第4話 ウィルデバイス


夜の冷たい空気が頬を撫で、熱くなった体に丁度いい。周りに障害物が多くて分かりづらいが、斧の男と戦った時のように時間が止まっているようだった。


「やはり来たか」

「──ッ、いつの間に……」


唐突に声をかけられ驚きそこに視線を向けると、足音もなかったにもかかわらずシュウが横に立っていた。やはり不気味な奴だとルナが警戒していると、何かを投げ渡される。


ルナの手の中にはユウゴや斧の男と同じ腕輪、ウィルデバイスが収まった。色は着いておらず、透き通った透明でとても綺麗だった。


「幸福な人生への切符だ、使え」

「これ沢山あるの?こんなに簡単に……」

「阿呆、こんなものが量産されてたまるか」


無愛想にそう返したシュウは早く使えと顎でしゃくる。相変わらずの態度にため息を吐くと、ルナは深呼吸して腕輪を手首に当てた。


何があるか分からない不安。

もうあとには戻れないかもしれない。


恐ろしい、怖い。

しかし──ここで引き下がれるほど弱くもない。


押し当てるように力を入れると、腕輪は綺麗に収まるように自動で手首に嵌った。



そして、次の瞬間──全てを失った気がした。



嬉しさ、怒り、悲しさ、楽しさ、

一気に己の中で暴れるように感情がめちゃくちゃになる。


自分が何をしていたか、

何を考えていたか、


今何をしているのかすら分からない。


そもそも自分とはなんなのか、



好きな物は、


性格は、


性別は、





名前は──?




「──ァァッアあア゛ッッ!!???」



激痛。


苦しくて、

辛くて


逃げたい。

やめたい、

逃げたい逃げる


にげる



にゲル──



立っているのか座っているのかすら分からない。

自分を形成する全てが消失したかのように、肉体も心も一気に弾けたように。




──だが、あの声が呼んでいる。


あの優しい声が呼んでいる。



そうだ、終わってない。

何も終わってない。

例え何もなくなったって、



成し遂げたいことがある──!




…………




──おい


──おい、起きろ


「……死んだか?」

「生きてるわよ!!」


支えてくれていたのだろう、シュウがどつかれたことによって離れた。優しい声に連れられるように意識を取り戻したと思ったが、実際声をかけていたのはこの失礼な男。その全くこたえてない様子にイライラしながら、ルナは先程のことを思い出し冷や汗をかく。


最悪シュウの言う通り死んでいたかもしれない。冗談ではなく本気なのだ。何も言わずにこんなものを渡してくるやつはもはや犯罪者だろう。


「捕まれこのゲス野郎!」

「汚い口を聞くな、嫁の貰い手が無くなるぞ」

「今の私に言うギャグかそれは!!」


殴るのも時間の無駄だと手首を見ると、鼓動に合わせるようにウィルデバイスが淡く光を放っていた。

特に腕に異変もなく、一安心しながらユウゴがやっていたことを思い出しながら腕を前に出す。


「『デバイス、オン』」


手の中に生成された二丁の銃。

それはルナの中の思いを体現したかのように綺麗で、だが触れれば焼け死ぬ程の赤。表面には幾何学模様が浮かび上がり、ルナに答えるように一度大きく光る。


「これが私の……?」

「銃か。扱ったことがあるのか」

「まあ、父親が軍人だったから真似をしてモデルガンを少しね」


ほぼ本物に近いものを父に渡され、訓練のようなことをやらされたなと懐かしむ。あの時は地獄に叩き落とされた気分だったが、それが役に立つ日が来るとは夢にも思わなかった。

当時と同じ重みが手に伝わる。思い出が形になったのだろうか。


「お前が失敗すればその大切な家族も狙われる。気を抜くなよ」

「……分かってる」


頷いたルナの背を、シュウはぽんと軽く叩く。激励してくれているのかはよく分からないが、ルナは何故か心の底から湧き出る力を感じた。こういう気遣いもできるやつなのかと少し評価を改めていると、先程より大きな地響きが鳴った。


建物の裏に周り発生源に目を向けると、数百メートル先に人影がふたつ見えた。何かがぶつかり合う音が聞こえ、衝撃波で周りの木が揺れている。


「状況が良くない。早く救援に向かってやれ」


シュウはフードの上から自身の左耳を指先で示す。そこにはユウゴと通信をしているイヤフォンが付けられているのだろう。


「早く言ってよ!」

「急げ、ユウゴが死んでしまう」

「もーーーーっ!!」


なんて滅茶苦茶な奴らなんだと地団駄を踏みたくなる気持ちを抑え、ルナはシュウを睨んだ後すぐに走り出した。仲間が死ぬかもしれないのにあまりにも冷静過ぎやしないか、馬鹿、ボケと脳内で散々に言いまくっていると、ルナはある事に気づいた。


「……こんなに足速かったかな」


いつもの1.5倍ぐらい速い。試しに限界まで足に力を込めると、体が慣れておらずよろけるほどのスピードが出た。慌てて体勢を整えると、ウィルデバイスに視線を向ける。この非科学的な腕輪のおかげなのだろうかとよそ見をしていると、もの凄いスピードで何かが横を通り過ぎた。


「……ぇ」

「いったた……。え!ルナちゃん!?」


吹き飛ばされ地面に転がったユウゴが、叫んだ衝撃で血を吐きながら状況に全く合ってない笑顔でルナを見上げている。何故そんなに嬉しそうなのか、怪我は大丈夫なのかと聞く暇もなく、ユウゴは素早く起き上がると後ろに飛び退いた。

すると先程までユウゴが横たわっていた地面が抉れる。呆気に取られていると飛び散った土が地面に落ちるよりも前に、近くで金属音が鳴った。


「早めに命を差し出せ、楽にしてやる」


ユウゴの片手剣を押す漆黒の大剣。その持ち主も黒い衣服を身にまとい、その一部には見覚えのあるオルヴァイスのシンボルがあった。


「そう言われて首出す馬鹿がどこにいんの?ぐっ……あー、ホント重いねその大剣……!」

「その出血量では無理だ、俺には勝てんよ」


ハッとして、すぐに銃を構える。

初めてのウィルデバイスを使っての戦い。僅かに手が痙攣した。狙いを大剣の男に定めるが、間違えればユウゴに当たる可能性もある。

重さなどは殆どモデルガンに近いが撃った感覚がどうかは全く不明。このまま不参加でいたいという気持ちもある。しかし、ユウゴの口の端から血が流れ地面に落ちるのを見て、迷いなく引き金を引いた。


「(怖い──)」


弾丸は男の大剣にぶつかり、その衝撃で力の軸がズレた男の隙をつきユウゴが横に逸れる。押しつぶされるのではと思うほどの攻防から逃げられたユウゴはルナに礼を言うと、ゲホゲホと咳き込んだ。


「はぁっ、キツ……。ナイスだよ、ルナちゃん」

「……遅くなったわね」


よく見ると笑っていられるのが不思議なほどユウゴを負傷している。ついにがくりと膝を着くと、剣を支えにして必死に立ち上がろうと体に力を込めている。が、出血の量がまずいのだろう、意識が朦朧としていて上手く立ち上がることすら出来なくなっていた。


ルナはユウゴを庇うように前に立つと、男に銃口を向けた。男は灰の色をした瞳でルナを見ると、何かに気づいたように構えていた大剣を下ろす。


「お前がボスの追っている女か」

「ボス?」


ルナが聞き返すと、特に返事をする気もなかったのか男は不意に腕輪を外した。大剣が消えると、腕輪をしまった男は簡単にこちらに背を向け歩き出す。あまりにも唐突な出来事に何も出来ずにいると、ルナの後ろでどさりと音がした。


「ちょっと!しっかりして!」


案の定地面に倒れ意識を失っているユウゴを軽く揺する。そういえばとユウゴの耳からイヤフォンを取るとそれを付けた。


「ユウゴの意識がない、どうすればいいの?!」

『敵はどうした』

「なんか分からないけどどっか行ったわよ!それよりユウゴが!」

『了解した。すぐ向かう』


イヤフォンの向こうでバタバタと音がする。そして暫くするとシュウが二人の元へ到着し、ユウゴを担ぐとすぐに拠点に向かった。


「片手で成人男性担ぐって……本当にデバイスの適正ないの?」

「無い。あとデバイスを長時間付けていると危険だ、戦闘が終わったらすぐに外しておけ」

「ふーん」


ウィルデバイスを外すと、光が消えただの赤い腕輪に戻る。投げ渡されたポーチを受け取ると、それのサイズがデバイスが入るのに丁度いいサイズなのが分かる。それを腰につけるとデバイスを入れて優しく閉めた。


「ありがとう。……まあ何も言わずこれを使わせた事は恨んでるわよ」

「恨まれて当然のことをしたと理解している。謝りはしないが」

「貴方そういう所よ?」


そうこう言っているうちに拠点に着くと、すぐにユウゴの手当を始めた。

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