[2-8]海風を翼にうけて
沿岸地域は
ルエル村もダグラ森も、ザグロス山地と密なる樹林に守られ、雨は多いが強風の少ない地域だ。それに比べ港湾都市は湿度も低く、朝夕の
「ヴェルク、まず
ヴェルクとフェリアが都会に不慣れなのは、見ていればわかる。シャイルは土地勘があるようなので、
となれば、ミスティアの使命はヴェルクをエスコートすることだ。特に彼は今、父親のことで気落ちしている。だからこそ
ミスティア自身も国軍の話を聞いて胸の奥が騒いだが、領主であるカーティスの言はもっともだったので、考えないようにしている。少なくとも今回は、他種族へ害なすため来ているのではないだろうし。
「待て待て、急がなくても日暮れまではまだ時間があるだろ」
風精霊に前髪を掻き乱され、ヴェルクは目を細めていた。長い髪が目や口に入って
兄ならはしゃぐ
「せっかく来たんだもん、
「わかった、早くいこうぜ。おまえ、スカートの裾が
「うん?」
サテンの布地はしっとりした重みがあるが、今は海風に持ちあげられて貴婦人のように広がっていた。中に色つき
ミスティアは左手でスカートを押さえ、右手を伸ばしてヴェルクの手を掴んだ。普段より背の差を感じず、それで自分が浮いていることに気づく。途端、紫色の目に剣呑な色が浮かび、掴んだ手をぐいと引き寄せられた。驚く間もなく端正な顔が間近に迫る。
「え、え、待ってちょっと何をする!」
「ドレスで飛んだらどうなるか解ってんのかおまえっ。よし、大人しくしてろよ」
抱きすくめるように捕まえられた。焦って翼を羽ばたかせていると、お尻の下に硬いものが当たって持ちあげられる。
あっという間の出来事で気づけばミスティアは、ヴェルクの折り曲げた右上腕を椅子代わりに座らせられていた。つまり片腕抱きというやつだ。
「えぇー!? 自分で歩けるのにっ」
「駄目だ。ほら、手をバタバタさせてねぇで俺の襟か肩を掴んでろよ。で、案内してくれ」
「う……ん。わかった」
言われた通りに左腕を彼の首へ回し、服の襟を掴む。見あげてばかりの黒い頭が目線の下にあるのは、不思議な感覚だった。
自分の背中から腰に掛けてが、ヴェルクの腕と胸の間にすっぽり収まっている。厚着をしていても感じる体温と至近距離にある顔に、身体の芯がそわそわして落ち着かない。
つい先走りがちなミスティアを止めるのはいつも兄の役目だったが、
「……ほら、案内、頼むぜ」
「はっ、そうだった! ええとね、まずは表通りに出てね――」
空いている右手で指差しつつ案内を始める。ヴェルクの視線はさまよっていて、目を合わせようとしない。普段は前髪で隠しているし肌の色も濃いので見分けにくいが、彼は感情表現が素直だ。自分で抱えておきながら、今ものすごく照れているのだ。
照れるひとを見ていると照れがうつる。彼が見る自分も顔が真っ赤かもしれない。もしかしたら馴染みの店主に仲を勘繰られ、
雑念と妄想が
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※エレナーゼ大陸世界の地図を作りました! こちらの近況ノートに載せております。
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