第12話 試合開始のゴング

──例の日から、二週間後。


シュウが大好きな恋愛小説の作者だという大きな爆弾に被弾したルナは、暫く心が負傷していた。しかし、そのダメージを帳消しにできるような出来事が今日はある。好みの化粧ではないが念入りにめかしこむと、ルナは気合を入れてトントンッと胸を拳で叩いた。


「気張っていこう!」

「なんかルナちゃんキャラ変わった?」

「うるさい! 行ってきます!」

「気をつけてね〜」


共有スペースに居たユウゴに見送られ、変装をしたルナは拠点から出た。眩しい日差し、普段なら鬱陶しいそれも今はなんだか清々しい気持ちだ。

ミカとは現地で待ち合わせていて、ここからいつものルートを通って大都市アルカナリに着いて、会場までは一時間程度はかかるだろう。しかしそんな道中すら楽しみである。あのアラシへ一歩一歩近いづいているのだから。



…………




「ミカ! こっちこっち!」

「おまた、せ……?」


会場の前に着くと、まだ着いていなかったミカを待っていた。スマホに「着いたよ!」という連絡が来て、無事現地集合することが出来た。しかし、ミカはルナのことを見て、すぐに周りを確認してから頭を下げてしまう。


「あ、ごめんなさい! 友人と声が似てて……」

「いや、違う違う! 私だよ!」

「え? はえ……??」


今だ戸惑った様子のミカを安心させるため、ルナは咄嗟にウィッグを浮かせた。金髪から見慣れた薄いブルーの髪が見えたことに、ミカは安心したようでホッと胸を撫で下ろしている。


「びっっくりしたぁ! どうしたの? その格好」

「あはは、やっぱり変かな……?」

「いや、いいと思うよ! 素材がいいと何しても可愛いね」


急にコスプレにハマりだしたと思ってくれたのだろうか、ありがたいことにミカはすんなり受け入れてくれた。ウィッグをまた被り直すと、チケットを差し出されてそれを受け取る。これがあるだけでアラシへ会えるらしい、本物の幸運への切符である。


会場に入ると、既に熱気が凄く皆もはや殺気に近いような熱意を感じた。アラシは連勝していたが、かなり前にシキ・ミヤエとの試合で負けてしまい連勝がストップしてしまった事があった。今回はそのリベンジマッチ、燃えるのも仕方がないことだろう。


「あー! 興奮してきた!」

「ウチ、正直ただの付き添いで来ただけだったんだけど、実際会場に入ってみたらやっぱりドキドキするよ」

「アラシさんめっちゃかっこいいから! 目に焼き付けて!」


ルナの気迫に押されたのか、ミカはぶんぶんと頭を縦に振った。試合開始まで数十分と言ったところだろうか、一つの空間に興奮した大人数が集まっているというのもあり、かなり暑かった。


「ルナ、汗すごいよ? 暑くない?」

「ちょっと……」

「ウィッグとかマスク、今は外しちゃえば? 熱中症になっちゃうよ」


汗をかいて化粧が落ちてきたのを鏡で確認して、ルナはミカの言う通り思い切ってウィッグを外して顔を隠していたマスクも外した。


「(確かにこのままじゃ熱中症で死ぬ……! 会場入るまでは変装していたし、まあ大丈夫でしょう!)」


カラコンだけそのままにして、ルナは変装グッズをカバンにしまうと予約されたシートの方へミカと向かった。決められた席に座ると、試合の開始を待つ。

そして、暫くするとセットが整ったのか司会者がマイクを手に取って説明を始めた。


「うわ〜、始まる! 始まってしまう〜!」

「ルナ、興奮し過ぎだよ」


期待に胸を躍らせるルナを見て、ミカは呆れたように笑っている。ついに、リングへ向かうアラシが登場した。拳を掲げ、堂々とリングに乗り上げた。対してアラシのライバルであるシキも入場する。どちらのファンも最高潮に盛り上がり、あちこちから歓声が飛んだ。


その時、ふと違和感を感じた。

アラシのセコンドがいつもとは違う人だったのだ。その人は、アラシに何かを渡していた。恐らくマウスピースだろう。それにしても、最近セコンドが変わったなどと言う記事は読んだことがないし、そんなことニュースでもやっていなかった。しかし、ルナは最近オルヴァイス関連で忙しい時もある。シュウが本当に勉強を教えてくれたり、ユウゴとウィルデバイスでの戦闘訓練をしたり、その他もろもろ。


「ほら、ルナ! 始まるよ!」

「う、うん!」


──カーンッ!


ルナが考え込んでいる間に、試合開始によりレフェリーの掛け声と共にゴングの音が鳴り響いた。


そして丁度、ゴングの音が消えた時だろうか。

世界が────止まった。


急な出来事に一瞬理解が遅れたが、すぐに立ち上がってミカの方を向く。


「──ッ! ミカ、逃げて!」


しかし、声は届いていないようで、試合が始まった事によって期待するような視線をリングに向けたままだった。オルヴァイスの人間がこの会場にいる。それもデバイス使いだ。

ここで戦闘が始まろうものならここにいる観客たちはどうなるだろうか。時が止まっている間に何かあった場合、動き出した時にどうなるかルナは知らなかった。追った負傷を時が動いたら実際負うのだろうか。そう思うと背筋が凍るようであった。


ルナが今優先すべきは一般人の安全であろう。そう思いデバイスを取り出して腕に嵌めた。


「『デバイス、オン』!」


幾何学模様の浮かび上がった腕輪を確認して、ルナはすぐに強化された身体能力を利用して会場の外に瞬時に飛び出した。なるべく人気のない場所へ、そう思い会場の側ある広場まで向かうが、休日の昼間というのもあってか人が完全に居ない場所はなかった。


「ああっ、時が止まってる間の事もっと詳しく聞いておけば良かった……!」


相手が襲ってくる前に、ユウゴに連絡して聞くか。いや、それよりも救援を──そう思っている間に、ソレは落下した。



────ドカンッッ!!



落下してきたのは──隕石。

──いや、違う。

それは良く見れば人の形をしている。


真っ黒な衣装を身にまとった人物は、手に黄色のウィルデバイスを嵌めていた。

コートの裾にはオルヴァイスのシンボルが刺繍され、相手が敵であるとすぐに分かる。


「シキのファンか俺のファンかしんねぇけど……結局俺には勝てねぇかな。お嬢さん」


黄色に淡く発光するナックルを嵌めた拳。

それがぶつかり合って威嚇するように音を鳴らす。


ルナの前に対峙するは──アラシ・オウエイ、その人であった。

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