第3話 選択肢
何かと身構えると、テーブルに立てられたのは紙芝居だった。最初の一枚目に『ルナちゃんのこれから』と題名が書かれ、三歳児レベルのヘッタクソな絵でルナのような何かが描かれている。
何やらシュウは気まずそうに顔を背けていて、誰がこの低レベルイラストを描いたのかルナは察してしまった。
「はい!じゃあまず、俺達が何をしているのか説明するね」
そう言って捲られた二枚目には、複数の人と研究施設のようなものが描かれている。人の目は赤くつり上がっていて、敵だということを示しているのだろう。
「俺達はさっき見せたウィルデバイスという不思議な機械の研究、開発をしている組織を追ってる。名前はオルヴァイス、表向きは変哲もないただの研究所だけどね」
「さっきの斧の男とかもその組織の?」
「うん、そうだよ。で、さっき言ったウィルデバイス、これも問題なんだけど俺達の目的は別にある」
三枚目、そこには男の子と傍には泣いているユウゴの顔が描かれていた。
「俺には弟がいるんだけど、オルヴァイスの研究材料として拉致されてしまった。俺は弟を取り戻したい。その為にオルヴァイスを追ってる」
「ふーん。で、隣の協力者さんとやらは?」
「シュウは分かんない、そういう契約なんだ。目的を話さない、探らない代わりに力を貸す……って、ね?」
そう問われたシュウは頷きも否定もせずにただ黙って座っている。それを肯定だと受け取り、ユウゴは次のページに移る。
四枚目、悩んでいるようなルナの左右にユウゴと研究員が描かれていた。
「さて、まー大雑把に説明したところでルナちゃんに人生を左右する大きな選択肢!」
ユウゴはパタンと紙芝居をテーブルに置く。そしてルナの瞳をしっかりと見つめると、指を人差し指を立てる。
「まず、俺達と一緒にオルヴァイスから弟を連れ戻し、組織を壊滅させる計画に参加することを選ぶか」
続いて中指を立てると、にこりと笑う。
「そして、オルヴァイスの連中に捕まって、死ぬ事よりも辛い思いをさせられる地獄を選ぶか」
好きな方を選んで、と言い切ったというようにソファーに座り直したユウゴを見て、ルナは顔を顰めた。答えはもう決まっていると、すぐに立ち上がる。
オルヴァイスからユウゴの弟を連れ戻す。人が困っていても助けないような性格では無いが、命をかける気にはならない。
なら捕まって死ぬ思いをするか。人まで送られ何をされるのか分からないが、ユウゴの言う通り死ぬ事より辛い最低なことでもされるのだろう。
ならどうするか──三つ目の選択肢。
「調子乗ってんじゃないわよッ!!!」
「ブフォッ!!」
とりあえずユウゴの顔に一発拳を叩き込む。これがルナの選択だ。
イライラの限界、メーターで見えるなら200%以上は突破しているだろう。逆によく我慢できたと褒めて欲しいぐらいだった。
頬を殴られたユウゴはそこを軽く撫でながら、なぜ殴れたのか分からずキョトンとしている。それがまた癪に障り再び腕を振り上げた。
「もう一発──、じゃなくて。はぁ……、確かに助けてもらったのは認めるわよ。でもなんでそっちに私のこれからを選ばせる権利があるわけ?馬鹿にしてんの?」
「え、えぇ……ごめん。でも君がこれからやること、本当にこれしかないんだよ」
「その決めつけが──」
ルナがまた怒鳴ろうとすると、シュウが勢いよく立ち上がりルナの方へ歩き出す。殴り合いの喧嘩でも始めるつもりかと身構えていると、シュウはルナの横を通り過ぎて部屋の中央に立った。
唐突な行動に文句を言おうとすると、ユウゴは人差し指を口元に当て静かにとルナに伝える。
暫くして、シュウは二人の方を向いた。
「敵だ、そう遠くない。人数は一人だが堂々と落ち着きのある足音だ、余程自分に自信があるのだろう」
「さっすがぁ♪なんでフード被ってるのにそんなに聞こえるんだろうね、いつも」
シュウがイヤフォンを投げ渡すと、ユウゴは慣れたように受け取り装着して身支度を始める。先程しまった腕輪を取り出し、それを手首に嵌めると僅かに発光した。
「『デバイス、オン』」
ユウゴの言葉に答えるように発光は強くなり、腕輪には幾何学模様が浮かび上がる。腕時計で言えば時計がある位置に、小さく魔法陣のようなものが展開され、ユウゴの手の中には最初に見たものと同じ青色の剣が握られていた。腕輪とはまた違う幾何学模様が浮かんだその剣は、どの金属よりも硬いように感じる。
「外で装備しろ、外で」
「えー、ルナちゃんにも見せておきたくて……」
「はぁ……いいから早く行け」
呆れたようなシュウに適当に敬礼してからユウゴは走り出すと医務室から出ていった。ルナはシュウと残される。何故ユウゴ一人で向かったのか、そう向けた視線にシュウは首を横に振った。
「ウィルデバイスは適性がないと使いない。俺は非戦闘員だ」
「ふーん、私に適性があるかも分からならないじゃない。それなのに味方にしようって言うわけ?」
「正直、俺はどっちでもいい。お前が居てもいなくてもやるべき事は変わらんからな。ただ……」
シュウは言葉を止めると、ルナのスカートの右ポケットを指す。そこに手を入れれば、ちゃり、と金属音がなった。すぐにそれがレアートのドッグタグだと気づき顔を顰めた。何が言いたいのか、もう分かった気がする。
「それはオルヴァイスの研究員が持っているものだ。分かるだろう、お前でも。そこまで察しが悪い訳では無いと俺は見立てているが」
「……」
「お前がなんのために戦ったのか、思い出せ。謎は全て解けたか? 恨みはもう晴れたか? 復讐は本当に終わったのか?」
レアートは自分の仕事の事を詳しくは話してくれなかった。なにかの研究をしていて、難しい内容だし機密情報も多いからとはぐらかす事が多い。ルナはそれでもいいと思っていたし、幸せなのは変わらなかった。
思い返せば確かに斧の男も似たようなものを首から提げていた。そして服には盗み見たレアートの仕事着に入っているシンボルと同じものがあった。ずっと目を逸らしていただけなのかもしれない。
奴らがレアートの死の原因ならば、
オルヴァイスという組織が悪の根源ならば、
それを知った今なら──。
「でも……いきなり色んなことが起きすぎたのよ。おかしいと思わない? ……私ただの一般人で、彼や貴方とは違うのよ……!」
「……それが答えか。咎めはしない、好きにするといい。ここは地下だ、出て右にある階段を登れば出口はすぐ分かるだろう」
「……」
「お前に幸せな人生が待っている事を願う。じゃあな」
ローブを翻し、医務室から出ようとするシュウはドアノブに手をかけると動きを止める。そして一度ルナの方へ振り返った。
「言っておくがユウゴもただの一般人だ。……弟を奪われるまでは」
ただ一言そう言ったシュウは、ユウゴのサポートのために別室に移動した。再び静寂の訪れた医務室に初めのように一人で座っている。変わらない薬物の匂い、変わらない体の痛み。腕をさすれば、手当した後に触れる。
「包帯……気づかなかった」
無性に泣きたくなった。急に色んなことに巻き込まれ過ぎて、キャパオーバーしそうで。みんな言ってることが呆れるほど自分勝手で、人の気持ちなんて何も考えてない。
しかし、自分勝手なのは変わらないが、確かにルナを思う気持ちはあったかもしれない。
涙がこぼれそうになった時、遠くでドカンッと大きな音が聞こえ地響きがなる。
「戦ってるのかな……」
そう呟くと──自然と立ち上がった。何かをしようと思ったわけでもなく、本当に自然に。だがどうしても恐怖の枷が、一歩踏み出すことを戸惑わせている。
──怖いよね、でも……助けてあげて。お願い。
ふと聞こえた優しい声に、ルナは一歩踏み出した。心が軽くなった気がして、先程までの恐怖心が嘘だったかのように思えた。
「私が助けてやるわよ!」
扉を蹴破る勢いで室外に出ると、無我夢中で走り出す。
ユウゴの元へ向かって何が出来る?
戦えるのか?どうやって?
全てのマイナスな考えを吹き飛ばすように階段を駆け上がると、出口を勢いよく開けた。
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