第2話 協力者たち
ユウゴに差し出された手を見て、ルナは眉間に皺を寄せる。握手を求めているのだろう。正直に思っている事を言えば、今それをやっている場合か、という苛立ちである。
斧の男に殴られたせいで立っているのもやっとの状態。手ではなく肩を貸して欲しい。それがユウゴに伝わったのか、慌てて手を引っ込めるとついに倒れかけたルナを支えた。
「わわっ、ごめんね。忘れてたよ」
「最低……」
ぐにゃりと見下ろす地面が歪み、吐き気のようなものを感じる。ルナは不本意ながらもユウゴに体を預け、開けることすら辛くなりつつあった瞼を閉じた。
「ゆっくり休んで、安全な場所に連れて行くからさ」
「嫌だ……べつに、しんようした、わけじゃ……」
ルナが望んでいなくとも、徐々に意識は遠のいていく。ふわりと体が浮く感覚を感じ、横抱きにされたのだと分かると抵抗しようと手を伸ばす。が、殴る力すら湧いてこずに、だらりと腕が垂れた。
そして段々と暗く、深く暗闇へ──。
ルナがトドメを刺した訳では無いが、復讐は果たされた。最愛の恋人を失った今、ルナはもう生きる気力を殆ど失っていた。
命の灯火が、真っ赤な復讐の赤が、段々と闇に飲まれていく。
漆黒の中で、ルナはその赤をただじっと見ていた。
今までの二十年の人生が、あまりにも長い長い旅だったように感じる。
もう終わるのか、そう思った時──
一人の女性が、その暗闇を光で照らした。
………………
勢いよく目を覚ますと、ルナは自分が横になっていることに気づく。状況が理解出来ずにすぐに体を起こそうとするが、身体中の痛みにそれをやめた。
落ち着いて、状況を把握する。
ユウゴという謎の人物、斧の男、飛び降り、ナイフ、暗い部屋、箱、ハコ──。
「お゛ぇっ……!」
吐き出しそうになるのを抑えて、脳内のイメージを振り払うよう痛みを我慢して無理やり体を起こした。そして体を擦りながら自分が横になっている部屋を見渡した。
最初に感じたのは、薬品の匂い。恐らく医務室だ。意識を失う前にユウゴに言われた安全な場所というのがここなのだろう。どのくらい大きな施設なのか、ここだけでは分からなかった。
色々な事が一気に起きすぎて軽く混乱状態にあるルナは、深呼吸をしながら暫くなんでもない部屋の一点を見つめていた。
そして、静かな部屋にノックの音が響く。
「入りまーす。あ、起きたみたいだね。よかった」
「家に返して」
すぐにそう言って入ってきたユウゴを睨みつけると、ルナの鬼のような形相に肩を竦めた。奪って脅すための武器を持っていないかユウゴを観察していると、あることに気づき手首を見つめた。最初につけていた斧の男と同じ腕輪がない。
「あー、あれは貴重なものだから普段はつけてないんだよ。今は武装する必要も無いし」
「……」
「あと、奪ってそれを使おうなんて考えないでね。危ないから」
──死なれちゃ困るからね。
そう続けて独り言のように言ったユウゴに、悪寒を覚えたルナは視線を逸らした。ここは安全な場所ではなかったのか、ユウゴの一言から疑問に思う。彼が一番危ないように感じた。
その空気を察したのか、ユウゴは手のひらに拳をぽんと当てると、笑顔を浮かべる。
「まず自己紹介しようか!名前は名乗ったけど、好きに呼んでいいよ」
「誘拐犯」
「それはちょっと違くない?」
困ったように頬をかいたユウゴはコホンと咳払いをすると改めて自己紹介を続ける。
「好きな色は青で……あ、食べ物はハンバーガーかなぁ。あれ美味しいよね! 他には──」
「もっと説明すべきことがあるでしょ!」
「そっかぁ。うーん……そうだ! 協力者が居るから、連れてくるよ。そしたら全部説明するからさ」
「別にいいわよ……私は最低限のことを知って帰りたいだけなのに……」
問答無用といった様子で早々と医務室から出ていったユウゴを見て、すぐにベッドから降りる。なんて無用心のだろう、この隙に脱走するぞと意気揚々にドアノブに手をかけようとした。
「わぶっ!」
「連れてきた……よ?」
何故こんなにも早いのか。もう帰ってきたユウゴが扉を開けた勢いで、前方に倒れたルナはそのまま受け止められる。慌てて突き飛ばしたにもかかわらずユウゴが特によろけなかったことにも、また密着した事にも苛立ちを感じて舌打ちをした。
「まーまー、座って座って」
促されるままに医務室に設備されてある簡易なソファーに大人しく座ると、諦めたような様子でわざと大きなため息を吐く。それに苦笑いを浮かべると、ユウゴは扉の方に声をかけた。
「早く入って来てよー。まだ渋ってるの?」
「五月蝿い。俺は会わなくてもいいと何度も言っているだろう」
「顔合わせは必要だよ、ほらほら」
中々部屋に入らない協力者に痺れを切らしたユウゴは、服を引っ張り強引に室内に連れてくる。鬱陶しそうに連れられた協力者は、ルナ同様に諦めたのかわざとらしくため息を吐いた。
灰色のシャツに黒のスラックスとネクタイ、その漆黒の中で赤のベストが差し色となり目立つ。それよりも一番ルナが気になったのは黒いローブのフードを深く被り隠れた顔だ。かろうじで口元が見える程度で、他は何も分からない。
「うっわ、胡散臭い」
「正直だねぇ。でも同感」
「散々に言いやがって。だから嫌だったんだ」
男が部屋から出ようと振り返ると、それを止めるため何とかユウゴがご機嫌取りをする。あまりのしつこさにもう好きにしろと言った様子で、協力者はルナの向かいのソファーに座った。続くようにユウゴもその隣に座る。
「言った通り、色々説明しないとだね。まず彼はシュウ、俺の協力者だよ」
協力者、シュウは自己紹介を求められているとユウゴの視線で分かる。が、当然無視して話を続けるように腕を組んだ。
「態度悪っ! ……はぁ、しょうがない。まず、ルナちゃん。君はもう家には帰れないよ。死にたいなら止めないけどね」
「……は? どういう事?」
予想通りの反応だと、ユウゴはタブレットをルナに差し出した。そこに映し出されているのはルナのアパートの前だった。盗撮してたのか、キモイなと最初にユウゴを心の中で非難してから、彼が伝えたかった事を理解する。
「……誰か待ち伏せしてる?」
「正解。君を拉致しに来た斧のウィルデバイスを持ったやつの仲間さ。君を探してる」
画質が荒く分かりずらいが、確かに人影が扉の前に立っている。周りを警戒している様子を見るに、ただの来客ではないだろう。
そして聞き覚えのない単語に、ユウゴに視線を移す。彼は察したように返されたタブレットを受け取ってから、次に懐から取り出した腕輪をテーブルに置いた。
「これがウィルデバイス。使用者の強い意志を武器として具現化できる機械。……まあ化学で説明できない事で殆ど作られてるらしいけどね」
「強い意志?」
「そう。自分はそれがあってからこそ立ってられる、そう言えるほどの強い思いをこの機械は読み取ることが出来るんだ」
ユウゴの腕輪は青く濁った色をしている。斧の男のように幾何学模様は浮かんでおらず、手に取り観察した。ふと出来心で嵌めてみようと手首に近づけた。
「駄目だッ!!」
ユウゴは身を乗り出しルナの手首を掴んだ。あまりの必死な形相に驚き固まると、ユウゴは焦ったように腕輪を取り上げる。
「持たせたのは不味かったな。おもちゃじゃないんだから管理を怠るなよ」
「えー、でもシュウも止めなかったじゃん」
「早く説明を続けろ、時間の無駄だ」
横暴なシュウに軽く肘打ちをして不満をぶつけたユウゴは、ルナに一言謝ると改めて向き直る。その真剣な表情に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ここからが大事なとこ。よく聞いてね」
そう言って、ユウゴは何か大きなものを取りだした。
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