第15話 宝の持ち腐れ

綺麗な星々を見上げる。

都会から少し離れた拠点は、空気が透き通っていて周りに建築物などもない。そのおかげで蘭々と輝く星がはっきりと見えた。隣には星を眺めながらお酒を飲んでいるユウゴが立っていて、ルナがこちらを見ていることに気づくと、楽しげに笑っていた。



────



ルナは自室のテーブルに突っ伏していた。

正直拗ねてるし、目が腫れるほど泣いた。涙を拭ったり鼻をかんだティッシュがゴミ箱に溢れている。腕が完治してからすぐに、ルナはシュウに呼び出されていた。療養中にじわじわと不安を感じていたが、やはりとんでもなくでかい雷がルナへ直撃。申し訳なさや悔しさから涙が出ても、シュウは説教をやめなかった。


「確かに私が悪いけど、あそこまで言うことないじゃん! シュウのバカァ! うわぁーん!」


大好きなアラシもオルヴァイスの職員であったし、更に死んでしまった。それも大変傷ついたし、騙されていたような怒りもある。そんなこんなで自室で一人泣いていると、空気も読まずにノックの音が聞こえる。居留守でも使おうかと思ったが、ユウゴでもシュウでも部屋の中に人の気配がすることは分かるし、何よりずびっと鼻を啜ってしまった。

鏡で一度瞼の腫れ具合を確認してから、ルナは「はーい」と返事をすると扉を薄く開いた。まだ怒った様子のシュウが立っていたらどうしよう、そう思って隙間から外を覗く。


「やあ、氷嚢持ってきたよ。目、冷やしたら?」

「ユ、ユウゴーッ! シュウがぁー!」

「はいはい、話は中で聞くよ。入れて貰えるかな?」


扉を大きく開くと、ルナに氷嚢を渡したユウゴを部屋に引きずり込んだ。すぐにソファーに座らせると、シュウがあーでこうでと愚痴をマシンガンのようにベラベラ話し出す。水を得た魚のように、愚痴は止まらず一方的に喋りだして一時間経った頃、やっとルナの気持ちが収まった。


「お、落ち着いたかな?」

「はぁ、はぁ……まあ、私が悪いんですけど……」

「ありゃ、今度は反省モード?」


怒りが落ち着いてきたら、今度は自分の失態に後悔し始めた。しかしユウゴは文句のひとつも言わずに聞いてくれる。いつも通りの表情で、ただ頷いたり、返事をしてくれた。ルナはやっと感情爆発が鎮火すると、ふう、と一息つく。


「話したらスッキリしたわ、ありがとう」

「いえいえ。それよりさ……今日ちょっと付き合ってくれないかな?」

「どこか行くの?」


ユウゴはいたずらっ子のようにニヤリと笑うと、外出の時間を告げて部屋から出ていった。今度はしっかり変装をして、準備をする。ウィルデバイスはもうつけておらず、最初に貰ったポーチに入れて腰に着けた。



…………



「さあ着きました! アルカナリ!」

「シーッ! 声大きいわよ、恥ずかしい……!」


前のショッピングの時のように、二人で大都市アルカナリに向かった。今回は前回のようにバスではなくユウゴが運転する車で来た。平凡な車だが、特定を防ぐためあまり使わないなのだとか。

ユウゴの目的は今だ告げられていないが、とりあえずルナはついてきた。何やらメモを確認して、ユウゴはルナとお店を見て回る。まずは食品が売っているお店に入った。


「えっと、これこれー」

「お酒? 貴方飲めるの?」

「普段はあんまり飲まないんだけどさぁ、今日は特別」

「何かあるの? 今日」


それに対して「内緒♡」と茶化しているユウゴを見て軽く背を叩くと、彼は笑っていた。更に同じ店でお酒のつまみのになるようなものを買い、必要ないと断るルナの分までお酒が購入された。レジで身分証を確認されたのは笑ったが、ユウゴもルナもまだ二十代だし判断がつきにくかったのだろう。そして、一度二人で店を出る。


「ユウゴの免許証見せてよ」

「え! やだよ!」


隠されると余計に気になる。そう思い財布に仕舞おうとしていた免許証を、ルナはパッと奪った。取り返そうとするユウゴをかわして顔写真を確認すると、何故か変装した状態で、それを幼くしたようなユウゴの姿が映っていた。確かに今の変装中のユウゴが本物の免許証を提出しても身分証明にはならないだろう。


「偽装だ」

「しょうがないでしょ! 成人してるのは本当だし、大丈夫大丈夫!」

「よくこんな上手に加工できるわね……」


聞けば偽装免許証の制作はシュウが全て行ってくれたらしく、全く本当になんでも出来ると人だと笑う。一番身分が怪しい人間が偽装免許証を作っていると言うヤバい図が脳内で浮かぶが、一旦考えるのやめた。 そもそもルナも今は工事の許可がちゃんと通ったのか知らない地下の施設に住んでいるのだ、同類と言われても否定は出来ない。

今度はキャンプグッズが売っているお店に入った。キャンプでもするのかと思ったが、ユウゴはテントなどは見ずにレジャーシートを物色していた。


「ルナちゃんは何色が好き?」

「え、水色」

「じゃあこの白と水色の水玉にしよ」


大きめのレジャーシートを一つ購入すると、もうその店は出てしまった。別にキャンプをするか訳ではないらしい。そして、店を出るとユウゴは一旦荷物をルナに預けた。まさか、そう思うとユウゴはニッコリ笑う。


「最後の買い物済ませてくるから、ここで待ってて!」

「またなの?」

「すーぐ済むから! そこにベンチあるから、座ってて!」


ぴゅーんと効果音でも聞こえそうな程に颯爽と去っていったユウゴを見送り、ルナは言われた通りにベンチで待つことにした。前に買い物に来た時もこうやって一人にされたが、あの時の姫神にちょっかい出された事を思い出す。姫神も撃砕も、ルナからすれば大きな立ち塞がる壁のように脅威で、強かった。どちらもユウゴがいなければ死んでいただろうし、全く役に立ってないようにも思える。再生したはいいが今回は腕を無くし、全く散々な結果だ。


「はぁ……向いてないのかな」

「宝の持ち腐れとは、まさに今にお前にピッタリだな。宝といえば……昔の知り合いにそういった事に詳しいやつがいた。懐かしい気分になるな」

「……うわっ!?」


ベンチの隣に、いつの間にか人が座っていた。相手はよく見れば前にカフェであった赤毛の女性で、どこか遠くを見ながらそう語りかけくる。神出鬼没とはまさにこの事だろう。ことわざに四字熟語をぶつけて返していいなら、そう彼女には贈らせてもらう。

女性は変わらず綺麗なロングヘアに黒いコート、初めて全身を見たがスタイルの良いモデルのような人だ。まともに人と話ができたらモテただろうに。そう思っていたが、真っ黒のブラックホールのような瞳を向けられ、やはり考えを改めた。


「あの、シュウから話を聞きました。知り合いだって」

「どれだけ有能だとしても、本人が使いこなせないのであれば意味がない。ああ、今日は昔の事ばかり思い出すな。宝の持ち腐れを代表するような阿呆が、むかし同僚にいた」

「宝の持ち腐れって……やっぱり才能ないのかなぁ」


ウィルデバイスを使う事が向いていないと言う言葉に、「宝の持ち腐れ」だと返しているのだ。向いていないのか、そう言っただけなので何に関しての話かは女性は分からないはずだが、珍しくここだけは話が噛み合っている。やはり、デバイスという宝を持て余しているのだろうか。そう思うと、ルナはだんだんと自信が無くなっていく。


「しかし、そいつは自分に才能がある事を自覚していた。……が、お前には無いな。つまり、ヤツ以上の阿呆ということか。ははっ、傑作だ」

「あの、今めっちゃ失礼なこと言ってません?」

「特別だというのに、そうか、自覚がないか。全く難儀な話だ」


特別だと褒めてくれているのか、自覚がない馬鹿だと貶しているのか。やはり彼女とは話が噛み合わないので、こっちから合わせていくしかないのだろう。そのルナが特別である理由が分かれば、今以上に強くなれるのかもしれない。


「私の何が特別なんですか?」

「お前には翼が生えているな。右翼、左翼……それを使えば高く飛べるものを、ははっ、懸命にその足で地面を走ってる。これを笑わずに、何を笑えと?」

「翼? 人に翼なんて生えませんけど……」

「自分の背は自分で確認できんからな。しかし……右翼の片鱗は見えたかもしれない。何か違和感があれば、それを考えて、ただただ考え抜くしかないだろうな」


背は確認できないから分からないが、ルナには翼が生えている。そしてそれに気づきかけていないか?、という解釈でいいのだろうか。なんで人との会話にこれほど、複雑な解釈を求めなくてはいけないのか。ルナに翼は当然生えていないし、ウィルデバイスにそんな力はない。つまり何かの比喩表現である可能性が高いと考え、言葉通り感じた違和感を探ればいいのかもしれない。


「そうだ、映画は好きか? あれはいいものだな、人の記憶や感情に触れて。相手のことを理解した気になる」

「まあ、好きですけど……」

「触れないと分からないものもある。そんな事を思うなど、私も変わったものだ。全く彼女の優しい部分が、少しでも影響したのだろうか」

「彼女?」


また新たな登場人物だ。それか以前にルナと似ていると言っていた人物を指しているか。彼女の話に人名が出ないせいで、こうやって推理しないといけないことろは本当に面倒だ。それにしても、ユウゴは中々買い物の時間がかかっているようだ。どうせならルナより人当たりがよく会話が上手そうなユウゴを巻き込んで、一緒に推理大会をしたいのだが。


「ルナちゃん! おまたせ!」

「ユウゴ、丁度良かった。……って、何そのでかい袋」

「まあまあまあ。さ、行こうか」


なんだか大きな袋に、これまた大きめな箱が入っているようだった。何が入っているんだと中を覗こうとすれば、体を逸らされて拒否される。


「あ、そう言えば、前にシュウの知り合いって言ってた──ぁあぇ? あれ?」

「シュウの知り合い?」

「はぁ……コーヒー代せびられるよりかはいいか……」


いつの間にか、隣に座っていた女性はいなくなっていた。また名前すら聞けなかったが、前のように食い逃げならぬ飲み逃げがないだけマシである。ユウゴは大きな袋を持っているにも関わらず、ルナに預けていた袋も受け取ると、そのまま車に戻ろうとしている。


「ちょっと、私も荷物持つぐらいの腕力あるわよ!」

「病み上がりだしここは任せて」

「なんだか貴方だけに持ってもらって悪いわ」


それを聞くと、ユウゴはレジャーシートの入った一番軽い袋をルナに渡した。これでいいでしょとこちらにウインクするユウゴを見て、大人しくそれを持つことにする。案外、ユウゴは無神経そうでレディーファーストだったり気を使ってくれたり紳士的なところもある。まあ、無神経なところも全然あるのだが。


「さーて、帰りますか」

「それで、今日は何があるの? こんなに色々買ったけど」

「夜まで待って!」


夜に何があるのか、そしてその大きな袋は何が入っているのか。謎は深まるばかりだが、ユウゴの言った通り待つしかないのだろう。

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