第17話 割れたカップ
「おっと、そんなんじゃ当たんないよ!」
「……ぐっ!」
BB弾がユウゴの横を通り過ぎると、彼の持つ木製の剣で短く肩を叩かれた。その痛みに一度後退すると、モデルガンの弾を充填する。ウィルデバイスで生成された銃はリロードの必要が無いが、訓練でそれを使うと体に負担がかかったり周りの人が止まってしまうので避けている。本来は必要のない動きなので、ユウゴもその間は待ってくれていた。
「うーん、ちょっとだけデバイスの訓練しようか? 十五分ぐらい」
「いいのかなぁ」
「ここから半径一キロ圏内にそんな沢山人ないでしょ」
「適当ね……」
ルナは撃砕に敗北した時から、より厳しい訓練を望んでいた。だからそれに頷いて、ユウゴと共にデバイスを腕に嵌める。お互い装備が終わったのを確認すると、トリガーとなる言葉を口に出す。
「「『デバイス・オン』」」
腕輪は幾何学模様が浮かび、淡く発光し始めた。それぞれのシンボルが刻まれた場所に魔法陣が浮かぶと、手の内に武器が生成される。ルナは真っ赤な二丁拳銃を、ユウゴは群青色の片手剣を装備すると、それを構えた。
「さあ、短いけど本気の試合だ。気を抜かないで」
「勿論」
ルナはユウゴの喉元を狙うと、すぐにトリガーを引いた。真っ直ぐ飛んでいく弾丸は、ユウゴが剣でそれを弾いたことによって飛び散る。間髪入れずに二発目、三発目と連射するが、それも簡単に弾かれてしまった。
「狙いは的確だけど、分かりやすいかな」
ユウゴは足に力を込めると瞬時に距離を詰めてきた。剣がルナに向かって振るわれ、それを思い切り背を反らして避ける。顔の上を刃が通るのを見て、ユウゴが本気なのだと思い知らされた。
ルナは、前に赤毛の女性に言われたことを思い出していた。ルナには翼があり、その片方は見えかけている。違和感を探れ、そう言っていたが実は思い当たる節があったのだ。
姫神との戦闘も、撃砕との戦闘も、一瞬だけ誰かの声が聞こえたり、映像が直接脳に流れたりした。それと何か関係があるのでは、そうルナは思っている。
あの時はどちらも頭部に弾丸が当たっていた。それがきっかけとなったのなら、ユウゴの頭に弾を当てないといけないのだろう。中々及び腰になってしまうが、実践で確認するのは危険かもしれない。それに、早めにその翼の正体を知りたかったのだ。
「(頭って言ってもね……)」
考えているうちに、ユウゴは剣をバネのように引いてルナに突き出した。切っ先が顔に向かって、すぐに顔を横に逸らす。ユウゴは言った通り本気である。寸止めするつもりであるだろうが、今の攻撃をまともに食らっていたら命はなかったはずだ。
今度は振り下ろされた剣の刀身を撃って、軌道を逸らすと簡単に飛び退いて避ける。そのまま足に向かって弾丸を放つと、ユウゴは流れるような剣さばきでそれを弾いた。
しかし、左の銃で足を狙い、反対の銃は手を、そしてそれらをやめたと思ったら腹部を、喉元をと様々な場所に撃ち込もうととする。それはことごとく剣で弾かれてしまうが、ユウゴはルナがどこを狙って撃ってくるかよく分からなくなってきた。
そして、ユウゴが剣を振り上げたのを見て──逆に距離を詰めた。驚いて一瞬隙の出来たユウゴの背後に回ると、彼が振り返る前に喉元に一発撃ち込む。
「甘いッ!」
ユウゴはそれを弾いて一安心した。しかし、気づいた時には、頭部に痛みが走る。ルナは先程から頭を狙ってこなかった。模擬戦というのもあって遠慮している、そう思っていたのが、狙ってこないのだと油断させて本命で撃つためだったのだ。
「──グゥッ!」
そして、次の瞬間──ルナは公園に立っていた。
何が起こったのか。
それを理解する前に、聞きなれた声が聞こえてそこに振り返った。
「おーい、リクト! あんまり走ると危ないよ」
そこには、ユウゴが立っていた。しかし、よく見れば少し幼いようにも見えて、彼は学生時代こんなだったかもしれない、彼はそう思わせるような容姿をしていた。さっきまで拠点の訓練部屋だったはずだが、そう思ってルナはユウゴに近づく。
「あの、えっと……ユウゴ?」
しかし、彼はルナの事を見ることも無く隣を通過してどこかへ行ってしまった。まるでルナの声が聞こえていなかったような、そもそもルナが見えていなかったような、そんな雰囲気だった。振り返ってユウゴの方を確認すれば、彼と似た容姿をしている子供に声をかけているようだった。先程呼んでいた、リクトという人物だろう。
「ここにはいないのかなぁ、図鑑には載ってるのに」
「ん、あれじゃないか? 取ってみようか?」
「兄ちゃん、早くとってとって!」
公園の木に珍しい虫がいるらしい。身長の高いユウゴが、手を伸ばしてそれを取ろうとしている。ユウゴを兄と呼んでいるのだ、リクトという少年はユウゴの拉致された弟なのだろう。確か姫神にその名を知らないかと聞いていた気がする。そう思い出しながら、ルナは二人の様子を見守っていた。
二人はとても仲が良さそうで、ユウゴもリクトも笑っていた。虫を観察しながら、ここがいいとかこれが珍しいとか話をしている。ルナはそろそろなんでこんな場所にいるのだろうと周りを観察し始めた。ユウゴはこちらを認識していないようだし、彼もまるで過去のように今より若い姿をしている。もしかして過去のビジョンを見ているのだろうかと、ルナは少し二人から離れて歩き出した。
赤毛の女性は、映画について話していた。人の記憶や感情に触れ、知ったような気持ちになれると。もしかして、この現象が彼女のいう翼の能力なのかもしれない、ルナはそう推測する。暫く歩いていると、何が壁にぶつかって大きくよろめいた。打った鼻先を抑えながら、恐る恐る手を前に出す。すると、見えない壁に触れたようだった。
「これ以上遠くには行けない……本当にユウゴの記憶の世界なのかな」
ユウゴが見えないところは彼の記憶には無い。だからこの空間は、記憶の主である彼からあまり離れられないのだろう。それを確認してユウゴの方へ戻ると、彼らは虫を逃がしてあげるところだった。
「兄ちゃんは凄いね! 簡単に見つけちゃった」
「そうか? リクトがここまで連れてきてくれたからだよ」
「ううん。兄ちゃんは凄いんだ、本当に!」
そう言ってリクトは笑顔を見せている。本当に仲のいい兄弟だったのだろう、引き裂かれるまで、ずっと一緒だったに違いない。ユウゴはそんなリクトの頭を撫でると、二人で図鑑を見ながら次の虫を探している。
そして、瞬きの間に、訓練部屋へ戻っていた。
頭部を抑えているユウゴが目の前にいて、見知っている姿に少し安心した。ルナもユウゴも何が起こったのか分からないと言った様子で、お互いに顔を見合わせた。
「なんか、ちょっと……走馬灯見たかもしれない」
「ごめん! 痛かったよね……!」
「大丈夫大丈夫! 今ルナちゃんの弾丸は全力じゃない、耐えられるよ」
そろそろ十五分たったか、ユウゴはデバイスを外すと弾の当たった部分を摩っていた。ルナも同様にデバイスを外すと、ユウゴのために氷嚢を持ってこようと部屋から出た。火傷になっているかもしれないし、直ぐに冷やした方がいいだろう。
確かにユウゴと模擬戦をしている間はオルヴァイスに対する憎しみで戦うと言うよりかは、技術を上げて強くなりたいという気持ちの方がある。だから弾丸の威力が強くないのは分かるが、痛いものは痛いだろう。
それよりも、やはりルナは弾丸を相手の頭部に当てると、相手の記憶が見れるようだ。それを確認できたのはいい事だし、何か役に立つかもしれない。後でユウゴやシュウにも報告した方がいいだろと氷嚢の用意をしていると、共有スペースにシュウが出てくる。
「怪我でもしたのか」
「少し、ね」
「訓練をしている以上無傷ではいられんだろうが、無理はするな」
シュウはそう言ってコーヒーを入れ始めた。一応心配はしていくれているらしい。それに小さく笑ってから、ルナは用意した氷嚢を持って訓練部屋へ向かおうとする。
しかし────。
「──ッ?! 伏せろ!!」
「え……」
シュウの持っていたカップが、地面に落ちて音を立てて割れた。
シュウはルナに覆い被さると、そのまま地面に伏せる。次の瞬間、ドォンッ!!と大きな音が鳴って空間が揺れた。棚に入った食器などが、揺れで飛び出して割れる音がする。地震か何かかと思ったが、揺れの具合がそれとは違う気がした。
何度も地響きと爆音がなる中、共有スペースにユウゴが走ってくる。
「二人共! 大丈夫?!」
「敵襲だ。このままじゃ地面を破壊される、生き埋めになる前に外に出ろ」
シュウの指示に従って、ルナとユウゴは外に出る階段を駆け上がった。しかしシュウは自室の方へ戻ってしまう。言った通りいつ地面が崩れこのまま生き埋めになるか分からない、そう思いルナはシュウを追いかけ連れ戻そうと走ろうとする。しかし、ユウゴはそんなルナの手首を掴んだ。
「追っちゃ駄目だ! 先に出よう!」
「でも──」
「いいから! 」
ユウゴに手を引かれ、ルナは扉を抜けて地上へ出た。するとそこには──黒い服の少女が立っている。まだ十代程度だろう若い少女は、こちら向いてにこりと笑った。
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