第9話 殺人パーティー

「いえーい! カンパーイ!」

「か、乾杯……」


姫神の撃破後、ユウゴはすぐにルナを連れて拠点へ戻った。ユウゴのつけていたインカムを通じて全て聞いていたシュウは、ユウゴの怪我の手当の準備をして待っていた。そのお陰で大事には至らなかったが、ユウゴは暫く外室を禁止される。

そして、暇を持て余したユウゴが提案したのが、『幹部を一人始末した記念パーティー』であった。


「貴方……ホント不謹慎よね」

「泣いても悔やんでも結果は変わらないなら、盛大に祝った方がいいでしょ? 俺らの目標に一方近いづいたぞ〜! ほらご馳走もどんどん食べなよ」

「はあ……そういうものかしら」


この男はしんみりした空気とか感じたことがあるのだろうか。能天気というか楽観的というか、人の情緒が欠けている節がある。シュウはシュウで、ただただ豪華な料理の数々を作ったあと、無理やりユウゴに椅子に座らされている。自分がこの集団の一人なのだと思うと、頭痛すらしそうだ。ルナはそんな事を考えながら、もはや感覚を麻痺させるために無理やり愉快なスイッチを入れて食事を食べ始めた。


「ん、これ美味しい」

「だよね! シュウのご飯サイコーッ! シュウも仏頂面して黙ってないで楽しもうよ」

「お前の暇つぶしに付き合ってられるか」


そう言っている割には用意された食材でここまで豪勢な料理を作ってくれたらしい。シュウが何を考えてやってくれたのかは知らないが、大人しく同席している当たり別に不機嫌という訳でもないようだ。


「それより、姫神の様子はどうだった」

「うーん……よく分からないわ。なんだか……顔を攻撃したら凄く怒ってた」


シュウはなにかの書類を見ながら、ルナから話を聞いていた。ユウゴから報告書を貰っていたのだろう。それがルナの話と食い違っていないか確認しているようだった。


「報告書にも書いたけど、多分デバイスとリンクしてるのは自尊心だよ。だから言葉でロストを誘ったけど、ちょっと無理そうだったから物理でグチャっとやっちゃった」

「自尊心……そうか、容姿を気にしていたのはそこに繋がっていたか」


なんだか二人で納得しているが、自尊心とリンクしているだとか、言葉でロストを誘っただとか、ルナは置いていかれている。それを察したのか、ユウゴは待ってましたと言わんばかりにどこからかフリップを取り出した。


「なんもわかってないルナちゃんへ説明!」

「失礼ね」

「俺らの使っているウィルデバイスは、使用者の何らかの意志とリンクしている。そしてそれを武器として具現化している……ってのは説明したよね?」

「ええ、最初にデバイス見せてもらった時ね」


ユウゴの持つフリップにはウィルデバイスと、そしてユウゴの持つ青い剣、ルナの持つ赤の二丁拳銃が描かれている。相変わらず下手くそで、シュウに視線を向ければすぐに逸らされた。それぞれの武器には矢印が伸びていて、二丁拳銃には『復讐心』、剣には『???』と書かれていた。


「君の二丁拳銃は、君の復讐心とリンクしている。その気持ちが強ければ強いほど弾丸の威力は強まるだろうね。俺のも同じだよ」

「貴方はなんの感情とリンクしているの?」

「理由があってそれは秘密!」


二枚目のフリップには、復讐心と書かれたメーターが描かれている。MAXに満たされた真っ赤なメーターの横には、満面の笑みのルナのような何かが描かれている。その下には復讐心が最大まで下がった青いメーターが描かれ、灰色に染まったルナが苦しそうにしており、拳銃が砕け散った様子が描かれていた。


「例えば、ルナちゃんの復讐心……その燃えたぎる炎を言葉なりなんなりで鎮火するとするよ? そしたら君のウィルデバイスは燃料がなくなり大幅に弱体化、最悪ロストするんだ」

「その、ロストっていうのは?」

「ウィルデバイスに適性が無いにも関わらず装備する、他人のデバイスを装備する、そして死亡した時などに灰のようになって散って死ぬ現象だよ」


確かに、最初に殺した斧のデバイス使いや姫神は肉体が灰色に染まって散っていた。普通の人との死とはまた別物だと見て分かる。それは人を超越した者の末路だとユウゴは語ったが、ウィルデバイスの適性が無いのに装備した時、という話の方がルナは引っかかった。


「シュウ! 貴方わたしにその説明しないで装備させたわよね?!」

「説明してもしなくてもお前がウィルデバイスを使う未来が想像できた。だから必要ないと判断したまでだ」

「このッ……! ホント最低よね貴方!!」


初めてウィルデバイスを手首に嵌めた時にシュウが聞いた「死んだか?」は本気だったのだ。死ぬ可能性があったにも関わらず根拠ない自信で大切な説明をカットされた。それがどうにも腹が立つし、こんな大切な話をしているのに涼しい顔をしているので更に腹が立つ。涼しい顔と言っても口元以外は見えないので直感ではあるが。


「まあ、だから態と煽って自尊心を折ってやろうと思ったんだけど、言った通りダメだったね。こういう戦法もあるから、なるべく弱点を晒さないように俺のデバイスが何にリンクしているかも伏せさせてもらってるよ」

「私のは堂々とフリップに書いちゃうのね」

「後で燃やしとくから大丈夫大丈夫!」


何が大丈夫なんだと呆れるが、ユウゴがリンクしている感情を伏せる理由は理解出来た。ただ物理的に殺すだけが、相手をロストさせる方法ではない。それを知れただけでも、勝利の副産物として丁度いいのだろう。フリップが必要だったか否かは別として。


「じゃあ、私が復讐を成し遂げたあとはどうなるの?」

「心配するな、組織壊滅が復讐だと志している限り死ぬことは無い」

「つまり途中で諦めたりレアートの事を納得したらロストするのね?」


ルナの言葉に対して何も答えないシュウを見て、それが当たっているのだと悟ってしまう。最低最悪な事に巻き込まれたことに今更ながら後悔しそうになる。しかしそれがきっかけでロストする可能性もあるので、ルナは考えるのをやめた。

思えば死ぬことに恐怖して全てを諦めかけた時、ルナのウィルデバイスも少し光が弱まっていた。若干ロストしかけていた、その事実にゾッとする思いである。


「はあ、諦める気は無いけど……その幹部は何人いるの? どのくらい倒せば私達は勝てるの?」

「幹部は全員で五人。お前がユウゴと最初に戦った男、『絶無』。そして自尊心がリンクしていた『姫神』、不明なのは『撃砕』、『夢想』、『切望』の三人だ」

「みんな二つ名みたいなのがあるのね」

「本名はみな捨てた。それぞれ成し遂げたい事があって、それに強い意志がある。故に幹部という席を用意されるほど強者なのだ」


確かに本名が出回っていればそこから特定される。デバイス使いだと最初から知っていれば警戒できるし、何よりこちらから戦いを仕掛けることも出来る。だから二つ名で呼ばれているのだろう。

リンクしている意志が強ければ強いほど、デバイスで生成された武器も強くなる。それ程の強者達を、これからルナは相手にしなければならない。


「でも俺的には姫神はあんまり強くなかったかな」

「あいつは幹部の中でも昇格して期間が短い。未熟であったんだろう」

「絶無はめちゃくちゃ強いからね〜。確かあの人が一番幹部になって長いんだっけ?」

「ああ」


長い間オルヴァイスと敵対してきたのだろう、シュウとユウゴは結構相手について詳しい。情報が揃っても勝利へのピースが足りなかった。そこへルナが現れ、次の行動へ移る決定打となったのだろう。


「お前達はまた誰かが空いた席に座らない前に、短期間に一気に幹部達を潰せ。そうすればあとは俺がどうにかしてやる」

「……ん? 短期間?! 時間かかっちゃ駄目なの?!」

「そうればまた力をつけたデバイス使いが幹部として昇格する。そういう奴らが育つ前に事を済まさなければならない」

「そういうの早く言ってよね!」


全く説明の足りない人達だ。ルナはもうそれに関しては諦めた方がいいと思い、自分に適応力の強さを求めた。短期でという話なら、早めに次の幹部を見つける必要があるだろう。今回のように相手から仕掛けて来れば探す手間は省けるが、隠れられれでもしたら厄介なことになるだろう。


「次の幹部はどうやって炙りだしたら……」

「そこは安心していい。不幸中の幸いか、お前はオルヴァイスに命を狙われている。そうなると相手の方から来てくれるだろう」

「何故そこまで執拗に私を狙うのよ……ただの一般人なのに」


レアートがオルヴァイスと関わりがあるのは何となく分かるが、ルナはただ彼の恋人であったというだけの一般人だ。機密情報を託されたとでも思っているのだろうか、いまいちルナを幹部まで動かして消そうとしている理由が分からずにいる。それも、レアートの事を探っているうちに分かるかもしれないが、出来れば早く知りたいものだ。


「確かにルナちゃんの役は危ないけど、俺達が必ず守ってあげるからね!」

「……そうね、ちゃんと助けてくれたわね。それには感謝しているわ」

「あははっ、今日はなんだか素直だね?」


真面目にお礼を言えば茶化され、ルナはやけ食いをするようにご馳走にかぶりついた。言った通り、ユウゴは確かに助けてくれた。通話できたのは数秒で、GPS付きのスマホを破壊されてもなお、駆けつけてくれたのだ。


「ルナ、餌になるのはいいが無断で外に出るなよ」

「それについては何度も謝っているでしょ?」

「ちゃんと見ていなかった俺も悪いが、お前が居なければ目標達成に支障が出る。自身の命を軽く見るな」


別に軽く見ていた訳では無いが、まあ軽率な行いであっただろう。それについては帰ってから何度も説明して謝ってはいるが、シュウはまだ許していないらしい。自分が居眠りしている間に事が起こったというのが、悔しい思いもあるのだろう。しかしユウゴから聞くに、ルナが居ないと分かってからすぐにシュウがGPSを追跡していたおかげで、早く駆けつけられたようだった。


「俺たちは誰が欠けても組織壊滅は無理! シュウも自分のこと大切にしなよ? ほら、ずっと何も食べてないでしょ、なんか食べなよ」

「必要ない」

「いいのよもう、この人コーヒーだけで動けるんだから」


相変わらずユウゴから貰った他人同士のお揃いという気の狂ったカップで、シュウはコーヒーを飲んでいる。するとユウゴはエビフライをフォークで刺してシュウの口元に持っていった。それに抵抗するシュウ、譲らず食べさせたいユウゴの攻防。それを見ながら、ルナは呆れたようにため息を吐く。


「全くこの人たちは……いつも元気ね」


こうなったら、人殺しのパーティーでもなんでも楽しんでやる。自身で選んだ道で、ユウゴやシュウと共に地獄に行く覚悟を決めたのだから。

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