第16話 草枕
「はいはい、それじゃあステータス鑑定の結果だよ。
料金は1000マグラだ」
僕は鑑定結果の紙面を受け取り、銀貨一枚を渡すと、
はじめて見る自分の能力値を興味深く眺めた。
体:10
魔:0
力:10
防:10
早:10
以上であった。
ひどく単純なステータスもあったものだ。
体が体力。魔が魔力。力はそのまま。防は防御力。
そして早は素早さ、ということらしい。
さらに聞いたところによると、
10が男性成人の平均であるとのこと。
そう言う意味では、僕ごときであっても、
いちおう平均程度の能力はあるということだ。
ただ、魔力は0ということであるから、
どうやら僕は前世と同様、この異世界においても
「魔法」を使う、といった機会には恵まれそうになかった。
鑑定屋も、魔力0、という存在は初めて見たと驚く。
だが、特に残念に思うことはなかった。
異世界に来たからと言って、「自分が自分以外に変われる」、
などというのは、あまりにも都合が良い話しだ。
常に自分は自分である、という与えられた条件で
現実を生きて行くしかないのだ。
そのことに何の価値がなかろうとも。
「レベル、みたいなものがあるのかと思っていたんだが、
そういう定番もないのか」
そうぼやくと、鑑定屋の方から睨みつけられた気がした。
僕は強烈な視線を感じて、思わずそちらに顔を向けるが、
鑑定屋は既に僕から興味を失っていたらしく、
手元の商売道具である水晶を磨いていた。
どうやら勘違いであったようだ。
さて、淡雪の鑑定については、オートマターなだけあって、
どういう結果が出るのか分からなかったので
念のために受けさせることをしなかった。
だが、この鑑定項目を踏まえれば、
彼女が鑑定を受けても差支えなかったかもしれない。
けれど、今からもう一度、「淡雪についても鑑定してほしい」と、
目の前の鑑定屋に申し出るのは、人見知りの僕にはやや厳しかった。
一度会話が途切れてしまった相手に
改めて話し掛けることに酷く気後れする。
僕はしばらく逡巡しながらも、
結局彼女の鑑定は諦めて、店の外に出たのであった。
まったくもって、度し難いほどのコミュニケーション障害だ。
屋外には、先日購入した馬が一匹、
塀に手綱を結ばれ、主人たちである僕らの帰りを待っていた。
旅をするには必須と考え、金貨30枚で思い切って購入したのだ。
栗毛をした寸胴な体型をしている。
早く走ることは無理だろうが、体力はありそうだ、
というのが購入の決め手であった。
それでいいのだ。先を急ぐような旅ではない。
奇妙な機械人形と草枕を編む様な、
そんなのんびりとした道行(みちゆき)になるのだから。
僕は鑑定屋からもらった書面を、
馬の積み荷の中へ無造作に突っ込んでから、
手綱を引いて歩み出した。
淡雪も静かについて来る。
「どこに行くか、結局今の今まで決めることができなかったな。
王都に行く、とギルドや周りには言って来てはいるが、
本当にそうする必要はないんだ。
あくまで、依頼を遂行していると思わせるために、
ミトの町を離れれば良いだけだからな。
もし、王都よりも行きたい場所があれば
そちらに行ければと思っていたんだが」
だが、僕にしてみれば初めて来た異世界の、
見ず知らずの土地である。
どこか行きたいところはないか、と突然言われても、
回答する術を持たないのは当然であった。
「ひとつは、本当に王都を目指すということだと思いますが、
貴方様としては乗り気ではないのでしたね。
人ごみはお嫌いですから」
彼女らしい上品な言い方であるが、単に人が苦手というだけである。
王都と言えば、つまりは首都だ。
恐らく、ミトの町など比較にならない程、
人で溢れていることだろう。
いちおう行き方は調べてはあるが、
「ああ、恐ろしい。とても行く気にはならないじゃないか」
頭を抱える僕に、淡雪は機械らしい抑揚のない声でありつつも、
どこか遠慮するような口ぶりで言った。
「貴方様。もしも、でございますが。
もし、お嫌でないようであれば、
わたしの製造された場所にいらっしゃいますか」
彼女からの提案は率直に言って予想だにしないものであった。
だが、行く当てを決められなかった僕にとって、
なかなか興味を覚える内容であったのも確かである。
淡雪の生まれた場所。
機械人形が製造された場所であるから、工場か何かだろう。
今に至っても、彼女の正体は分かってはいなかった。
だからといって、僕の方からあえて聞こうとも思わない。
しかしながら、興味が一切ない、というわけではなかった。
好奇心を発揮するのが面倒というだけで、
僕自身はこの機械人形を
それなりに大切な道具だと思っているのだ。
それに、それにだ。
僕の人生とは常に消去法であった。
自分から選ぶ、などというのは慣れない作法である。
このような、一つとして優良な選択肢が浮かばない状況にあって、
他人から選択肢が差し出される、なぞと言うのは、
これはもう、自分の人生観から言って、
選ぶことしかできない必然でしかなかった。
「よし、じゃあそこにしよう」
僕は普段ならば行うであろう、
優柔不断とも言える長々しい思考を全くせずに、
いきなり決めてしまう。
だが、さすが人形であった。
こうした脈絡の一切ない僕の即断について、
まったく慌てる様子もなく追従(ついしょう)するのだから。
「恐れ入ります。もしかすると多少散らかっているかも
しれませんが、十分な持てなしをさせて頂きます。
ぜひ、マザーにも紹介せねばなりません。
それにしても、人のそういった時の作法と言うのは、
大戦の頃と比べて随分と変わっているのでしょうね。
到着するまでに学んで行かねばなりません」
淡雪が僕を歓待する意気込みを語ってくれる。
これはもう、今さら断れる雰囲気ではなかった。
流されるのは嫌いではない。彼女のことは信頼している。
信頼している相手に流されるのは悪い事じゃなかった。
いやむしろ、そんな対象がいるというのは
運が良いことなのだろう、とさえ思う。
「よろしく頼むよ。それで、どこに向かえばいい。
聞けば王都は北とのことだったが、そっちの方角でいいのか」
「いえ、西へ一旦、向かう必要がございます。
実は、貴方様、大変申し訳ないのですが、
幾つかの地点を経由しないと、
わたしの故郷にはたどり着けない仕組みになっております。
あらかじめ申し上げるべきでした。
そのことをご了承を頂けますでしょうか。
ああ、それにしても初期付帯品があれば、
すぐに転送機能を稼働させることができたのですが」
僕はその説明について半分も理解できないながらも、
サラリーマン時代によくやっていたように、
分かったふりをしながら頷いた。
「それでいいよ。じゃあ、とりあえず町を出たら、
西の方角に向かうとしよう」
そう言ってから、ふと気が付いた。
「西の方角と言えば、確か大洞穴があるところだったかな。
通りすがりのお爺さんが、モンスターの動きが活性化していて、
A級パーティーも帰ってきていない、
といったことを話していた。
それに、ギルドのお姉さんが言っていたな。
確か、西の大洞穴への大がかりな調査が国の方で
予定されているということだったはずだ。
あとは、Cランクのスケルトンキングという
モンスターが出るとも言っていたか」
つらつらと思い出しながら呟くと、淡雪が言葉を重ねた。
「御慧眼(ごけいがん)に御座いますね。
恐らく、そのおっしゃられた大洞穴が、
まず最初の目標となります。
ですが、いかがいたしましょうか。
貴方様のおっしゃりようだと、そのあたりには現在、
強力なモンスターが跋扈(ばっこ)しているようです。
もちろんのことですが、
貴方様がお嫌(いや)のようでしたら、
淡雪は故郷になど拘るつもりは毛頭御座いませんよ。
私の参りたい場所は、貴方様の足が向く方で御座いますから」
健気なセリフを吐く機械人形であるが、
僕は一度下した判断については、
基本的には覆(くつがえ)さない男であった。
なぜなら、それ自体が面倒だからである。
「いや、淡雪の生まれた場所とやらに案内してくれ。
だが、僕自身は何らすぐれたところのない、
一介の人間に過ぎない。さっきの鑑定結果を見ただろう。
強いモンスターに出会えば、すぐに死んでしまうよ。
だから、1週間ほど前に見せてくれた、
あの魔力音を聴く力で、あらかじめモンスターや
盗賊なんかを回避してくれると助かる」
淡雪は黒い髪を揺らしながら不器用に頷いた。
「承知しております。貴方様のために万難を排す所存に御座います」
・・・
・・
・
「やっぱり、よく似合うなあ」
ミトの町を後にしたのは、すでに2時間も前のことだ。
あの町については、僕のような駄目人間でさえ
受け入れてくれたということに感謝の念が堪えない。
とはいえ、感謝ばかりしていても
西の大洞穴に近づくことが出来ない僕たちは、
モンスターたちが跋扈する草原を、
躊躇(ためら)いのない歩調で粛々と踏破していた。
そして先ほど休憩を取ろうということで、
木陰で休んでいたのである。
そこで僕は周囲に自分たち以外いないことを確認してから、
淡雪にある衣服へ着替えるようにお願いしたのだ。
それは、資金洗浄が完了した当日すぐに、
服屋へと駆け込んで依頼した「着物」であった。
黒地を基調として蝶の刺繍があしらわれ、朱色の帯を締めている。
「貴方様、これでは少し歩きにくう御座います。
ひどくゆっくりとした移動しかできなくなります」
「構わないさ。急ぐ旅じゃないんだ。
それにしても、最初見た時に思った通りだ。
淡雪にはとても着物が似合う」
僕が率直な感想を漏らすと、機械人形は素っ気なく顔を逸らした。
「御戯れで御座います。魔力音が聴こえるからと言って、
万能と言うわけではありません。いざというとき、
このような服装では貴方様の盾になることも叶いません」
そう言って不満を漏らすが、常ならぬ強情さで
僕は淡雪にその服装でしばらく行動することを命じた。
隣で佇む栗毛の馬も、そのやりとりの様子を見てか、
呆れたように嘶(いなな)いている。
僕はそんな周囲の白眼視を出来るだけ無視すると、
ポケットからメモ帳を取り出して紙面を眺めた。
異世界20日目と頭に書かれたページには、
・ステータス鑑定
・着物の調達
・旅に出発
という項目が踊っている。
僕はそれぞれの項目を感慨深げに見つめてから、
ひとつひとつ、強い筆圧で斜線を引いていった。
時刻はまだ昼過ぎ。だが、もう既に今日のノルマは達成だ。
つまり、僕はこのまま寝っ転がって明日を迎えてもいいし、
懲りずに隣にいる着物姿の淡雪を一日中眺めててもいい。
けれど、目の前に草原はずっと遠くまで続いていた。
風は凪いで、微かに揺れる草花や、木々の騒めきが、
僕の心をいかにもせつなくさせた。
馬はのんびりと雑草を食(は)み、淡雪は面伏(おもふ)せたままだ。
ともかく今は歩きたかった。
この道の先に何があるのか、自分の目で見てみたかった。
半径5㎞の安全は確保されている。
淡雪はきっと、魔力音を聞き逃すことはないだろう。
知らぬ間(あいだ)に、僕は随分とこのオートマターのことを
信頼していたようだ。
「悪かったよ。さあ、何時までも不機嫌になっていないで、
前に進もう。歩きにくいだろうが、しばらく付き合って
くれないか。何せとても似合っているものだから」
そう言っても、やはり淡雪は視線を僕には向けてくれない。
返事をせぬままに前を歩く人形の黒髪は、
美しく風に乗って棚引いた。
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