[2-11]領主の期待


 買い物のあと小さな喫茶店で一休みし、シャイルとフェリアが領主宅へ戻ったのは日暮れ前だった。二人を出迎えた受付係は、今後のためにと言って二人を中庭へと案内する。


薔薇ばら園に囲まれたこの一角は外から見えにくくなっております。緊急事態などでお館様を頼る際に転移魔法テレポートを使われるのであれば、この場所へおいでください」

「わかりました。建物内は転移を阻害する結界が敷かれているんですか?」

「ええ、そうです。このアーチを潜って道なりに進めば本邸の裏口へ出ますので、目立たず移動することができるかと」


 親切にも中庭の歩き方を案内してから、受付係は持ち場へ戻っていった。背後に隠れていたフェリアが顔を出す気配がしたので、シャイルは振り向き手を差し伸べて笑いかける。


「ヴェルクとミスティアはまだ帰ってないようだから、客間で一緒に休ませてもらう?」

「シャイルに任せるわ。……迷惑でなければ」

「そんなの、全然。本邸へ戻ろう」

「ありがとう」


 花が咲きこぼれるようにはにかみ笑う少女を見れば、胸の奥が甘くうずく。ミスティアには悪いけれど、フェリアを独占できるのは素直に嬉しい。いや、彼女もヴェルクと過ごせて喜んでいるだろうから、これは利害の一致だろうか。

 今までただの知識として頭に詰めていた紳士的エスコートを、よもや初恋の相手に実践することになろうとは。フェリアはおそらく社交的な場に出た経験がないだろうから、多少の覚束おぼつかなさは気にしなさそうではあるが。

 それでも彼女に不安を感じさせないよう自分が堂々としていたほうが良い、というのはわかる。

 手のひらに触れる華奢きゃしゃで柔らかな指の感触に柄にもなく緊張しながら進む小道は、それほど距離がないのに永遠のようにも思えた。


 領主は各自に泊まり部屋を用意してくれたが、シャイルの部屋にフェリアを連れこむのはさすがに気が引ける。ヴェルクとミスティアを待つ間、空いている客間を借りれないか頼めば、領主邸の使用人は快く協力してくれた。

 領主が元翼族ザナリールだからというのもあるのだろう。ここの使用人たちは皆、フェリアに対し親切で気遣いがきめ細かい。


 夕食前なので菓子は控え、二人でお茶をしながら時間を過ごすうちに、ヴェルクとミスティアも無事帰ってきた。しかし何やらただならぬ雰囲気である。喧嘩しているのでもなさそうだが、ミスティアのほうはヴェルクと目を合わせようともしない。

 いぶかっているうちに、ミスティアはフェリアを連れて自分にあてがわれた客間へと引っ込んでしまった。どうせすぐに夕食の席で顔を合わせることになるだろうから、ヴェルクを問いただす時間はなさそうだが。

 あまり感情を表にださない彼の目が落ち着きなく泳いでいるのを見るに、互いの意識が変化するような出来事があったのだろうと察し、シャイルはそっと目を逸らすのだった。



 † † †



 格式ばった場に不慣れな四人に気を遣わせない範囲で、領主は歓迎の持て成しをしたかったのだろう。夕食が立食形式のディナーと聞いてシャイルはそう思う。

 想像していた以上に温かみのある歓迎を受けて、ヴェルクなどはすっかり戸惑っているようだ。


 メイドの案内で通された部屋は、大窓がある広いホール。大きな丸テーブルがいくつも置かれ、色とりどりの料理が並べられている。給仕のスタッフも何人かおり、何かあった時に対応してもらえそうだ。

 一般的に男性より女性のほうが身支度に時間がかかるというが、例に漏れずミスティアとフェリアはまだ姿を見せていなかった。領主のカーティス=オルタンシアが、連れ立ってやってきたヴェルクとシャイルに微笑みかけ、会場へ手を延べる。


「いらっしゃい。テーブルマナーなどは特に気にせずともよいから、好きに食べて飲んで楽しんでほしい。酒が欲しかったら給仕係に声を掛けるといいよ」

「ありがとうございます、領主様。気にかけてくださったようで、恐縮です」

「……おう。何も、ここまでしなくとも」


 若干怯えているように見えなくもないヴェルクに対し、カーティスは楽しそうな笑顔を向ける。


「折角だから、擬似ぎじ的にでもこういう場を体験させてあげようと思ってね。王家を背負うというのなら、社交的な関わりは避けて通れないわけだし。機会があればダンスも覚えたほうがいい」

「うぅ、そう……だよな。でも、ダンス、って」

「僕、一応ちょっとは踊れるんだよ」


 どんなときでも余裕に満ちた雰囲気のあるヴェルクが、珍しく動揺しまくっている。彼に優位をとれる分野があると思えば嬉しくなって、シャイルはつい主張してしまう。振り向いたヴェルクの困惑顔はあまり見ないもので、何とも微笑ましい。

 考えてみればミスティアが正装ドレスを持っているのは、社交の場に出たことがあるからだ。食後にダンスをという雰囲気になったとき、ヴェルクはミスティアを誘えるのだろうか。他人事ながら少し心配ではある。


「シャイル、今度教えてくれ」

「教えられるほど上手くもないけど……わかった」


 習うなら、経験不足の自分よりカーティスに頼めばいいと思うのだが、ヴェルクは彼を苦手としているようである。しかし、シャイルとは身長や体格差があり過ぎる相手にどう教えたものか見当もつかなかった。

 やり取りを聞いていたカーティスがふふっと笑って、明るく飾り立てられたホール内を見回す。柔らかく穏やかに微笑むその横顔に、ふと哀切が差した。


「私の養父は人いの魔族ジェマではあったが、それも迫られてのものでね……。いつかは種族を超えた取り引きを実現したいと願っていた彼は、私に人いの生き方を強要することはなかった。むしろ、自分と同じことにならぬようにと私を守ってくれたのさ」


 ノーザン王国で貴族制度はほとんど機能していないという。現国王のカミルは王族でもなければ、どこかの貴族家と縁があるわけでもないらしい。

 家柄も爵位も今のノーザンではお飾りにすらならないが、領主のカーティス=オルタンシアは一応、侯爵位であるという話だった。


 今は亡き先代のオルタンシア卿は、先見の明があったのだろう。政情不安定な世界にあって彼が求めたのは、政治への影響力ではなく商業的な地位だった。

 堅実にしかし手広く商売を行い、人脈をつないで財を築き、そのすべてを養子であるカーティスへ受け継がせた。そこには確かに、種族を超えた親心があったのだろう。

 実際、貴族家の影響力を歯牙にも掛けない現国王も、オルタンシア家の商業的な影響力は無視できない。だからこそ港湾都市ノスフェーラは自治区として認められ、暴虐蔓延はびこ魔族ジェマの国において秩序と平穏を維持できている。

 これら無形の財産は先代の理念により受け継がれ守り抜かれたものだと、彼は語った。


「私が秘密裏に君たちを支援するのは、君たちの革命軍の理念に期待しているからだ。武力というものはともすれば、活動自体が目的へとすり替わってしまう。だからどうか君たちも理念を忘れず、世界を変えるために戦ってほしい」

「ああ、わかっている。期待を裏切るようなことはしない、と誓う」


 二人が交わしている言葉は、盟約の前振りなのかもしれない。カーティスは自分の目で見て、ヴェルクが支援に足る人物だと判断したのだ。

 当人が覚悟を決めているとはいえ、ヴェルクが双肩に負う期待と責任は、ますます大きくなってゆく。彼はそれを重圧と感じることはないのだろうか。自分は、彼のため何ができるだろうか。

 革命軍が立ち向かわねばならない最前線には兄が立ちはだかっている、という現状を思えば、シャイルはそう思い巡らさずにはいられなかった。


 


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