[2-6]港湾都市の海賊問題
港湾都市の領主カーティス・オルタンシアによりもたらされた情報は、当初の
ハスラ湖で起きた惨劇は、集落の者が王を激怒させ引き起こされたのだという。そこから
港湾都市ノスフェーラが
国家体制が変化した後も協働体制は引き継がれており、ノスフェーラが自治区として扱われる理由でもある。他地域のみならず海中との交易にもより港湾都市は豊かに発展してきたが、近年その富裕さに目を付けた海賊たちが湾岸地域を荒らしはじめたのだ。
「といってもこれは国家が対処するべき問題だ。街に入り込み
カーティスは穏やかに語るが、ヴェルクは眉間に
「わたし、歌いびとの聖域に行きたいのです。……行けますか?」
「
「何とかならない? シャイルは
ぐいっと身を乗りだすミスティアに領主は目を向け、困ったように微笑んだ。
「海賊が聖殿を襲う理由はないだろうが、ノーザン国軍は部隊を置いて封鎖しているようだね。
カーティスの声音に
しかし領主の言葉は思わぬ余波を引き起こしたようだ。パシィと軽い羽ばたき音がして、ヴェルクが驚いたような声を漏らす。釣られて見れば、ラベンダー色の翼をぶわっと広げたミスティアが彼の隣で立ちあがっていた。
「領主様! ノーザン国軍って、誰が来てるんだ!?」
「ミスティア、落ち着け、座れ」
「大丈夫! ぼくはすごく落ち着いてる!」
「いいから座れ」
軽い
肩の上でフェリアが不安げに身じろぎしたので、シャイルは肩口にてのひらを上げる。ちょんと掌中に飛び移った小鳥をポケットに戻そうとして思いとどまり、手に乗せたまま膝の上に置いた。いざという時にミスティアを止められるのはおそらくフェリアだけなので。
てのひらに
場に沈黙が戻ると、穏やかな笑みを
「全面対決の時ではない以上、軍事機密は話せないな。私の領内で争乱の火種をまけば、君たちへ協力することは難しくなる。湾内の
ヴェルクが頷き、ミスティアが項垂れる。フェリアは安堵したのか、やわらかな羽毛をふわりと膨らませた。
† † †
短い会談だったが、濃密な時間だった。
時刻は遅い午後、今から
日暮れ前に戻るようにと前置き、カーティスは四人に腕章型の許可証を貸与した。領内の商業区画で優遇してもらえるらしい。誰かに困らされたなら力技で解決するのではなく、色違いの腕章をつけた警備隊に助けを求めなさい、とも言い含められる。
真剣な眼差しで「わかった、大丈夫!」と答えるミスティアをヴェルクが不安そうに見ている。シャイルもルエル村でのことを思いだして心配が募ったが、一人置いていくほうがもっと不安だ。少し考え、提案する。
「ヴェルクはミスティアと一緒に通信珠を買いに行く? 僕は気分転換も兼ねて、フェリアと店を回ろうかと思うんだけど、どうかな」
「
「わたしは……シャイルが一緒ならいいわ」
集団は人が多くなるほどはぐれやすい。一対一のほうが気を配りやすく守りやすいと思ったのだ。ヴェルクを意識しているミスティアなら食いつくだろうと踏んだのもある。案の定彼女は二つ返事で、意外なことにフェリアもあっさりと了承してくれた。
是非を問う意図でヴェルクを見あげれば、彼は少し考えたあと頷いた。
「そうだな。シャイルも自分の買い物があるだろうし。何かあればフェリアを連れて即、領主宅へ戻ってくれ」
「ヴェルクも、ミスティアもね。街中で何かあっても突っ込んだら駄目だよ」
「おう」
「大丈夫! 腕章の警備員に声を掛けるから」
得意げに翼を広げ胸を張るミスティアを、しかしヴェルクはやはり不安げに見つめるのだった。シャイルも彼と同じ心境なのは言うまでもないだろう。
港湾都市ノスフェーラの商業区画は、よく整備されていてわかりやすい。大通りには案内図や小型の看板が設置されており、はじめて訪れる者にも親切な設計となっている。
以前に何度か来たことのあるシャイルには、慎ましやかな少女のエスコートくらいわけなかった。フェリアが小鳥姿でいるのならポケットに入れるつもりだったが、彼女はここでようやく人型になった。「小鳥のままじゃ腕章に入っちゃうもの」ということらしい。
一大決心でやってきた彼女は、一番の目的が果たせそうにないと知って沈んでいる。何とか力づけてあげたいが、シャイルには何ができるだろう。
出自に関わる事実は衝撃だったが、どこかで安堵を覚えてもいた。自分が過去に
不謹慎だろうか。けれど、自身の記憶として思いだせない以上、そう考えて意味づけをするくらいしか今はどうしようもないのだ。覚えていない過去に悩んで時間を浪費するくらいなら、すべきことに向き合ったほうがいい。
「フェリア、嫌でなければ、はぐれないように手をつながない?」
心臓が早鐘をうっている。さりげないふうに誘って手を差しだしたつもりだが、声は
誰かを傷つけないようにと爪の先を削っても、
フェリアは
「シャイル、わたしは大丈夫。一緒にお買い物、いきましょう」
少女の細い指を握りしめたのはほとんど無意識だ。フェリアが自分に恋をしているはずがない、彼女の心はまだ幼く恋情には程遠いとわかっているはずなのに。
だが彼女の瞳に宿る
慈愛を
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