第10話 漆黒に宿る真紅
厳しく行動を制限していたせいで、ルナが大学へ行ってしまった。シュウはそう判断して、スマホを必ず持った状態で変装しているなら一人で外に出てもいいとルナに提案した。スマホはシュウの金によって買い直され、ルナは再び最新型のスマホを手に入れる。用意周到なことに勝手にバックアップを取られていたことは、今はもう良しとした。
変装と言っても前のユウゴとのショッピングのような雑なものでなく、ウィッグにカラコン、いつもしなうような派手な化粧でカモフラージュする。やったことないような化粧をネットで検索して、ルナは最後に真っ赤なルージュを引いた。鏡の前に映る女はまるで自分とは別人のようで、不思議な気分だ。
「ユウゴ、ちょっと出てくるわね」
「どこ行くのー?」
「散歩。たまには陽の光に当たらないと本当に病んじゃうわよ」
共有スペースの椅子に座っていたユウゴは頷いて、「行ってらっしゃい」と笑顔でヒラヒラと手を振った。シュウの姿は見えず、おそらく自室にいるのだろう。
拠点から外に出ると、人通りのある場所に出るまでは周りを十分に警戒して複雑なルートを通って向かう。姫神のように追跡されればたまったものではないので、最近は余計に誰かにつけられていないか気にするようになった。
「はぁ……カフェとかでのんびりしたいわね」
シュウの入れるコーヒーや紅茶は特別美味しいが、たまには別の味を楽しみたい。暫くしてアルカナリについたルナは、ため息を吐いた。一番近い街が大都市というのはとても贅沢な立地であるが、そこに辿り着くまで大回りしたり道をぐねぐね曲がったり、もう疲れたので帰りたい気分だ。しかし折角ここまで来たのだ、思う存分楽しんで帰らないと元が取れないだろう。
馴染みのお店などはなるべく避けて、早速今まで行ったことのないカフェに入店した。何度も来た場所は監視されている可能性があるとシュウが言っていたし、遊ぶための資金も十分に貰っているので少し奮発して高い店だ。メニューを見るといつも行くようなカフェとは違い、コーヒーが二倍の値段をしている。
「高っ……」
こっちは命を張って仕事をしているのだ、少し高いコーヒーを飲んでも誰も文句は言わないだろう。そう思いブレンドコーヒーを注文すると、読み掛けの本を開いて一息ついた。
いわゆる恋愛小説で、ジャンルはファンタジー。魔法なんて素敵な存在がある世界で、旅人の魔法使いの男性と王国のお姫様が恋する、言ってしまえばよくある身分違いの恋というストーリーだ。
こうして本の内容に没頭している間は、嫌なことを考えずに済む。レアートの事は解決できるのか、本当に幹部全員を倒すことが出来るのか。不安はいくつもあるが、そればっかり考えて抱えていても、ただ心病んでしまうだけだ。気分転換も大切、そう思いながらコーヒーを運んできてくれた店員が視界に入ったので、軽く頭を下げてそれを受け取った。
「私も、彼女と同じものを」
──一瞬、理解が出来なかった。
いつの間にか、目の前の隣の席に赤毛の女性が座っている。一切、人の気配は感じなかった。実際本から顔を上げてその姿が視界に入るまで、気づかなかった。本を読んでいて気を抜いていた訳では無い、確かに周りに意識は配っていた。しかし、その女性は三日月のように弧を描いた作り物のような笑顔で、ルナを見ている。
「え、えっと……貴女は?」
「ああ、私か? 気にしないでもいい、ただの気まぐれな傍観者だ」
「あの、他にも席空いてますよ」
ルナが他の空いた席に視線を向けても、女性はただただ笑顔でルナを見つめているだけだった。絶対に相席希望らしい。
胸元まで伸びた赤い髪をハーフアップで結んだ、色白の女性。一見美しくまるで女神のようだが、その真っ暗闇の一切光の無い黒の瞳が、異様に目立つというか、違和感のある人だ。黒いシャツ、黒いコート、その真っ黒の服にオルヴァイスの人間であることを警戒した。
「嗚呼……そうだな。似ている、お前達は似ているな」
「私ですか?」
「容姿も、声も、その強い意志を宿る瞳でさえも違うのに、お前はあいつに似ている」
「えっ、と……」
全く話が通じない。まるで一人で会話をしているようだ。会話というのは二人いて成り立つはずだが、ルナが相手に話しかけても、相手は別の方向に言葉というボールを投げてしまうのだから、受け取ることは出来ない。会話のキャッチボールを知らないのではないか、そうルナは心の中でため息を吐いた。
もしかして、変装している今の自分と、ルナが似ているという話なのだろうか。そうであればただ変装しているだけの同一人物であるが、それを誰かに知られてしまうのは不味い。どうにか誤魔化せないか、考えていると女性はハッとして手を合わせた。
「そうか、疑われているのか。私はお前が追う組織の人間では無い。先も言ったように、ただの傍観者だ」
「……私の事、知ってるんですか」
「ただ見ているだけというのは少々飽きてしまってな。こうして少しちょっかいを出す事にしたんだ。いい案だと思わないか?」
「あの……私の話聞いてます?」
組織の人間でないという事に確証を得られない限り、警戒は解いてはいけない。だが、相手のペースに流されて、ついつい気を抜いてしまいそうだ。届いたコーヒーを飲み始めた女性は、ルナの話をスルーしたまま話を始めた。
「あの男は相変わらずだろうか。どうせ無茶をしているのだろう、成し遂げなければならない事のために」
「それは、誰のこと?」
「最後に会話をしたのはもう随分と前だ。最近は姿を見せる事もないが……お前が生きているということはあの男が動いたのだろう。そう、私は全てを知っている」
初対面の割にお前と呼ばれるルナ、そしてルナと似ているという人物、あの男と呼ばれる人。登場人物がどんどん増えていくが、未だ相手が何を話しているのか分からない。ただ『あの男』という人物は、ルナと関わりがあるようだ。
ルナと関わりのある男と言えば、ユウゴかシュウだろうか。話し方からすれば、どちらかが彼女の知り合いのようだ。会話をしたのは随分と前らしいので、古い友人なのかもしれない。
いや、もしくは──。
「あの、レアート・ティールという人を知りませんか? 貴女がオルヴァイスについて知っていることを教えて欲しいんです」
「知っているか? 昔、オルヴァイスを裏切って逃げた幹部がいたらしい。さて、逃げたそいつはどこに行ったのだろうか」
「……」
彼女は全てを知っていると言っていた。つまり、自分が元々オルヴァイスの幹部であったと言っているのだろうか。ルナはそう予想していた。会話がいまいち成り立っていないせいでよく分からないが、その可能性はある。オルヴァイスに関わりがないというのは、『今は』というのが言葉の前に付くのかもしれない。
「二つ名は確か……『使者』。どんな人物だっただろうか、男だったか女だったか。もしかしたら、お前のすぐそばに居るかもしれないな」
「貴女がその使者なんじゃないんですか?」
「ただ、使者はお前の味方だ。お前が復讐を成し遂げたいと、その志を掲げている間は」
一体なんなんだ。そう思いながら一旦落ち着くためにコーヒーを飲むと、持っていた本に少しこぼしてしまった。慌ててそれをハンカチで拭いていると、気づいた時には──女性は居なくなっていた。
残されたのは、二人分のコーヒーの料金の支払いだけだ。
────
「ただいま」
「おかえり、久々の外はどうだった? 楽しめたかな」
「もーーーッ!! 聞いてよ! 不審者の話!」
「不審者?」
共有スペースには丁度ユウゴとシュウ、二人とも居た。シュウはユウゴのデバイスの点検をしているのか、腕輪をじっくりと見ていて、ユウゴはそれをポテトチップスを食べながら待っているようだ。
なんだか家に帰ってきた安心感のようなものを感じて悔しく思いながらも、ルナはユウゴの向かいに座って大きく息を吐いた。
「多分あんたらのどっちかの知り合いだと思うんだけど。赤毛で、こう……ハーフアップに結んだ、黒い瞳のちょっと雰囲気怖い女の人」
さて、どっちの知り合いなんだ。コーヒーの料金の請求をするぞと、ルナは顎に手を当て考え込んでいるユウゴと作業を続けたままのシュウを睨んだ。
どっちがあの変人と知り合いと言っても頷ける程、二人も負けず劣らずの変人だが、彼女は特にネジが外れていた気がする。だってユウゴもシュウも一応会話は成り立つのだから。
「……あいつの事は無視して構わん。敵でも味方でもない、気にするな」
「え、てことはシュウの知り合いなの?」
「さあな。もう関わりのない相手だ」
元々オルヴァイスに所属しており、『使者』と呼ばれ幹部だった彼女と知り合いだから、シュウはオルヴァイスについて詳しいのかもしれない。そしてシュウと知り合いの女性で、なんだが喧嘩別れしたような雰囲気。そこから余計な想像をしてしまいルナは視線を逸らした……の、だが。
「えー? もしかしてシュウの元カノとか?」
「ちょっ、ユウゴ! 直球過ぎ!!」
「なっ?! 馬鹿な想像をするな! 俺は──」
途中で言葉を止めたシュウは、手に持っていたユウゴのデバイスをテーブルに置くと深くため息を吐いた。『俺は』という言葉の先に何が続いたのだろうか。シュウの様子を見るに、彼自身言うつもりのない、過去に関係があるのだろう。この流れて聞いてしまいたい気持ちもあるが、ルナは背もたれに身を預けながら目を伏せた。
「まあ……言いたくないことはいいのよ、別に。ただあの女性が敵じゃないなら、それでいいわ」
「……言うべき時が来たら全て話す。心配するな」
シュウはデバイスを再び手に取ると、それを見つめた。何を考えているかルナには分からなかったが、憎しみや悲しみが感じられるようにも思える。そしてシュウはそのまま立ち上がると、自室に戻ってしまう。
ユウゴと取り残されたルナは、彼に視線を向けるとじっと半目で睨んだ。
「えっと……まさかあんな感じになると思わなくて」
「あの女の人とどんな関係だったか知らないけど、あんまり触れない方がいいかもしれないわね」
「まあいつか話してくれるって言ってるしね!」
ユウゴなりに反省はしているのか、明るく振舞っているではあるが心配そうにシュウの自室のある方向を向いている。過去について話してくれる日は、本人のいつ通りいつか来るのだろう。
それまでただ、戦い続けるしかない。
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