第5話 ショッピング
人々が行き交うこの大都市アルカナリ。
その中でも一際目立つふたりの男女がいた。
一人は整った顔立ちに黒い髪をしたスタイルの良い男性、もう一人は金色のロングヘアに綺麗な碧眼の女性。
それは、変装したルナとユウゴであった。
「目立ってるじゃない!」
「あれー、おかしいな」
変装とは何だったのか、美男美女の二人組は周りの人々の目を引いている。
大剣のデバイス使いとの戦闘後、傷が直ぐに塞がったユウゴは本調子に戻るのもの早かった。住む場所がなくなり生活品もなくなったルナを心配、もとい面白がってそれを買いに街へ出かけようと誘ったのだ。
しかし現在二人はオルヴァイスに追われる身。
本当は顔が割れていないシュウに行かせたかったが、本人は当然拒否した。人混みが嫌いらしい。
そして、現在である。
「変装道具がまさかウィッグだけなんて……」
「これさえあれば十分でしょ! さぁ、色々買いに行くぞ〜、おー!」
一人ノリノリのユウゴに呆れつつ、ルナはその後ろを着いて行く。世話になると決めた訳では無いが、お金は全て出してくれるというのだから、迷惑かけられた分は根こそぎ持っていくつもりだ。
しかし、こんな怪しい組織にも関わらずお金はどうやって稼いでいるのだろう。ルナは先導して歩くユウゴを見つめた。平日の昼間から出歩いて、今日は休日なのか仕事をしていないのか。もしかして彼は案外金持ちの息子で、自由なお金を貰っているかもしれない。
「貴方たち、私に奢るとか言っといてヤバいお金使ってないわよね」
「あはは、ルナちゃんは想像力豊かだねぇ。うちの資金は全部シュウが稼いでくれてるよ。なんか株とか色々やってるんだって。あの人めちゃくちゃ頭良くてさ」
「その色々ってのが気になるけど……まあいいわ」
目に付いたお店に勝手に入っていくユウゴを慌てて追うと、ルナはすぐに彼を引き止めた。入ってすぐに気づいたが、あまりにもファンシーなお店だったのだ。ルナの趣味とは合わないにも関わらず、ユウゴは近くにあったピンクのマグカップを手に取っている。
「これとかどう?」
「嫌よ……こんなお子様趣味じゃないわ」
「へえ、似合うのになぁ」
趣味じゃないものを似合うと言われても、全然嬉しくない。カップを再び棚に置いたユウゴは、ルナが止めるのも構わずに店内を物色し始めた。その様子を見ていた店員がなにかヒソヒソと他の店員と話のを見て、ルナは我慢ならずバシバシとユウゴの背を叩く。
「もうっ! なんか言われてるって……!」
「シュウだったら何言ってるか聞こえたかもね、はは」
呑気な様に苛立ち腕を掴むと、ルナは店員に愛想笑いを浮かべて会釈した。そしてそのまま猛スピード撤収である。あまりの速さに、店員は驚きぱちりと瞬きをした。
「あら……行っちゃった」
「それにしてもどっちも美人だったね。やっぱり付き合ってるって」
「いいや、あれは仲のいい兄妹説が濃厚よ」
店員の中で今日一に続くことになる話題の種を蒔いたことなど、ルナ達が知る由もない。見送る店員達を他所に、ルナはユウゴを連れて休憩所まで走った。そしてぽかんとしたままのユウゴをベンチに投げると、汗を拭い大きくため息を吐いた。一軒目でこのザマだ、これから先が思いやられる。
「一通り買ったら戻ってくるから、お金だけ渡してよ」
「えー、そんな反抗期の娘みたいなこと言わないで、一緒に見て回ろうよ」
「貴方と居ると目立つの!」
容姿といい行動といい、なんだか二人でいると人に見られている気がするのだ。オルヴァイスから逃げている最中、なるべく目立つことはしたくない。それにも関わらず、ユウゴは二人での行動に執着するし。ルナは呆れやら疲れやらで自分もベンチに座った。
「……守ってるつもりなの?」
大剣のデバイス使いは強敵と言えるだろう。あれがまた襲ってくれば、最近デバイス使いになったばかりのルナでは太刀打ち出来ない。使い慣れているはずのユウゴですら苦戦して、敗北したのだ。
ユウゴはあの男を警戒している、それは聞かなくても分かることだった。ルナに恩を売り味方に引き入れたいからなのか、ただの親切心からなのか。しかし理由なんてどうでもいい事で、ルナはそれが気に入らなかった。
「優しいねって言って欲しいなら、そういう態度は私以外にしてちょうだい。味方に引き入れたいなら私を甘やかすのではなく、強くする……それしかないわよ」
「強くする前に死なれたら困るんだよ。別に弱者扱いしてる訳じゃないんだ、そう噛みつかないで欲しいなぁ」
そっぽを向くルナに、ユウゴは困ったように頬をかいた。プライドが高いせいで、誰かの庇護下にあるというのが許せないのだ。しかしユウゴが向ける視線に、なんだか自分が悪いように感じて。
ルナは大きくため息をつくと、勢いよく立ち上がった。一人で何処かに向かうおうとしていると思ったユウゴも、すぐに立ち上がる。
「その……はっ、早く買い物に行くわよ!」
「うん、そうだね! ゴーゴー!」
ずんずんと進んでいくルナの後を追いながら、ユウゴは嬉しそうに微笑んだ。
…………
あれが欲しいこれが欲しいと会計を済ませて、荷物を全てユウゴに持たせたルナは一息ついた。しれっと高い化粧品まで買ったが、ユウゴは特に何も言わず金を出して荷物持ちまでしてくれている。案外彼女がいるなら、尻に敷かれるタイプなのかもしれない。流石にランジェリーショップまで着いてこようとした時は驚いたが、荷物持ちとしては合格だろう。
「ルナちゃん重いよー、もう帰ろー」
「貴方は何か欲しいものないの? 拠点は物が少なかったようだけど」
「俺の部屋は案外物多いよ。シュウがミニマリストというか、最低限のものしか置きたがらないというか」
確かに、見た目からそんな感じがする。拠点はユウゴの言う通り、必要最低限の物しかない。緊急時に撤退しやすいからかもしれないが、それにしても何も無さすぎるのだ。その時、ユウゴが何か閃いたのか「そうだ!」と大きな声を上げた。
「ちょーっとこれ持ってて! すぐ戻るから!」
「あ、ちょっと?! 重ッ……!」
荷物をポイポイとルナに渡したユウゴは、小走りでどこかへ行ってしまった。何か買いたいものを思いついたのかとそれを見送りながら、ルナは座って休憩できそうな所を探した。こんな重い荷物を持たせていたのかと若干罪悪感を感じながらも、目に付いたベンチの方へ歩み出す。
「っと……!」
「わわっ」
どかっ、と誰かと肩が接触して、ルナ思わずよろけてしまった。荷物が重りとなりそのまま一回転でもするのではと思ったが、どうにか踏みとどまることができる。誰だコラと睨みつけようとすると、勢いよく頭を下げられ思わずポカンと保おけてしまう。
「ごめんなさい! ちょっと急いでて……!」
「い、いえ……お互い怪我もなかったですし、大丈夫ですよ」
顔を上げたのはピンク色の髪をした可愛らしい女性で、シトラスグリーンのくりっとした瞳が瞬きをした。いわゆるロリータ衣装を身につけ、沢山のフリルが彼女が動く度に揺れていた。自分とは無縁の世界だ。そう思いながら、ルナは彼女が向かっていた方に視線を向けた。
「急いでいるんですよね、早く行った方が……」
「ああ! そうですわ! ではまた、御機嫌よう」
去っていくフリルの塊を見送りながら、ルナは荷物になにか壊れたものがないか確認しつつベンチに向かった。肩パンなど中高生時代にイキった先輩にされた以来である。まあ今回は故意のものでは無いので、カウントはしないが。
暫くして、待てど暮らせどユウゴが帰ってこない事に苛立ちを感じてきた。何度スマホに連絡を入れても「ちょっと待ってね☆」とショートメールが返って来るだけで、一向に本人は戻ってこない。シュウに貴方の教育はどうなっているんだと文句を言おうと電話しようとするが、よく考えれば彼の番号を知らなかった。
そろそろこの重い荷物を抱えながら探しに行こうかと立ち上がれば、丁度金髪のへらへらした男がルナに駆け寄って来る。
「ちょっと! 遅いわよ!」
「ごめんごめん、丁度いいのが見つかんなくてさー」
手になにか袋を持っていたユウゴは、すぐにルナから荷物を全て受け取った。まあ彼もなにか買えたのなら、自分だけが楽しんだわけじゃないと思えて気が楽だ。ルナが何が入っているのかとその袋を覗こうとすると、ユウゴは体を逸らしてそれを阻止した。
「なーいしょっ! 帰ってからね」
「なによ、もったいぶって」
ルナがむくれると、ユウゴは楽しそうに笑った。なにかイタズラごとを仕掛けたい子供のようだ。
そのまま周りを警戒しながら拠点に戻ると、ユウゴは一つの部屋へルナを案内しする。最初に使われていない部屋で倉庫になっている、と説明を受けた部屋が、綺麗に片付けられていた。そこにどさどさと荷物を置いていくと、ユウゴは部屋を自慢げに見せるように両腕を広げた。
「じゃーん! ルナちゃんの部屋だよ!」
「思ったより広いのね。……ホントに使っていいの?」
「勿論! ささ、どうぞどうぞー」
部屋に入ると、備え付けられたソファーに座った。机とベッド、ソファー、テーブル、そして日用品を入れる棚まである。いつの間にそのまま掃除したのだろうかと部屋を見渡していると、ユウゴは空っぽの棚を開けて中を確かめたり、立て付けを確認していた。
「これ、実はシュウが作ったんだよね。もう家具職人じゃん」
「えぇ?! ……流石に、買ったんじゃないの?」
「理想の棚が欲しくてイメージ図を書いてたら、これぐらいなら作れるとか言っててさぁ。材料買ってきたらいつの間にかここに置かれてた」
ルナは興味津々に棚を観察するが、素人の仕業には見えなかった。家具職人の過去を隠しているのかと疑問に思うが、別に隠すようなことでもない気がする。二人で話し合っていると、開いていたドアから顔が覗いた。
「おい、飯が出来た」
「噂をすればじゃーん。シュウ、これありがとね」
ユウゴがコツコツと棚を軽くノックすると、シュウは何も言わなかった。しかし、否定しないあたりやはり彼が作ったのだろう。要件は伝えたと戻ろうとするシュウを、ユウゴは慌てて引き止めた。
「丁度みんないるしさ、俺からのお土産お披露目会しようよ」
「お土産? ……ああ、さっきの買い物って貴方の私物じゃないのね」
立ち去ろうとするシュウを強引に部屋に入れたユウゴは、扉を塞ぐように立って袋を開け始めた。絶対に逃がさないつもりらしい。袋の中からは三つの小さい箱が出てきて、ユウゴはそれをテーブルに並べた。
「これはシュウの、こっちはルナちゃんのね。これは俺の!」
それぞれの前に出された箱を受け取ると、ルナは表情を歪めた。箱にいい思い出がない。箱の形状をしたものを開けるのが嫌になってしまっている。それを見たユウゴは首を傾げて、遠慮しているのだと勘違いしたのか勝手に開け始めた。
「お土産ってワクワクするよね! ほら開封開封!」
箱を開けても、肉の塊なんて入っていない。
勝手に箱を開けたユウゴから手渡されたのは、一つのマグカップだった。落ち着いた赤色に白で雫の模様が描かれているシンプルな物だ。シュウの方を見ると、白地で水色の模様の色違いで同じものを手に持っていた。なら、とユウゴの方を見ると、青地で、赤色の模様の色違いで同じものを持っている。
「ルナちゃんがピンクのマグカップ嫌って言うから、別のにしようかなーって。丁度俺も最近カップ割っちゃってさ、折角だからお揃いにしたよ!」
「ええ……他人同士でお揃いって……」
こういうのってもっと親密な関係の人達がやるんじゃないかと思ったが、ユウゴはあまり喜ばれてないにも関わらずニコニコしていた。まあ耐熱のカップを買い忘れていたため丁度良いだろうと、ルナはそれを有難く受け取ることにする。
一方シュウは、カップを見つめたまま動かなくなっていた。捨てて立ち去られてもおかしくないとルナが緊張しながら見ていると、シュウはユウゴの方へ顔を向ける。
「まあ……使ってやらんでもない。受け取ろう」
「わーい! ありがとう! シュウってコーヒー好きだよね? これで沢山飲んでバリバリ仕事してね!」
「お前も怠けるなよ。……飯が冷める、早く来い」
ぶっきらぼうにそう言い放ち部屋から去ったシュウは、機嫌がいい気がした。もしかしたら自分と会っている時だけ警戒していて機嫌が悪いのかと思っていると、ユウゴは意外そうに扉の方を見つめていた。
「いつも、要らんとか必要ない、余計な世話しか言われなかったのに、明日槍でも降るのかなぁ」
「え?! そんなに珍しい事なの?」
「うん。シュウって何考えてるか分かんないけど、さっきは機嫌良さそうだったね」
余程気に入ったデザインだったのだろうか、そんなことを思いながらルナはカップを眺めた。
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