[2-5]継承されるもの


 一般的に『人族』と呼ばれる六つの種族は、身体の基本構造が共通していても内部器官の働きは異なる――らしい。医術を学んでいないシャイルでも、種族によって扱える特有ユニーク魔法や生殖の仕方が異なることくらいは知っていた。

 中でも魔族ジェマは特殊性が強く、生まれも赤子だったり卵だったりと部族ごとに違う。吸血鬼ヴァンパイアはその中でも独特だというのだ。


「つまり、僕も、元は魔族ジェマではなかった……ということですか」

「おそらくは。実は吸血鬼ヴァンパイアもパートナーがさらに特殊な水晶竜クリスタルワームや精霊だった場合は、実子をもうけることができるんだけどね。でもそれなら、記憶を失うはずがないから」


 カーティスの話はシャイルにとって理解の及ばないものだが、レアケースなら実子もあり得るのだろう。しかし、記憶喪失の症状からして当てはまらない、ということだ。

 以前に焼き林檎りんごによって想起された記憶が、幼く辿々たどたどしい声が耳の奥によみがえる。カミルにと哀願した言葉が現実の記憶なのか、今のシャイルには判断できない。元々どの種族で本当の両親がどうなったのか、カミルと生き別れた原因が何だったのか――知りたいなら、自力で思いだすかカミルに聞くしか方法はない。

 明らかにされゆく真実に思考も感情も追いつかず、言葉を失ったまま顔を覆っていると、胸ポケットの中でフェリアが動いた。翼を動かして上ろうとしているようだ。


「シャイル、あのね。わたしは、シャイルは人間族フェルヴァーだったと思うのよ」

「……フェリア、どうして」


 ポケットから頭を出そうとするも、布地の壁を上手く上れなかったようだ。シャイルが指を差し入れ手伝ってやると、その様子を微笑みながら眺めていたカーティスが、頷く。


「君は剣を扱うのかな? だとしたらおそらく人間族フェルヴァーだろうね。翼族ザナリールは風のみ、鱗族シェルクは水のみ。妖精族セイエスに炎属性はいない。となると獣人族ナーウェア人間族フェルヴァーになるが、獣人族ナーウェアは魔法職でない限り格闘を得意とするようだから」


 シャイルの指を掴んでようやく出てきたフェリアは、翼を羽ばたかせて今度はシャイルの肩に乗った。上衣の襟裏に身を隠しながら、さえずるように囁く。


「黙っていてごめんなさい。話題に出すことで思いだしてしまうかも、って思ったの。昔のことを思いだすのが、良いことなのかわからなくって」

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 つらい過去を経てきた彼女なりの優しさなのだと、シャイルもわかっている。ヴェルクもリーファスも同じだろう。思いがけない真相を知ることになったが、現実が変わるわけではない。兄のカミルが選んだ生き方にシャイルが迎合できないのは変わらない。

 ティーカップを取り、冷めかけの紅茶を一息に飲んでから、シャイルは気持ちを切り替えて領主を見た。


「貴重な情報、ありがとうございます。現時点では思いだせることが少なく、どう向き合えばいいのかも決めかねていますが……今後思い悩むようなことがあれば、相談に乗っていただけますか?」

「もちろん、いつでもおいで。君の言葉に偽りはないようだし、吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマが持つ可能性スペックについて、私は役立つ示唆しさを与えられるからね」

「はい、そのりには頼らせてください」


 シャイルはさほど気にならなかったのだが、意味深な微笑みに乗せられていた一言に気づいたヴェルクが、隣で眉をひそめた。


「チッ、やっぱり使ってただろう、嘘探知センス・ライ

「当然さ。私としても、投資するなら将来性のある相手が望ましいからね。ローウェルと懇意にしているとはいえ、その妹や友人……というよりは同盟か。それだけで私の信頼を預けるわけにはいかない」


 そう言っているが、カーティスは信頼前提で話をしてくれているように思えた。彼は隠れたままのフェリアに気づいていても、とがめ立てはしなかったのだ。

 シャイルがそう感じるのであれば、ヴェルクも同様だろう。不満げではあるが、前髪に隠すよう細めた紫色の目に不信や不快は映っていない。

 

「まぁ、いい。シャイル、本題に入っても構わねえか?」

「大丈夫だよ。ヴェルクの話を進めて」


 砦仲間の三人も、今日はじめて会った領主も、シャイルを気にかけてくれている。今はそれで十分だ。この地へ来たのには明確な目的があり、シャイルとしては自分のことで足を引っ張りたくないと思っている。

 ヴェルクにも想いは伝わっていたのだろう、彼は頷き、懐に仕舞っていたタリスマンを出して机の上に置いた。


嘘探知センス・ライで探ってたんなら、不要だったかもしれねえが……これはローゼイン王家の証として、俺が父より預かり受けた物だ。俺自身の信用証明として携えてきた」

「本人が信じ込んでいる偽りに探知は反応しないから、これは重要な証明となるよ。手に取って見てもいいかい」

「ああ」


 カーティスはヴェルクの許可を確認してから、手の中でタリスマンを表裏に返しつつ検分してゆく。時間をかけ隅々まで観察し、ヴェルクに返すと言った。


「ヴェルク。君はこれを、父君に託されたのかい」

「父は、襲撃から俺をかばって致命傷を負ったんだ。こときれる前に、これを持って逃げろと、手渡されて」


 はじめて語られたヴェルクの過去に、シャイルは息を詰める。ヴェルクを挟んで反対側に座るミスティアが今どんな表情をしているかは見えないが、向かいのカーティスは痛ましげに眉を曇らせた。


「それなら、よく聞いて、覚えておくといい。正確な銘まではわからないが、この装飾具は古代遺物の一つで、人手により造られた物ではない。効果は一度きり、しかし絶大な力を持つ、守護装飾具タリスマンの形状に相応しい魔法道具マジックツールだ。――これはね」


 ヴェルクが隣で身をこわばらせた。固唾かたずを呑んで見守る彼をカーティスは慈しみのこもった目で見、低めた声でおごそかに告げる。


「一度限り、死を肩代わりする守護装飾具タリスマン。登録された所有者はヴェルク、君になっている。……この意味が、わかるだろうか」

「――――ッ!?」


 滅多に感情を揺らさないヴェルクが、目をみはってカーティスを見返した。手負いの獣じみた形相を、カーティスはいだ瞳で受け止めている。すぐには意味がわからなかったシャイルは、二人の間に張り詰めた緊張を息を飲んで見守るしかできない。


「ちなみに王家の血縁であれば、所有者の登録変更は簡単な書き換えで済むよ。後で個人的に教えてあげよう。こういうものは使ってこそだと思うが、……私は父君の想いもわからなくはない。重く受け止めず、君自身でも、君の大切な相手でも、望むとおりに使っていいんじゃないかな」

「…………ありがとう。心に、留めておく」


 ああ、そういうことか、と。

 ようやくに落ちたシャイルは、ヴェルクの激しい動揺の理由を察した。

 彼の家族がどれだけ過酷な状況にさらされたのかシャイルには想像も及ばない。亡き人の真意を知ることも、もうできない。ヴェルクの父が守護効果を自身のために使わず息子に遺したのは、その存命を願ってのことだろうか。

 ヴェルクはしばらく守護装飾具タリスマンを見つめていたが、黙って布に包み直し、仕舞い込んだ。そして、改めて領主へと向き直る。


「父がどんな意図でこれを俺に託したのか、推測はできても断定はできない。俺は、俺を生かしてくれた両親のためにも、この血筋を旗印として世界を変えるつもりだ。先代に引き続いて、あんたは俺にも協力してくれるか?」

「もちろん。とは言っても、私の第一優先はノスフェーラの領主権を維持し治安を守ることだから、表だった協力はできないのだけれど」

「十分だ」


 一度目を伏せ祈るように、証を仕舞った胸元へ手を添え。再び目を開いてシャイルを見たヴェルクは、いつもと変わらぬ穏やかな空気を纏っていた。フェリアが襟の陰から顔を覗かせる。

 ここにきた目的は、二つ。領主を通して国王たちの動向を確かめ、湾内の鱗族シェルクたちの安全性を確保すること。聖殿へ行き、フェリアの弟が無事であるようにと祈ることだ。

 姿勢を正したヴェルクが、改まった表情で話を切りだす。


「実は今回あんたを訪ねたのは、革命軍としてというより個人的な用件だ。先日、山間のハスラ湖で起きた惨劇は耳にしただろうか。ノーザンの国王が意図するところと、それがアセーナ湾の鱗族シェルクたちに影響するものか……知っていることがあれば、教えて欲しい」




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