第13話 『撃砕』

「アラシさん……うそ、でしょ……!」

「アラシ・オウエイ──またの名を、『撃砕』だ。とりあえず、名乗った所で…… もしかして俺のファンだったか? なら抵抗しないでこっち来てくんねぇかな、大人しくしてたら雑には扱わねぇからさァ」


アラシの顔を見て、オルヴァイスのシンボルを見る。何度確認しても、アラシがオルヴァイスの職員であるというのが分かるだけで、現実は何も変わらない。

『撃砕』というのは幹部の一人だとシュウから聞いている。それに──強者であるとも。

信じられない、ショックだと言うのがルナの気持ちを占めるが、今は悲観している場合では無いのだろう。ルナは拳銃を構えると、アラシに銃口を向けた。


「確かに、貴方のファンよ。貴方がデビューした当時からずっっと!! だけど……それとこれとは話が別よね」

「物分り悪ぃな。じゃあ──やるしかねぇよなァッ!!」

「──ッ!」


拳を振りかぶったアラシが、ルナへ迫る。ゾクリと背筋に冷たいものが走って、直感的に横に飛び退きそれを避けた。ルナが立っていた場所は大きく抉れ、まるでさっきも感じたように隕石が落ちたようであった。当たれば確実に体を粉砕される、それが見ただけで分かるのだ。


二撃目、三撃目と地面が抉れ、ルナは周りの心配をした。しかし、攻撃は人を貫通するように地を割り、人に影響はないよだった。これが戦闘が終わり人が動き出した時にどうなるか分からないが、なるべく攻撃を避けて周りに被害を与えない方がいい。そう思うが──策がない。


「オラァ! 避けてるだけかよォ!!」


拳が眼前まで迫り、ヒュッと喉が鳴った。

早く、早く避けろ。

そう脳が体に信号を送ると、間一髪で避けることができる。しかし、これではアラシの言う通り、本当に避けているだけの戦いだ。このままでは負ける。そう思ってルナはアラシに向かって弾丸を放った。


「おっとォっ!」

「くそっ……!」


まるで相手選手の拳を避けるかのように、アラシは素早く被弾しそうになった肩を後ろに逸らして弾丸を避けた。そのまま連発して急所を狙うが、アラシに弾が当たることは無い。油断していた姫神とは違い、真正面から向かってくる本気。それに対して、一人でどう勝てばいいだろうか。ルナは拳銃を強く握りしめた。


「(スマホを取り出してユウゴかシュウに連絡を──)」

「保おけてんじゃねぇぞ!!」

「──ぁア゙ッ!!」


一瞬思考が落ちたカバンに入ったスマホの方へ向いたせいで、反応が遅れてしまった。左肩を掠ったナックルが、僅かに肉を抉ったのだ。痛みに拳銃を離しそうになったが、どうにか歯を食いしばり耐える。


「フッ、フーッ!!」

「そうだ、そうやって痛みを逃がせ! そうすればもっと戦えるだろ?」

「別に痛くないわよ……こんなの!」


銃を構える腕を前に出すと、激痛が左肩に走った。もうやめたい、逃げたい。そう思いながらも、ルナはまだ立ち続ける。


「ああっ、楽しいぜェ……戦いっつーのはなァ! もっと強者と戦って、高みを!」


ハイになっているのか、アラシは瞳孔の開いた目でルナを楽しげに見つめた。強者と認めて貰えているのは嬉しいが、命の危機となれば喜んでもいられない。ルナの放つ弾丸は正確にアラシを捉えているが、接触する前にナックルで弾かれてしまう。それをどうにか当たるようにしむけなければ、ルナに勝機は無い。


戦わなくては勝てないが、戦ってどうなるだろうか。ルナは怯えから手を震わせながら、必死に己を奮い立たせ銃を握っている。このまま死を受けれられれば、どれほど楽だっただろうか。そう思うが──いや、そんなこと思ってはいけないのだろう。


「こんなとこで死ねないのよ!!」

「その意気だァ! かかってこいや!!」


その時、よりアラシのナックルが輝きを放ったように見えた。ユウゴはデバイス使いの読み込まれた意志が強ければ強いほど、生成された武器も強くなると言っていた。つまり、今アラシの読み込まれた意志が、何かをきっかけに強まったのだ。


「(特定出来れば……少しは……!)」


ルナはアラシのファンである。故に彼の情報を多く持っていた。アラシがオルヴァイスの職員であることはショックであったが、ファンであったことはここで役に立つだろう。

アラシはデビュー当時、強いボクサーではなかった。しかし、数年前のある時をきっかけに異様にパワーが上がったように感じたのだ。それはシキに負けた年からだったので、デバイス使いになることで何かあったのではないか、そう考えた。


「(異様に強くなった。だけどデバイスを使ってない時は別に身体能力は上がらない……強者と戦う喜び、負けたくない気持ち……何が、なんの意志が読み込まれたの……?)」


考えても分からなかった。それよりもアラシの拳を避けることで精一杯で考えがよりまとまらない。しかし──アラシのインタビューの際に言った言葉が、ふと降りてきたのだ。


──『この競争心がある限り、俺は伸び続けるぜ!』


それは確かに心からの雄叫びで、当時ルナも感動した覚えがある。もう、それしかない。湧き上がる『競争心』、それがアラシが読み込まれた意志だ。


「(気づいたからといってどうすれば──!)」

「まだ逃げんのかァ?!」

「うっさい!!」


意志を折る、弱める。

とにかくアラシの競争心が萎えるようなことを言ったりすればいいのだろう。


ルナは拳銃を降ろした。そして、それを見てアラシも拳を止める。諦めた、そう判断したアラシは大声で笑いだした。


「そうやって最初から諦め──」

「貴方は最高のボクサーだわ。私、正直勝てる気がしない」

「あ?」


アラシは拳を構えたまま、ルナの言葉を聞いた。最強だ、このままでは負ける。尊敬している、だから本当は戦いたくない。貴方は強い。一番強い──そう、ルナはアラシを褒め続けた。


そこで、アラシは気分が良くなった。

自分は同じデバイス使いであるルナよりも強い。

それに──一瞬満足してしまったのだ。


ナックルの光が弱まった、それを確認してルナはすぐに拳銃を構える。


「だけど──やっぱり死んでもらうわ!」

「──ッ?!」


最初は視界を悪くするために顔を

──一発ヒット。

次に逃げられないように両足を

──二発、三発ヒット。

そして最後に弾かれないようにナックルを避けて手首を

──四発、五発ヒット。


それを一秒間に早撃ちしたルナは、大きく隙のできたアラシに接近した。


「この距離なら、流石に耐えきれないでしょう?」


アラシの額に銃口を押し当て──発砲する。

瞬間、アラシは後ろによろめいた。



…………



負けた。

俺は負けた。


「こんなものか、アラシ」


ああ、そんな目で俺を見るな。

俺は強くなりたい。

誰よりも強くなりたい。

だから努力して、立ち続けたはずだ。

しかし、いつの間にか床に倒れ込んで。

ゴングの音が、鳴り響く。


もう負けたくない。

勝ちたい。

勝ちたい……!!


そんな時、勝利の神が俺に微笑んだ。

デバイスを使っている時の感覚を試合中にトレースして行えば、あっさり勝てるようになった。

しかし、まだ、まだだ。

もっと高みを。

誰よりも強くありたい。

そう願って、俺は奮い立った。


「お前は誰よりも強くなれる、その滾る意志を信じるといい」


あの人は俺に力をくれた。

だからより強く、もっと、もっと──。


相手が強ければ強いほど燃えた。

まだ立ち上がれる。

まだ、まだ俺は戦える。


立て。

立て。

立て──!!



…………




ルナは慌てて首を横に振った。今、まるでアラシの過去のようなものが脳内に流れ込んできたのだ。一体何が、そう思っている間に──変化があった。


ゆらり。

後ろに倒れ込んだと思ったアラシは、足を踏ん張りまた立ち上がる。ルナを視界に捉えると、迷いなく拳を振った。


作戦失敗。

拳が当たればただ肉塊が飛び散る。

死ぬから避けないと。

どうやって?

この一瞬で?


ルナは咄嗟の判断で────左腕を犠牲にしてそのままアラシに飛びついた。

左肩からパンッ!と音がして、そのまま後方に向かって左腕が吹き飛ぶ。

腕が、無くなった。

ショック死してもおかしくないその状況で、ルナは笑った。


「──レアートの痛みは、こんなもんじゃなかったはずよ」


銃口をアラシの鼻先に向けると、そのまま弾丸を放つ。

一発、二発、三発。

目を見開いて、ルナは発砲し続けた。


レアートは、粉砕され肉の塊となっていた。

ならばこいつの仕業ではないか?

そう思い、それが原動力となる。


しかし──目の前に、拳が飛んできた。

緊張状態に敏感になっていた感覚で、すぐに顔を逸らす。

アラシは死んでない、それを理解して体から離れ飛び退いた。


「────」


至近距離で発砲され顔がぐちゃぐちゃに歪んだアラシは、それでも立っていた。その強い意志を感じて、ルナはゴクリと唾を飲み込む。この状況で、今だ拳を構えている。その底知れぬ折れない心に、恐怖して──しかし、それでもルナは残った片腕で銃を構えた。


「死に損ないが……!!」


もう口が溶けて上手く言葉すら出ないのだろう。アラシは何も言わずに真正面から突っ込んできた。右腕を振りかぶり、ルナをまっすぐ見ている。実際には見えていないはずなのに、そう思ってしまうほどに殺気を感じるのだ。


拳の勢いは劣らず、正確にルナに向かって振るわれる。

避けて、逃げて、逃げて──。

再び負け戦への道を進んでいる。


「(痛い、痛い痛い──ッ!! 別のこと考えないと、このままじゃ意識が飛ぶ……!)」


それ以前に、左腕の止血をしないとアラシに殺される前に死んでしまうだろう。

まずは距離を取って遠距離から射撃する。

そう決めて、一度──


──い、ちど


──うし、ろに。


そして────視界が白く染った。



…………



目の前でいきなり倒れ込んだルナを見て、アラシは振り上げていた腕を止めた。顔は原型を留めておらず、目も見えていないので倒れた音でそう判断しただけだが。よろめきながら、音の位置を頼りにルナに近づく。こつっ、と何かを蹴ったのを確認して、アラシはその場で屈んだ。


「……」


手探りで確認すると、頭髪のようなものに触れた。それを掴んで上にあげると、「うぅっ……」と小さく呻き声が聞こえる。このまま拳を振るって無抵抗なルナの頭部に向ければ、彼女は確実に絶命する。


しかし、アラシはそれをしなかった。


それは善意や優しさなどでは無い。

ただ、ボスからの命令が生け捕りだからだ。


ルナを肩に担ぐと、アラシはそのまま通信機を取り出した。


『──どうかしたか』

「……」


聞こえた声に返事をしようとしたが、そう言えば口がもう動かないことを今更思い出す。どうしたものかとアラシは溶けてくっついた皮膚を指で貫通させ、無理やり口を開いた。


「カグほ……じタ、かい゙シュ、う……」

『そうか、ボスも喜ばれることだろう。すぐに応援を向かわせる』


どうにか確保したから回収して欲しいというのは相手に伝わったようで、アラシは通信機をそのまま地面に投げ捨てた。


アラシはただルナより強かった。

ただそれだけなのだ。


それに対する高揚感。これは何度味わっても興奮するものだ。これをまた欲して、強いなろうとする。一生止められないだろうそれに、自分でもおかしくて笑いたくなるところだ。


「──は、ばッ、ハ……!」


心踊り、我慢できず笑ってしまった。

それに更に笑いが漏れ、て────。


「そんまま死んじゃいな」

「──ッ?!」


──激痛。

それは顔ではなく、左胸に感じた。


胸から突き出るのは青く輝く剣で、その持ち主に背後から奇襲されたのだ。


鼓動が止まり、アラシは──そのまま絶命した。

自分を倒した、己より強い強者の顔を見ることすら出来ずに。



────



人の、声がした。

ルナはゆっくりと目を開けると、その声の主に視線を向ける。

薄く桃色のグラデーションがかかった金色の髪。

そして桃色の瞳が見開かれ、こちらを見ている。


「──ュ、ウゴ……」

「シュウ! 早く来て! 目が覚めたみたいだ!」


ユウゴはシュウを呼んでいるようで、医務室から飛び出していった。

アラシとの戦闘は、どうなったのだろうか。ルナは戦闘中に意識を失ってしまったうようで、しかし自分が無事ということはユウゴが駆けつけて決着をつけてくれたのだろう。そう思い、少し安心した。

激しい戦いだった。実際、左腕を失って──。


「──ッ!!」


ルナは恐る恐る、

左腕に視線を向けた。


「ァ、ぁ……ぁあッ!! いやァ゙ッ!! あア゙?!!」

「おい、落ち着け! 動くな!」


自覚すれば、急に痛みが襲ってきた。

痛みなんて言葉で、この感覚を表現出来るはずがない。

感じたことの無いソレに、ルナはただただ絶叫した。


腕がない。

感覚がない。

取れた。

ちぎれた。

吹き飛んだ。


死ぬ。

死ぬ死ぬ死ぬ──!!


戦闘中はアドレナリンで感覚が鈍っていた。

しかし、安全なここで現実を認識した瞬間、恐怖に支配される。

冷静にならなくては。

しかしどうやって。

腕なくなって、どう冷静でいればいい?

死ぬ、本当に死んでしまう。


喉が痛くなるほど叫んで、シュウにベッドに体を押さえつけられる。


「嫌だッ!! 死にたくないッ!! 怖い、助けて──」



────大丈夫。



大丈夫だよ。

あなたは強い、何も怖くないよ。

私のこと、信じてくれないかな。

あなたは大丈夫。

そして、彼を──信じて。



「──ルナ! 呼吸に意識を向けろ!」


シュウはルナと視線を合わせて、暴れるその体を押さえつけた。じわりと左腕に巻いた包帯に血が滲む。ルナはまた聞こえた女性の声になんだか安心して、シュウの言った通り、呼吸に集中した。


「鎮痛剤、これ以上は無理だ。シュウ、どうしたらいい……?」

「デバイスを使うしかない」


ルナは、やっとまともにシュウとユウゴを視界に捉えた。今まで見えていた世界はまるで戦場に取り残されたような気持ちで、真っ赤に染まっていた。あの声のおかげで、腕が無いことを少しだけ忘れる。


「──ど、うすれば……」

「デバイスを起動しろ。そうしたらもう眠っていい」


シュウはルナにウィルデバイスを差し出した。ルナがそのまま動かずにいると、ルナの右手首にそれを嵌める。


「私、早く……いや、違う……?」

「ルナ、俺を見ろ」

「どうしよう……どうしたらいい?」


シュウはルナに繰り返し伝えた。デバイスを起動する、そしたら眠っているだけで大丈夫なのだと。ルナはそれをぼんやりと聞きながら、そして頷いた。


「……」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

「──『デバイス、オン』……」


腕輪は淡く光を放った。確かデバイスを長時間つけるのは良くなかったのではなかったか。ルナはどこか冷静にそう思う。

そして、ゆっくり瞼を閉じると、そのまま意識を失った。

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