[2-9]募る想い、揺れる心
目的の店に到着し、古びた木製扉を開けて店内に入ると、ヴェルクはミスティアを降ろしてくれた。触れていた部位に溜まった熱が逃げてゆくのを寂しく思うも、気を取り直して店内へ声を掛ける。
一見すると雑多な古物商だが、ここの主人はとにかく目が利くらしい。価値ある物は目立つ場所に置かれていないので、欲しい物があれば店主に聞くほうが早いのだ。
余計なことを
ヴェルクは驚きを通り越して警戒したのだろう、割り込むように前へ出ようとするので、ミスティアは慌てて彼の腕を押さえる。
「スミシーさん、大丈夫? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、ミスティアおまえさん無事だったのかよぅ! 俺ァ心配で心配で……。大変だったなぁぁぁ!」
「えっ、あの、ごめんね」
どうやらルエル村襲撃と移住の話を聞き、いたく心配していたようだ。自分の無事と引き換えに奪われた命を思い、火照っていた心が水を掛けられたように
どこから話そうか
「つらい目に
「おぉ、おぉ……そうだな。生活が落ち着いたらローと一緒にまた来てくれよ、安くするからさ。で、今日は何が欲しいんだい?」
もう平気、割りきって前に進めた――と思っていたが、まだまだ生傷だったようだ。言葉にするより先に涙がこぼれそうで、ミスティアはヴェルクに心中で感謝した。心配してもらえるのは嬉しい、でも、声にして伝えるのはつらい。
こちらを
「
「あれも値段によって
指折り挙げられる条件を頷きながら聞いていたヴェルクは、値段を聞いて絶句したようだ。無理もない、一般人が都会で相当うまく稼いだとしても、十万クラウン貯めるのに半年以上は掛かるのだから。
彼は価格に関わらず購入するつもりだろうが、常連商人の妹としてここで頷くわけにはいかない。
「スミシーさん、ヴェルクはぼくと兄さんを助けてくれた、恩人なんだ。もうちょっと安くできないかな?」
「ミスティア、無理は――」
「ここはぼくに任せて!」
驚いて口を挟むヴェルクにウインクし、ミスティアはずいっと前に出る。
強面の髭面が楽しげに緩む。店主は白髪の混じった焦茶の髪を掻き回しながら席を立ち、奥から化粧箱に入った品物を持ってきた。蓋を開けると、布張りの台座に
「条件ぴったりの、世界に一つきりの通信珠だ。つーても、向こうに材料さえあれば注文はできるが、おまえさんたちは今すぐ欲しいんだろう? 一割ならまけてもいいぜ」
「んー、でもこれ、ぼく覚えてるよ。二年前に兄さんと来たとき、全然売れないから常連価格でどうだって言ってた通信珠だよね? 彫ってある発動キーワードも一緒だし!」
兄はあのとき購入を迷って、結局買わなかったのだ。品物に問題があったのではなく、単純に必要ないという理由だった。その際に「固定キーワードは珍しい、魔法に不慣れな者向けだろう」と話していたのが記憶に残っている。
店主は小さな両目を大きく開いて固まっていたが、やがて大声で笑いだすと自分の額をぺしんと叩いた。
「参ったなァ! そうそう、高過ぎる上に機能が多過ぎて売れやしねーんだ! まぁでも、ローもミスティアも元気にやってんなら、また来てくれるだろうしな。常連価格ってことで三割引でどうだい?」
「ほんとに!? 兄さんまた新しく商売始めたみたいだから、スミシーさんのこと伝えておく。取引先に紹介する小売店、どこにするか迷ってたよ」
「何だって! あいつ本当にタフだなぁ……。なら、四割! 四割引いてやるから、ウチを優先で紹介してくんねーかい?」
「わー嬉しいっ、ありがとうスミシーさん! わかった、兄さんにぼくからググっと推しておくね!」
「よろしく頼むぜ」
思わぬ好感触に胸が高鳴る。多少年季が入っているとはいえ、良品を原価に近い値で購入できるのは嬉しい。胸の前で拳を握った勢いのままにヴェルクを振り向けば、彼は完全に勢いに呑まれていたようだ。
「良かったね、ヴェルク! 四割引きだって!」
「お。おう。すげえ助かるけど、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫! 兄さんも喜ぶと思う!」
ミスティアに、商売のことはよくわからない。この成果は兄のローウェルが築いた実績や評判のお陰だろう。それでも、眼前の売上げより未来へつながる利益を商人が喜ぶ、というのはわかる。
それがヴェルクに役立つことにもつながるなら、良い買い物ができたと思うのだ。
なお、現金六万クラウンは重過ぎるため、小切手での支払いとなった。金額と署名を記入する時のヴェルクはひどく緊張していて、無事に取り引きを終え店を出た後には深い息をついていた。
聞けば、今までは高額商品を魔石や宝石と引き換えていたのだが、換金の手数料をもったいなく思ったローウェルが小切手というものを教えてくれたという。
「なんだぁ。言ってくれれば、兄さんの口座から立て替えたのに」
「あんな高額を気軽に立て替えるんじゃねぇよ。ローにもそう言われたけど、俺も、ちゃんと覚えたかったんだよ」
「そうだね、ヴェルクはこれからも大きなお金を動かすことが多そうだもんな」
革命軍のリーダーとして、だけでなく、王家という由緒を掲げて立つのなら、できることは多いほうがいい。
彼は監獄島生まれだと言っていた。島と大陸では文化がだいぶ異なるだろう。彼が経てきたに違いない困惑と苦労を思うと、心が熱くなる。力になりたいと思うのだ。
午後の風はいっそう強さを増している。買い物で疲弊したのか、ヴェルクも今度はミスティアを抱きあげたりしなかった。安堵するとともに、わずかな寂しさをも感じつつ。次なる行き先の候補を提案しようと振り返った、その時。
都会らしく人の多い表通りから、何やら騒がしい
何かに追われているのか、大きな荷物を抱えて息を切らせていたその子は、ヴェルクの姿を見た途端に走り寄ってきて叫んだ。
「警備のお兄さんっ! 助けて――って、あれぇ!?」
腕章と彼の出立ちから警備兵か騎士と勘違いしたのかもしれない。しかし振り向いて少女を見たヴェルクの表情は、見知らぬ相手を見るものではなかった。目を
「レイシェル!? おまえっ、ここで何やってんだよ」
「わぁっヴェルクだ! 嬉しいよーっ、会いたかったー!」
「こら、首を絞めるんじゃねぇ!」
レイシェルと呼ばれた少女も、荷物を放りだしてヴェルクの首に縋りついた。砦では見せたことのない親愛の表現に、ミスティアの胸がちくりと痛む。濡れたような輝きを放つ髪の間から、魚の
ひとしきり再会を喜びあった後、少女は顔を上げてミスティアを見た。見た目はフェリアと同い歳くらいだろうか、幼さの残る愛くるしい
「わぁ、ヴェルクってば彼女づれで来たの!? なんて子? へぇぇ、
「あのな、レイ、ちょっと黙――」
「違うよ! ぼくは彼女じゃないもん!」
ひどく
身体の奥から湧きだして胸を満たしてゆくモヤモヤをどうしたら良いかわからず、喉に何かが迫りあがってくるのを必死に抑えこむ。自分がひどく嫌な女になっていると自覚すれば二人を見ていられず、指先を握って
お互いがお互いに気を取られ――不覚にも、忍び寄る影に気づくのが遅れたのだ。
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