第16話 星空
いつも通り共有スペースで適当にテレビを見て、ついに夜が来た。ユウゴを探したが共有スペースには勿論居らず、自室をノックしても返事はなかった。シュウに聞こうかと思ったが、なんだか顔が合わせづらい。そう思い、ルナはただただ座って待機している。
その時、外へ出る階段の方からドタドタと足音を鳴らし降りてくるのが聞こえた。
「ルナちゃん、外に来て!」
「外?」
ユウゴの声が聞こえて振り返るが、視線を向けた時にはもういなくなっていた。外に何があるというのか、そう思いながら、ルナはユウゴの後を追い階段を上り外への扉を開いた。
外に出ると、傍にレジャーシートが敷かれていた。
その上には重箱が置いてあり、横にはクーラーボックスが置いてある。ユウゴの買ったお酒が入っているのだろう。そして、添えられたランタンの光だけが頼りだ。花見か? と思っていると、ユウゴの背が見えてそこに向かって歩き出す。
「何? こんな場所でお花見でもするわけ?」
「お花見というか、お星見?」
「星?」
振り返ったユウゴの前には、何か大きなものが置かれていた。それは──天体望遠鏡だ。本格的な大きなものでは無いが、しっかり星を観測することはできるだろう。あのでかい袋の中に、多分天体望遠鏡が入っていた箱があったのだろう。そんなもの街中で売っているのか、そう思いつつ、呆れたようにため息を吐く。しかし、ルナは少し嬉しくなった。
「今日星が綺麗に見える日なんだってさ。一緒に天体観測てもしようよ」
「これのために色々用意してたのね」
「そういう事!」
ユウゴは楽しげに笑うと、望遠鏡を覗いて位置を確認しているようだった。用意されたレジャーシートに座って待っていると、暇を持て余し重箱の中身を確認する。そっと蓋を開けると、中には美味しそうなおにぎりが並べられていた。具材は何か分からないが、数個のおにぎりからエビの天ぷらが覗いている。ただ暇つぶしに確認しただけだが、くうっ、とお腹がなる。
「ははっ、先に食べちゃう?」
「別に! それより、何か見えそう?」
「うーん……ああ、よし、見えるよ」
ユウゴは望遠鏡から顔を上げて、ルナに手招きした。期待した様子でルナはユウゴと立っている位置を変わると、望遠鏡を覗き込んだ。
「おおっ……!」
「ほら、見えるでしょ?」
覗いた先には、何かの星座が光って見えた。キラキラと輝く星は、こちらを照らしている。その輝きに僅かに興奮しているのを自覚して、ルナは少し恥ずかしくなった。
「それ、はくちょう座らしい!」
「へぇ……てことは、あの一番光ってるのがデネブかな」
「ルナちゃん詳しいんだね」
カショッと音がして、ユウゴがお酒の缶を開けたのが聞こえた。ルナも一度顔を上げると、ユウゴへ手を差し出す。意味を察してユウゴはルナへ缶を渡すと、それを飲み始めた。お酒は得意という訳では無いが、度数が低いものなら飲める。──と、思ったのだが、想像していなかった苦味に思わず顔を顰めた。
「にっがぁ!」
「ありゃ、ごめんそれ俺のだ」
「ちょっと、勘弁してよね!」
ごめんごめんと謝られながら、今度はルナの分と用意された甘いお酒を飲む。ちょびっとのアルコールの入ったジュースぐらいが、ルナには丁度いいのだ。空きっ腹に酒を入れるのはあまり良くないが、どうせあってないような度数だ、大丈夫だろう。
「俺も見せてー!」
「はいはい」
「うわ〜! めっちゃ光ってる」
「ふっ、何その適当な感想」
まあめっちゃ光っているといのは間違いでは無いが、もっと風情のある感想は無いのか。そう思いつつ、ユウゴの頭を押しのけるとまたルナが望遠鏡を覗く。はるか遠くにある星だが、こうして普段より大きく見えるだけで近づけたように感じる。光り輝く姿は胸踊るし、暗闇にちりばめられた宝石が、それぞれ自ら発光しているようであった。
「でもちゃんと見えてよかった。最初はシュウがセットしてくれたんだけどさ、俺が倒しちゃって」
「シュウが?」
「あ。いや……シュウかもしれないし、違う人かも?」
何故誤魔化すのか、そう思いじっと睨みつけると、ユウゴは参りましたと言わんばかりに肩を竦めた。
今回天体観測をすることになったのは、実はシュウの提案だったらしい。「ルナが落ち込むだろうからどうにかしろ」とシュウがユウゴに頼んだのだとか。おにぎりの用意や望遠鏡を組み立ててセットするまでも、全部シュウがやってくれたらしい。
「シュウが自分が関わってることは伏せて欲しいって言ってたんだけど……思わず」
「あのおにぎり屋さんみたいな綺麗なおにぎり見たら誰でもシュウが作ったって分かるわよ」
彼も彼なりに、ルナのケアをしようと気を使ってくれていたようだった。とんでもなく叱られたときは少し恨んでしまったが、その優しさに触れて僅かに頬が緩む。
「俺達、オルヴァイスを壊滅させたらもう二度と会えないと思うんだ。だから……今のうちにいっぱい思い出作っとかなきゃね!」
「そう、ね……」
確かに、全てが終わって三人がまた集まる想像が出来なかった。ユウゴは罪を償うと言っているし、ルナはウィルデバイスを関わるのをやめる。シュウは、なんだかそのまま姿を消してしまいそうに思えた。
最初は他人だと思っていた二人であるが、共同生活をして同じ目標へ走っている間に、多少の情が湧いている。ルナは正直に言えば、寂しかった。
「シュウも呼んでこようか!」
「え? でもどうせ『行かん』って言ってた終わりそう……」
「まあ、物は試し! ちょっと待ってて」
拠点の方へ向かったユウゴは、シュウを呼びに行ってしまった。シュウはこういった騒ぐ場面が嫌いな印象があるし、恐らく来てはくれないだろう。
暫くすると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえた。その足音は──一人分ではない。
「やっほー、おまたせ!」
「俺はいい。星など興味無い」
「まあまあ、美味しいおにぎりもお酒もあるよ」
おにぎりは本人が作ったのだがら誘う理由にはならんだろうと思いつつ、ルナはシュウにお酒を投げ渡した。それを受け取ったシュウは、大きくため息を吐いている。シュウが本気で行かないと思えば、椅子から動くことすらしないだろう。しかし、こうやって興味無いと言いつつ来てくれた事に、彼の優しさを感じる。前のパーティーの時も案外同席していくれたし、ただの気難しい男では無いのだ。
「シュウ、ありがとね」
「何が──……おい、ユウゴ」
「ルナちゃん! バラさないでよ!」
礼を言ったことで、シュウがきっかけで始まった事だとユウゴが話したのがバレてしまった。それに慌てていたユウゴは、シュウに軽く睨まれている。ルナはお腹がすいたのでおにぎりを食べながら、そんな二人の様子を見ていた。加減が絶妙なおにぎりだ、とても美味しい。
暫く話をしながらおにぎりを食べたり、満腹になったら星を見たりして楽しんだ。丁度有名な星座が見える時期だ、案外盛り上がった。
だからこそ、ユウゴがさっき言ったことがより胸を締め付ける。それぞれの道がこの先待っているが、それでも、またそれが交わる日は来ないのだろうか。
「ねぇ……またしようね、天体観測」
「ルナちゃんが見たいなら何時でもセッティングするよ?」
「全部が、全部が終わった後の話よ」
その言葉に、ユウゴもシュウも返事はしなかった。それに予想通りだと思ったか、悲しかったか。ルナは「なんでもない」と小さく言うと、また星の観測を始めた。ルナの気持ちを察したのか、ユウゴはルナをシュウの隣に座らせると、彼自身も二人の傍に屈んだ。
「記念写真を撮ろう!」
「姿が残るものは危険だ、やめておけ」
「一枚だけ!」
最初は抵抗していたシュウだが、ユウゴの勢いのある押しに折れたのか一枚だけという条件で諦めたようだった。確かに身を隠す存在として姿が残るものはあまり良くない、それも拠点の真隣だ。しかし、ランタンの明かりだけで暗い場所だし、どうせ撮ってもはっきりは見えないだろう。
「いくよー! いち、にの、さーん! ぱしゃっ!」
「何その掛け声」
「どれどれ……おー、いいんじゃない? ほら」
ユウゴはスマホをルナに見せた。案の定暗くてよく分からないが、楽しげなユウゴ、満更でもないと言ったようなルナ、そして黒い服で闇に紛れているシュウが写っていた。
「まあ、私にも後で送ってね」
「え? 後で消すよ? 危ないし」
「じゃあ意味ないじゃない! なんで撮ったのよ!」
ルナを宥めるユウゴは楽しげに酒を煽っている。それにため息を吐いたルナだったが、口角は自然と上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます