第19話 プレゼント

ベッドから起きたルナは、大きく伸びをした。

新しい拠点に来て数日、適応能力が高いのかもう既に慣れ始めている。シュウの言った通り前の拠点よりは狭く、ルナは一人部屋を確保出来たが、シュウとユウゴは同室になった。部屋自体が前よりも狭いので、男ふたりで肩がぶつかったり狭い思いをしているだろう。そんな姿を想像すると、面白いではあるのだが。


「ルナちゃんおはよ〜。今日も元気に頑張ろう!」

「おはよう。朝から元気ね、ホント」


共有スペースに行けば、ユウゴが座って先にご飯を食べていた。シュウも一緒にいて、ルナが来たのを確認すると、ご飯の用意を始める。座った席の前に置かれた朝食を手を合わせて食べ始めると、ルナはユウゴの方を向いた。

彼は最近、焦っているいうか、忙しないというか。いつもうるさいのだがこの頃さらによく喋るようになっていた。まるで、何かを誤魔化すように。

理由に思い当たらないこともない。『姫神』、『撃砕』、『夢想』の三人、そして情報にはなかったが、『寄生』を倒した。幹部は残り『絶無』と『切望』の二人だけとなった。もう少しで弟を助けられる、そう気持ちが先走ってしまうのだろう。


「それにしても、ルナちゃんのデバイスにあんな能力があったなんてなぁ」

「私も最近まで知らなかったのよ。私のデバイスは弾丸を撃てる、ただそれだけだと思ってたし」

「でもそのおかげで助かったよ! 寄生の情報はなかったから、あのままだと不味かったかもね。このままどんどん行こう!」


おーっ、と拳を掲げたユウゴはご飯を食べ終わったのか片付けを始めた。皿を受け取ったシュウはそれを洗いながら、ユウゴと他愛ない話をしている。

気づいた能力については、夢想と寄生の戦闘に関して報告している時に、ユウゴとシュウにも共有している。ユウゴは驚いているようだったが、シュウ相変わらず「そうか」の一言で受け入れていた。


幹部を全員倒す頃には、シュウも全てを話してくれるだろう。何を話されるのか、彼が何を抱えてるいのか、覚悟して聞かなければいけない。以前彼は寝言で誰かに謝っていた、その理由も恐らく分かるのだろう。


「ルナ、今日は出かけると言っていたか」

「ん? ああ、ちょっと気晴らしに」

「そうか。分かるってると思うが──」

「はいはい、変装でしょ! わかってるって!」


全くしつこい人だが、変装を解いたせいで一度やらかしているのであんまり文句を言えない。暫く食事を楽しんで、ルナは自室に戻ると早速外出の準備を始めた。



…………



前回の本拠地から、何キロか離れた場所に仮拠点はあった。なので少し大都市アルカナリから遠くなってしまい、一番近い街はルミナという街だ。そこまで活気溢れた街では無いが、人がいない訳でもない。大都市に比べれば当然店の数も少ないが、あの人混みの中に入らないでいいならまだこっちの方が好みかもしれない。


変装は金髪の派手化粧ではなく、今は黒い髪で地雷メイクのようなものをしている。変装がバレて拠点までつけられた可能性があるという点で、変装のバリエーションも増えることになったのだ。


「(さて……書店にでも行こうかな)」


最近シュウの本の新刊が出た。まだそれを買っていないので、今回の目的はそれを買って何処かで読む、ということにしようと思う。ルナはもう全く気にしていないが、拠点でシュウの小説を読むと本人が「買うな! 読むな!」と怒り始めるため面倒なのだ。こんな素敵な世界を作ってファンにしてしまったのが悪い、ルナはそう思っている。


書店に向かうと、本棚の一角がシュウの執筆した本『また逢う日まで』のコーナーになっていた。シュウは編集部の人とも全てメールで連絡をとっているらしく、正体不明でそんな怪しい人物にもかかわらず本の出版が通ったのだとか。そうするほど、いや、そいしたいと思えるほど、編集部の人の心を掴んだ作品だったのだろう。内容を読めばそれも頷ける。

身分違いの恋を描いているというのもあって、ただ甘々の恋愛というよりすれ違ったり会えなかったりする切なさの描写がとても上手い。こちらまで辛くなって涙すら出るのだ、純粋に頭もいいし、文章力がある。


「もしかしてシュウもこんな恋愛を経験してたとか? …………まあ、無いか。ナイナイ!」

「何? これが例の本か」

「──ひっ!」


危うく静かな書店ででかい声を出しそうになり、ルナは慌ててそれを引っ込めた。気配もなく顔を出したのは、また赤毛の女性だった。シュウの本を手に取って中をパラパラと確認すれば、フッと鼻で笑っている。


「つまらんな」

「失礼ですね。そういうのはちゃんと読んでから言ってもらえます?」

「ついに幹部は残り二人か。この短期間でここまで追い込んだのは、何十年……いや、何百年ぶりだろうか」


何百年という言葉に、ルナは意外に感じた。オルヴァイスがどれほど歴史のある組織かは知らなかったが、彼女の言葉をそのまま受け取るならもう百年以上は存在するということになる。つまり、ルナが生まれるはるか前よりウィルデバイスは存在するのかもしれない。


「幹部も昔は五人だとは決まっていなかった。対抗する組織が徐々に弱体化していき、数を揃える必要が無くなったのだろう。昔はデバイス使いなど溢れ返っていたものだが……現在は精鋭を数人揃えるだけで構わなくなった」

「対抗する組織って……何百年も前からあるなら、シュウとかユウゴは組織を受け継いでるってことですか? いや……それとも別の組織?」


てっきりシュウとユウゴが協力してから出来たチームだと思っていたが、昔からオルヴァイスに対抗する組織自体はあったようだ。そんな歴史があるとは聞いたことがないので、言った通り別の組織である可能性もあるが。弱体化していったというのなら、戦況は劣勢だっだのだろう。元々所属している人の数が少なかったのかもしれない。


「右翼は見えたか、左翼はどうだろうな。お前が''死ぬ気の行動''をしなければ、見えずに終わるだろう」

「……結構死ぬ気で戦っていると思いますけど」

「やってはいけないと言われると、やりたくなる事というのがあるな。まるで子供のようだが……まあ、大人がやっても構わんだろう。大人だって昔は子供だったのだから」


何言ってんだ。そういう気持ちであるが、まあいつも通りのことだろう。再び解釈に勤しむなら、死ぬ気で本来やるなと言われることをやる、ということになるはずだ。まさかこの場で変装を取って餌になれと言っているのではないか、そう思ったがそうするとしてもユウゴが傍に居ないと無理だ。


「私……その右翼はない方が良かったです。より飛ぶのが難しくなるというか……」

「あいつは慈悲深く、誰よりも人の気持ちを汲んで優しい人だと言われていた。そして、誰よりも強かった。人の過ちを許し、時には悪だと判断して悔やみながらも斬り捨て乗り越える……確かにお前らは似ているが、一番根の部分が違うな」

「誰の話かは知らないですけど、私の能力はその人と違って少しでも同情してしまえば弱まってしまう。だから向いてないんですよ」


女性はそれに対して、ただにこりと笑っている。復讐心とリンクしているデバイスは、敵に同情してその気持ちが弱まれば弱体化してしまう。弾丸はゴム弾のようになるかもしれないし、ルナの意志が弱ければロストの可能性だってあるのだ。


「昔に重ねすぎていたか……そうか、お前たちは違うのか。では、悲しくも弱体化してしまったお前に、プレゼントをやろう」

「プレゼント?」


女性が懐から取り出したのは、ひとつのクリスタルだった。角度を変えてみれば、桃色に見えたり、水色に見えたり、綺麗な石だ。パワーストーンのようなものだろうかとそれを観察していると、女性はその石に指を二本当てると何かよく聞き取れない言葉を言った。


「助けが必要だと思えば、それに強く願え」

「何が起こるんですか?」

「さあな。どのような結末になるかは、私にも分からん」

「そんな危険なもの渡さないで下さいよ……」


唱えたら何が起こるか分からない魔法なんてものが、昔やったゲームにあった気がする。そんなことを思い出しながら、クリスタルを観察した。とても高価そうなものだが、まさか料金請求されたりしないだろうか。この人ならしそう、そう思って勢いよく顔を上げる。


「あの!私シュウから貰ったお金しか──……居ない」


気がつけば、女性はもう隣に立っていない。

後々請求書が届いたりしないか、そう不安になりながらも、ルナは目的の本を買うと書店を出ることにした。



────



「残る壁は、お前らだけとなってしまったか……」

「大変申し訳ござません。力不足でした」


椅子に座る男性は、緋色の瞳で二人の人物を見下ろした。

一人は『絶無』と呼ばれている男。椅子に座る男性へ跪き、そして深く頭を垂れている。確かな忠誠心を感じ、男性は絶無を許すように軽く手を挙げた。


「お前らが目的を達成してくれれば、私はそれでいい」

「必ずや、ルナ・ヴァレッタを捕らえて貴方様にお渡し致します」

「ああ、期待している」


もう一人の人物は、男性にそう言って絶無と同様に頭を下げた。男性は相手を見て、そして笑う。そしてひとつの書類を取り出すと、頭を垂れる二人の目の前に投げ捨てた。


「ユウゴ・トラセム、こいつが邪魔をしているようだな」

「──ッ」

「そして、恐らくだが……あと一人いる」


絶無は隣から漏れた小さな声に、目線を向ける。その人物は資料を手に取ると、強く握りしめた。


「必ず、仕留めます。……行かせてください」

「では絶無と二人で──」

「いえ、一人で十分です」


それを聞いた男性は、その瞳を見て呆れたように頷いた。

隠すことすらもう不可能なのだろう。


桃色の瞳から溢れるのは──底知れぬ、闇だった。

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