと視線を合わせた。信じられていない、だから無理をしようとするのだ。ユウゴはそう思っているのだろう。シュウはそれに対して、ため息を吐く。


「そう怒るな。ただ……力になりたかった。それだけだ」

「シュウならいつも力になってくれてるじゃん? なんで急にそんなに自信なくなったのかな、らしくないねぇ」

「寄生に蜂の巣にされてたのはどこのどいつだ」

「あ! そういうこと言っちゃうんだ! シュウのおたんこなす! 酷い!」


拗ねたようにそっぽを向いたユウゴを、シュウは「怒るな」、「悪かった」と宥めている。なんとも珍しい光景に、ルナは目を丸くした。なら今晩のおかずをより豪勢にしろと交渉し始めたユウゴを見て、ついつい吹き出してしまう。


「ぷっ、そんな子供みたいなご機嫌取りある?」

「それで機嫌が直るなら、なんでも作ってやる」

「わーい! じゃあ特大ハンバーガーとエビフライと、あと大盛りのオムライス! あとは、デザートにスイーツ食べたい!」

「欲張りすぎだ」


小さく笑ったシュウに、ルナとユウゴもつられて笑う。

ひと時の平和な空間で、三人は笑顔だった。

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