Mission1〈ルエル村奪還戦線〉

[1-1]護衛隊


 シャイルとしては今すぐにでも出発したかったが、身体は正直である。朝食を食べ損ねたことに気づいた途端、脚と腹から力が抜けてベッドの上にへたり込んだ。

 同じく食べ損ねていたフェリアと部屋で慎ましく食事をしている間に、リーファスが出発の準備を整えてくれた。丈夫な服と革鎧、靴にベルトに長剣。全部がぴったりではないが、動くには支障ない。


 集団移動は目立つため、二人か三人の組で現地であるルエル村の付近、拠点にしている隠れ家へと向かい合流することになった。シャイルが組む相手は当然ヴェルク。互いの技量、剣筋、どれも未知だが手合わせを試す余裕はない。ヴェルクとしては、シャイルを補助役として考えているのだろう。

 顔合わせの時、ヴェルクは仲間たちにシャイルを紹介した。先の件もあり身構えるも、シャイルを詰る者はいなかった。むしろ同情的な目を向けられて逆に居心地悪かった。



 † † †


 

 魔族ジェマは原則、二つの形態を使いわけることが可能だ。人間に近い綺麗な容姿と先が尖った耳を持つ人型、部族独特の本性トゥルース形態、と姿を変化できる。吸血鬼ヴァンパイアであるシャイルは小型蝙蝠こうもりになれて、翼を広げれば大人の両てのひら程度の大きさだ。

 吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマは人型時と本性トゥルース時どちらも、鋭い牙に麻痺まひ惑溺わくできの効果を合わせた毒を持つ。昼夜を選ばず隠密しやすい蝙蝠形態と毒牙は凄まじく相性が良いので、吸血鬼ヴァンパイアの部族は殊更ことさら恐れられるのだ。

 噂によればノーザン国の王も吸血鬼ヴァンパイアで、幾人もの翼族ザナリールらって力を蓄え、多くの魔族ジェマを従えて他種族を圧政しているという。人間族フェルヴァーや他種族だけでなく、シャイルのように融和を望む魔族ジェマにとっても見過ごせない暴虐だ。

 ヴェルクたちが名目の通り革命――世界の改革を目指しているのなら、彼らに協力したいと思う。これでもそれなりに腕は立つのだから。


「隠れ家って、洞窟のことだったんだ」

「大昔は竜の巣だったらしいぜ。奥まで探索したが空っぽだから隠れ家に使ってたとか」


 案内された洞窟は人工的に掘り抜かれたものと似ており、足元は硬く滑らかで、壁面も建築石材のようにすべすべしていた。天然洞窟のように水が染み出すこともなく、一定間隔で壁に掛けられたランタンが長い通路をぼんやり照らし出している。

 進んでゆく途中で時々きらりと光るのは、壁や通路の隅に貼りついた硝子がらす質の石だ。地下らしく空気はしっとりしているが、苔むしているわけでもなく、奥深くまで行っても寒さを感じない不思議な空間だった。

 基本的には太い一本道が最奥まで続き、所々に横穴が掘られていて、入ると大きめの部屋や横道があるのだという。護衛隊はここに必要物資を運び込み、寝泊まりしつつ移住の支援をしていたのだった。

 ヴェルクの説明によると、こういう空き洞窟は大陸各地にあり、国家が所有している場合もあればこんなふうに放置されていることもあるらしい。奥には魔力を蓄えた竜石があるので立ち入り禁止だそうだ。


「それとここは竜の力か何かで、魔法による侵入ができないんだ。俺たちには関係ないが、おまえは空間転移テレポートを使うだろ。使えない前提で動くようにしろよ」

「魔法力だって有限なんだから、日常の移動に魔法使ったりはしないって」


 空間転移テレポートは、数ある移動魔法の中でも別格に使い勝手の良い移動魔法だ。もちろんある程度の魔法能力が求められ、詠唱も必要だが、声さえ出せれば何とかなるので、長距離移動だけでなく戦闘や諜報活動にも応用できる。シャイルが暴徒から逃れられたのもこの魔法のお陰だ。

 使い慣れた身からすれば少しの不便はあるが、実力の高い魔族ジェマの侵入を防ぐという意味では鉄壁の防御仕様である。護衛隊はここを拠点にして翼族ザナリールたちが人間族フェルヴァーの国家へ移住できるよう支援していたらしいが、全て完了する前に魔族ジェマの部隊に襲われたのだった。現在は村と拠点が分断され、逃げ遅れた者の様子も探りきれていないという。


「しかしまさか、あんた自らやって来るとはなァ。最前線へ飛び込んで大丈夫なのかい、旗印の王子サマ」

「王子様はやめろよ。どうせなら、一番腕が立つ奴が来たほういいじゃねえか」


 拠点の隊長だという人間族フェルヴァーは、たいそう特徴的な風貌の男性だった。髪をり落とした頭と三白眼。顔合わせの時に眼力で殺されるかと思ったことは、胸の内にしまっておく。

 シャイルからすればヴェルクは大柄、ガフティという名の彼も同程度に体格が良いので、威圧感は倍増しだ。髪色は不明だが、鋭い双眸そうぼうは深みのあるあめ色。なめし革で造った胴衣の上に、かっちりした黒の軍用コートを羽織っている。


「ヴェルクって王族なんだ?」


 ガフティが放った言葉が気になってこそりと聞き返せば、ヴェルクは眉間に深いしわを刻んで頷いた。


「産まれも育ちも監獄島だけどな。一応、血筋だけは」

「監獄島!?」

「無駄話は後だ。村側とは連絡取れてねえんだろ? 情報少ない中、どうやって探る?」


 さらに驚くべき情報が飛び出したが、ヴェルクが言うように身の上話をしている状況ではない。疑問と好奇心は胸に収め、シャイルもガフティ隊長の話に耳を傾ける。


「村といっても広いからなァ。残ってる連中も逃げ隠れてるだろうし、襲撃した奴らが村焼きしてねーってことはまだ手間取ってンな。家と持ち物は諦めるって話もついてる。魔族ジェマ連中をれれば一番だが、せめて追い返せりゃ避難の時間を稼げるぜ」

「……てことは、ある程度の目星が付いてるんだな」


 ダグラ森の砦へ要請を送り救援を待つ間も、ガフティと隊員たちは住人らの安否確認をしつつ村の様子を探っていたらしい。今の所、占拠された村で大きな混乱や破壊活動は起きていないようだ。

 魔族ジェマ集団にもいろいろあるという。大人数で押し寄せ破壊と暴虐を尽くしてゆくもの、少数精鋭で計画的に村を占拠し、住民だけを捕らえて連れ去っていくもの。今回は後者の可能性が高い。

 目に見える殺戮さつりくが行われていないなら、彼らの目的は人身売買だろう。向こうが手筈を整える前に村を奪還できれば、囚われている翼族ザナリールたちを取り戻せるに違いないのだ。

 ヴェルクの相槌にガフティはつりあがった目をますます鋭くし、重い声で答えた。


「襲撃を受けた時、うちの隊員どもが何人も金色の狼を見てンだ。アイツらおそらくノーザン国王の私兵だぜ」

「まじか。……わかった」


 ヴェルクの褐色肌は大陸であまり見ない特徴なので、付き合いの浅いシャイルはまだ彼の表情を見わけられない。それでも、紫水晶アメジストの目が見開かれ、表情に動揺が走ったのはわかった。革命軍リーダーのヴェルクにとって宿敵となる人物だろうか。

 考え込むヴェルクを瞳孔を細めて一瞥いちべつしてから、ガフティはシャイルに目を向けた。


「あんた吸血鬼ヴァンパイアだろ。一緒に出て大丈夫か? キツイなら拠点の防衛に回っとけよ?」

「僕? うーん、身体のほうはもう全然痛くないから大丈夫だと思うよ」

「あァ? そっちじゃねーよ」


 死ぬ一歩手前までいったというのに、身体はすっかり回復していた。魔法の効果だとしても、普通はこんなに早く全快するなどあり得ない。だから心配されたのだろうと理解したのに、違っていたらしい。

 シャイルが答えにきゅうしているのに気づいたのか、ヴェルクが顔をあげた。


「こいつは系らしい。様子がおかしくなったらポケットに突っ込んで連れ帰るから、大丈夫だ」

「……そうか。そこはあんたの判断に任せるぜ。じゃ、役割分けるか――」


 二人の間で完結した話にシャイルは首を傾げる。確かに十歳より前の記憶はないが、ヴェルクにその話をしただろうか。

 幼少期を過ごしたのは人間族フェルヴァー国家の施設で、両親については聞かされなかった。周りにも似た境遇の子供たちが多く、戦災か襲撃で両親を奪われたショックによる記憶喪失だと思っていたのだが。


「ほら、ぼうっとするんじゃねえシャイル。おまえの移動魔法も作戦の内なんだ。奴らが陣取ってる村長むらおさ宅を奇襲して、金狼を押さえるぞ」

「――え、ああわかった!」


 何かが記憶に引っかかった、ということもなく。任されたのが思ったより重大な任務で、胸に湧き立つ興奮がわずかな違和感など意識外へと押し流したのだった。




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