[2-12]翼の面影
砦に来る以前、フェリアは山岳地域の小さな村に両親と弟の四人家族で暮らしていた。
大都市から離れた田舎は他種族民との交流もほとんどなく、大きな
物流が限られた
「このドレスを着ていけばいいよ。大丈夫! ぼくがフェリアを可愛くしてあげる」
帰ってきたミスティアは様子がおかしく心配だったのだが、シャイルに服を贈られた話をした途端に目を輝かせ、俄然やる気を出して部屋を飛び出していった。自分の部屋からメイク道具を取ってくるらしい。
食事の席に正装で臨むというのは、フェリアにとって馴染みのない感覚だ。似たシチュエーションを考えても、結婚式の披露宴くらいしか思い浮かばない。シャイルがプレゼントしてくれた綺麗なドレスに食べこぼしてしまったら……と思うと、気が重くなって泣きそうになる。
「お待たせ! あれ、フェリア、着替えないの?」
「お食事にいくのでしょう? わたしはパーティーなんて不慣れだから、こぼしてもいいように、普段着でいこうと思うの」
「大丈夫だよ。領主様の館なんだから、衣料品専門の洗濯係がいるはずだよ。ぼくも、そのドレスを着たフェリアを見てみたいな!」
ミスティアは
それに、贈られた服に着替えていけばシャイルが喜んでくれるかもしれない。何なら飲み食いはせずじっとしていれば、服を汚すことも避けられるだろう――、と思考を一巡りさせたフェリアは意を決して、
とはいえ、慣れない服に戸惑いながらの着替えは
「フェリアは肌が綺麗で日焼けもしてないから、ルースパウダーで十分だと思うな。髪型はちょっと変えようよ。ぼくが編んであげる!」
「え、ルース……
「大丈夫! ぼくに任せて。ぜったい可愛く仕上げてみせるから!」
薄々わかってきたが、ミスティアは意識的に自分に構おうとしている。どうにも、目を逸らしたい何かがあるようなのだ。
椅子に座ったフェリアの後ろで丁寧に髪を
「お姉ちゃん、ヴェルクと何かあったの?」
「なっ、何もないよ!? 無事にいい感じの
言葉とは逆に裏返った声が、何かがあったことを証していた。思わず、眉をひそめる。
「ヴェルクに、何かされたの?」
「違うよ! ヴェルクは悪くないの! 大丈夫!」
同意したくはなかったが、出発前にヴェルクが言った「ミスティアの大丈夫は信用ならない」の言葉が真実味を帯びてきた。とはいえ、彼がミスティアに酷いことをするとは思えないので、おそらく心配のいらない
フェリアにとってのヴェルクは父親に近い存在だが、成人しているミスティアにとっては恋愛対象……なのだろうし。
胸の奥が少しもやもやしている。ヴェルクは恩人のような存在で、尊敬しているし嫌いではない。ミスティアの恋を応援したい気持ちも、もちろんある。二人の出会いはルエル村なので、誤差程度とはいえヴェルクはフェリアよりミスティアとの付き合いが長いのだ。お姉ちゃんを取らないで、なんて口出しできる立場ではないのも承知しているけれど。
「ヴェルクには、お姉ちゃんをいじめないでって言わなきゃ」
「虐められてはいないよ!? ぼくがちょっと勘違いしちゃっただけなの。それより見て見て! フェリアはおさげもよく似合ってるから!」
わかりやすく話を逸らされた。が、鏡に映る自分の姿を見た途端、もやもやも吹き飛ぶときめきに、フェリアは息を飲む。
普段は櫛を通して流すだけの空色の髪は二つに分けられゆるく編まれ、薄桃色のリボンで留められていた。
頭には薄桃色の花飾りが添えられ、化粧でいや増す色香を絶妙に希釈していた。
シャイルと選んだ
本当のことを言えば、フェリアは自分の外見が好きではない。実年齢不相応の幼い姿は、甘え心の発露だから。
砦に集う皆が命を賭けて世界と闘っているのに、同じ
このままではいけないと思う日々は焦燥を生み、悪夢を乗り越えられない自分にがっかりすることもしばしばで。成長の可能性など今まで考えることができずにいた。けれど。
「フェリア、どうしたの? あまり好きじゃなかった?」
「――ぇ、え、あっ、ごめんなさい! そうじゃないの、逆なの!」
「そう? フェリアの好きに合わせるから、遠慮なく言うんだよ?」
鏡の中にいた翼の
弟の強さを尊敬している。でも、自分だって勇敢だった両親の娘なのだから。勇気を出して大人になることだって――できるのではないか、と。
あの日から、泣かないと決めたのだ。眼裏を通り過ぎる悪夢に蓋をし波立つ心を落ち着けてから、フェリアはまっすぐ顔を上げ目を開いた。心配そうに眉を下げて覗き込むミスティアに「ありがとう」と微笑みかける。
「これがいいわ。お姉ちゃんがあまりに上手だから、びっくりしちゃったの」
「そっか……それならいいけど。大丈夫? ホールに行ける?」
「ええ、大丈夫。それに、わたしが遅くなっちゃったせいで二人がお腹をすかせているかもしれないもの、これ以上待たせるのは悪いわ!」
「そうだな。ヴェルクは何も食べてなかったからそうかも! じゃ、一緒に行こう」
途端ミスティアの
シャイルがドレスを贈ってくれて、ミスティアが綺麗に仕上げてくれた。社交の場というものは未知で不安で怖いけれど、二人の期待に応えるためと思えば頑張れる気がする。
領主様も
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