[0-5]救援要請


 ふらつく足をヴェルクに支えられ部屋へ戻れば心配顔のフェリアが飛び出してきて、罪悪感がピークに達した。シャイルがベッドに転がって呼吸を整えている間に、ヴェルクが先程の騒ぎをつまんで説明する。話している間にリーファスも駆けつけ、シャイルは仰向けにされて診察され、頭を撫でられた。

 ヴェルクが、彼らが口にしたフェリアの事情についても包み隠さず伝えたことには驚いたが、当人も翼を膨らませてご立腹のようで、詳しい事情を知らないシャイルとしては何を言ったものかつかめない。戸惑っているうちに彼女はベッドのそばまでやってきた。


「ごめんなさい、シャイル。やっぱりわたし、あなたが出てくるまで待っているべきだったわ……」

「ううん。ごめん、僕も……調子に乗ってた」

「そんなの! シャイルは何もしていないじゃない!」


 青い翼がぶわっと広がって隣に座っていたリーファスの顔にぶつかり、彼が「うぉう」と声を上げたが、お構いなしだ。少女が何にいきり立っているかわからずにいると、壁に寄り掛かっていたヴェルクが忍び笑いを漏らす。


「受け止める気持ちは悪くないが、犯してもいない罪過を被るのは傲慢ごうまんだ。おまえを痛めつけたって、フェリアのかたきに痛手は与えられねぇだろ」

「そうだよ。むしろ、貴重な仲間候補を自分たちで潰すことになる。ここに来ている者はみな、それくらいわきまえていると思ってたんだけどな」

「単に、フェリアが構うから面白くないんじゃねえの」


 え、と聞き返そうとした途端、ヴェルクに向けてクッションが飛んだ。


「ひどいわ! わたしのせいにするなんて、ヴェルクの馬鹿!」

「そうだよ。笑い事じゃないよ」

「確かにな……悪かった」


 彼は殊勝に謝り、表情を取り直す。ようやく苦しさが治まったシャイルも、身体を起こしてベッドの端に腰掛けた。

 リーファスの隣にフェリアが椅子を持ってきて座り、壁際からヴェルクが移動してシャイルのそばに立つ。二度も助けられたからか、最初彼に抱いた恐怖感はだいぶ薄れていた。

 何から尋ねようかとシャイルが息を詰めていると、リーファスが口を開いた。


「きみが耳にした話は本当で、ここにいる者たちのほとんどが知ってはいる。でも、フェリア本人以外の口から話すべきことでもないし、今は保留にしようか」

「ごめんなさい、シャイル。わたしは、本当に……あなたがかたきだとか、怖いとか、そういう気持ちはなくって」


 少女はうつむき、涙をこぼした。揃えた膝に乗せた手がぎゅっと握られていて、折れそうなほど細い手首がはかなく思える。これほど親切にしてくれる理由がわからず胸は騒ぐが、だからといって邪推で傷つけて良いはずがないのだ。


「フェリア、ごめん。つらいなら、話さなくっていいよ」

「うん……」


 苦しみや悲しみは容易たやすく言葉にできるものではないと、シャイルも知っている。彼女が笑って過ごせているのは、乗り越えたからではなく切り離しているだけだと知る。シャイルと関わって悲しみが増長されるのであれば身をひくべきかもしれないが、フェリアが望んで助けようとしてくれているのだから、むやみに自分を卑下するのは違うと思えた。

 彼女には、感謝しているのだ。

 笑顔でいてほしいし、喜ぶことをしてあげたい。だが、今の自分に何が出来るだろう――とも考える。


「シャイル、恩返しがしたいか?」


 ふいに、心を読んだみたいにヴェルクが言った。見れば彼は口元に薄く笑みをき、鋭い目を細めている。もちろん、とシャイルが口にする前に、リーファスが「ヴェルク」ととがめるように呼びかけた。フェリアは憤然ふんぜんとして彼を睨みつける。


「恩返しを迫るなんて、悪い人間のやり方だわ」

「そうだよ。協力を持ちかけるにしても、この流れは脅しみたいじゃないか」

「待って! 僕に出来ることがあるならさせてほしいよ」


 口々にヴェルクを責める二人に被せてしまったが、シャイルは急いで返答する。フェリアとリーファスの抗議が矛先を変える前に、ヴェルクは手を挙げて場を制し言い加えた。


「実はな。昨日の朝早く、救援の要請があった。場所はここより方、森林が山岳に切り替わる地域の無国籍領域。翼族ザナリールの村を警護していた人間族フェルヴァーの護衛隊からだ。俺たちの管轄ではないが、俺は行こうと思っている」


 ヴェルクが対応していた来客は、救援を求める使者だったらしい。砦を手薄にするわけにはいかないので、ヴェルクと他、少数精鋭で向かい、現地の状況に合わせて対処するつもりだと彼は説明した。話を聞いて青ざめるフェリアの頭をリーファスが優しく撫でる。


「俺も行きたいけど、状況が分からないんじゃリスクが大きいな」

「医者を失うわけにはいかねえんだからリーフは待機だ。フェリアは俺が戻るまで外出を控えろよ。シャイル、まだここに馴染んでないおまえに言うのも心苦しいが、万が一の時はリーフと一緒に砦を守ってくれないか」


 反射的に頷こうとして、ふと思いとどまる。体調が万全でなくとも、シャイルには魔族ジェマならではの強みがある――本性変化トランストゥルースと魔法だ。自前の武器は紛失したが、実は近接戦もこなせる魔法剣士なのだ。


「ヴェルク、僕も連れて行って欲しい。こう見えてそこそこ戦えるし、魔族ジェマの魔法は便利なものが多いから、きっと役立てると思う。駄目かな?」

「駄目だよ、きみはまだ安静にするべきだ」


 医者の目をしたリーファスが反対の声を上げるも、ヴェルクはシャイルを値踏みするように見つめ、相好そうごうを崩した。


「リーフ、俺がついてて無理はさせねえようにする。一緒に来てくれるか、シャイル」

「僕も無理はしないって約束するよ。お願いだ、翼族ザナリールの人たちを助けたいんだ」


 翼をふるりと振るわせて、青空の目がシャイルを見つめた。きっと彼女は今、不安と心配で言葉もないほど思い詰めているだろう。彼女の想いと願いに寄り添えるなら。視線を転じリーファスを見れば、医師の青年は困惑もあらわに眉尻を下げ、腕組みをして考え込んでいるようだった。

 ふいに右腕に温もりを感じる。フェリアのほっそりとした指が、遠慮がちにシャイルの肌に触れていた。


「危険なことって、わかっているわ。でも、わたしからもお願いしたいの。シャイル、……みんなを助けて」

「――わかった、任せて」


 やれやれ、というふうに頭を振ったリーファスが、立ち上がる。困ったような笑みで頷く彼も、心底では同じ気持ちだったのかもしれない。


「激しく動けば傷が開くかもしれないってことには、十分に留意するように。医師としてはストップをかけるべきだろうけど……きみがそうしたいと思ってくれるなら。ヴェルクに協力して、翼族ザナリールたちを救って欲しい」

「はい!」


 さっきまでの不安や恐怖が嘘のように、胸の奥が熱く燃えている。自分にも役割が与えられたこと、出来ることがあるというのが、嬉しかった。

 向こうの状況はわからなくても、すべきことは明白だ。

 人いの魔族ジェマたちから翼族ザナリールの村を防衛し、あるいは取り戻すのだ。




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